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中国留学体験記

2012年に中国へ留学し、今春帰国した学生の留学体験記を紹介致します。


北京第二外国語学院へ留学

杏林大学外国語学部 中国語学科3年 黒岩謙太郎

今回私は1年間の間、北京第二外国語学院へ留学しました。
向こうへ行ったばかりの頃は全然中国語が聞き取れず、得意な精読・閲読の授業でも、教科書の内容理解はできても先生の話していることがさっぱりわからずにとても苦労しました。しかし、週3〜4回の中国人との相互学習や、街にでて生の中国語に触れていくうちに次第に耳は慣れ、聞き取れるようになり、後期になると授業の内容はもちろん、不自由なくクラスメイトとコミュニケーションがとれるようになっていました。口語の授業に関しては最後まで苦手意識が強くありました。会話における積極性・瞬発力では欧米出身の同級生に敵わず、自分が見習わなければならないところ、机に向かっているだけでは話せないということが身に染みてよくわかりました。
 授業以外では10月に新HSK5級に挑戦し、取得することができました。リスニング・閲読・作文の3部あり、自習の際には作文の添削を相互学習相手の中国人にしてもらったりしていました。9月〜10月は授業が終わるとほぼ毎日食堂に通い、HSK対策や相互学習に時間を割いていました。
 毎週の相互学習は主に日本語学科の学生と行い、互いに教科書を持参し予習復習の面でわからないところを教えあうだけでなく、音楽・ドラマ・映画・歴史・思考など様々な話題について話すことができました。夏休みを利用した2週間の福建・広州・上海への旅行も自分にとって得るものが多く、行き当たりばったりで列車や飛行機、ホテルの予約等すべて自分たちで行い、色々なトラブルがありながらも無事に北京に帰ってきたときには大きな達成感がありました。この旅行で私は中国の方言、特に南方の方言に強く興味が湧いたので、機会を見つけ学んでみたいと考えています。
 約1年間の留学を通して語学に対する姿勢もだいぶ変わり、また語学以上にその国の歴史や文化を理解することも重要だと知りました。この経験を生かし今後も勉学・交流に励んでいきたいと思います。




北京第二外国語学院へ留学

外国語学部 中国語学科3年 森田 菜々美

私は平成24年2月から平成25年の1月まで北京第二外国語学院に1年間留学していました。留学する前は中国語が出来ず、本当に北京で1年間生活できるか凄く不安でした。しかし、スタートしてみると、すでに学んでいる日本の留学生の方々がいつも優しく助けてくれました。また、日本以外の国の生徒も中国語が出来ない私に、英語とジェスチャーでコミュニケーションをとろうと頑張ってくれました。そんなみんなのサポートに答えたく、私も早く中国語で応えたいと思い、必死に勉強しました。週3回必ず午後は中国人と1対1で勉強するよう心がけ、その他時間があるときは、食堂で勉強しました。また中国人とたくさん交流したいという思いから、女子バスケットボール部に入部しました。初めは部長さんの言っていることがわかりませんでしたが、毎回参加することで徐々に理解し、練習にもついていけるようになりました。その様な生活の中、耳も慣れ、簡単な言葉から中国語も話せるようになっていき、生活がとても楽しくなりました。また二外で学んでいる留学生は韓国、欧米、南米といろいろな国から来ているので、中国語だけではなく英語や韓国語、スペイン語等を教わることが出来ました。私がスペイン語、韓国語で朝の挨拶をすると、相手も日本語で挨拶してくれます。小さなことですが私にとっては凄く大切な交流でした。そんな学校生活の中で、留学してよかったと思ったことは2つあります。
1つ目は素敵な友達がたくさんできたことです。その中でも韓国からの留学生と、他大学からの日本人留学生の2人の素敵な友達ができました。この2人とは前期クラスが同じで、授業の時も3人で助け合ってきました。時々ルームパーティーと称して韓国の友人が韓国料理を作ってくれたり 、お互いの言語、文化を教え合う事もしました。この留学生活でこんなに深い友情を感じる友達ができるとは思っていませんでしたので、とても嬉しかったです。
2つ目は文化祭です。各国の留学生がそれぞれの国の料理を販売したり、ダンスを披露したりしました。私達日本人は、おにぎりと味噌汁を販売し、ソーラン節や空手を披露しました。私はこの文化祭でメキシコ、ブラジル、モロッコの料理を食べました。またモロッコの留学生が私の名前を手の甲に、モロッコスタイルでペイントしてくれました。たくさんの国の文化にふれることができ、私にとって凄く心に残るいい思い出になりました。不安で始まった留学生活でしたが、本当に楽しい日々が送れました。また後期では尖閣諸島問題で一時は外出禁止になり、どうなるかと思いましたが、中国人の友達も北京の人達も今までと変わらず接してくれたことも嬉しかったことです。
私は小さい時から留学をすることが夢で、今回北京第二外国語学院に留学することができました。日本では経験できないような貴重な日々を送ることができ、中国人だけではなくたくさんの国の友達をつくることが出来ました。また、今回私が見てきた中国という国は、留学する前のイメージとはずいぶん違う面がありました。残念ながら今、日本は中国とあまり良い関係にあるとは言えません。だからこそ私が知りえた、日本人の知らない中国という国、中国の人達の良い部分を少しでも周りの人達に伝えていくことが出来たらと思っています。

北京第二外国語学院へ留学

外国語学部 中国語学科3年 遠藤真里菜

2012年9月から2013年1月までの4か月少々。中国・北京市の「北京第二外国語学院」というところで留学生活を過ごしました。留学に行く前はとても不安で一日が過ぎるのがとても嫌なくらいでした。当日、お迎えの方がなかなか見当たらず約1時間ほど一人でさまよっていたのを今でも覚えています。初めての中国で一番最初に感じたことは空気です。空港についてしばらく経つと、咳がとまらなくなりとても苦しかったです。寮についてからも3日間ネットが使えず、日本にいる親とも連絡が取れず、恥ずかしながら毎日泣いていました。連絡がやっと取れた時にはたくさんのメールが来ていてそこでまた号泣しました。ここでネット環境の大切を実感しました。2週間がたったころ、やっと生活も落ち着いて環境にも慣れてきました。最初、お風呂のシャワーにびっくりしてお風呂はとても嫌でした。授業もこっちに来て1週間ぐらいたったころからスタートしました。クラス分けテストを行い、クラスに入ったのですがほとんど韓国人ばかりで、しかもみんなよく喋れる人ばかりで私は遅れている感じでした。自分は1年半も勉強したのにしゃべれない。ほかのみんなは半年ぐらい勉強しただけなのにしゃべれている。とても惨めであったし、逆に勉強方法が気になりました。授業も最初は何を言ってるのかなにも聞き取れず、日本人の友達に聞くなどして宿題の範囲などこなしていました。ここで今まで自分はどんな勉強法で何をしてきたのか考えさせられました。今まで勉強を疎かにしていたことを悔やんでいたし、何も役にたっていませんでした。クラスの人たちとも会話ができず辛い日々を送っていました。授業が始まって2か月が過ぎたころでしょうか。だんだんと聞き取りができるようになり、先生の言っていることもわかるようになりました。全部正確にとは言い切れませんが、だいたいのことが理解できるようになり自分の成長を実感しました。母国語ではない言葉を聞き取れる。そこに私は感動していました。午後によく中国人の子と勉強をするのも楽しくなってきたのも事実です。勉強面だけではなく観光地もたくさん回りました。万里の長城・天安門など、テレビとは違う驚きもあり迫力感が心身に伝わってきました。クラスメートとの交流がとても良くてよく大勢で遊びにも行っていました。しゃべれる自分がいると余計に楽しかったです。このたった4ヶ月の留学生活を通してたくさんの思い出をつくることができました。行く前の自分と行った後の自分を比較してみると、180度考え方が変わっていました。不安が楽しさに変わり、もっと北京にいたかったなーと思うようになっていました。自分でもびっくりです。自分の勝手な妄想や人から聞いたことを頼りにしていてはいけないと教えてくれたのもこの留学のおかげです。実際に自分が行って体験してみること。それが一番大切なのだと。勉強しに行ったのはもちろんのこと、人としての考え方も変えてしまうのが留学のおもしろいところでもあります。人生の中でとても良い経験ができたのは、自分の親のおかげでもあるなと感じました。

北京語言大学へ留学

外国語学部 中国語学科3年 萩原妃美

私にとって留学など縁のない言葉だと思っていました。
私が中国に留学したいと思ったのは、大学で中国語を学び始めて二ヶ月が経つころ、偶然地元山梨県で富士山観光を目的とした中国人観光客が増えてきていると聞き、私の中国語も役に立つかもしれないと考えたからです。このように昔から留学を希望していて念願かなって、というわけではないので、大学に入学してからのたった一年間の勉強では全く足りず中国に行った当初は本当に戸惑いました。授業中先生の冗談話にクラス中が笑っている中、私一人だけポカーンとしていることもありました。友達が話しかけてくれても、私には聞き取れない、語彙力がないから言いたいことも言えないだろう、と悲観的に考えてしまい、中国語を拒否したく思うときもありました。中国語に手をつけなければよかったと思うときもありました。しかしそんな情けない悩みを取り去ってくれたのは家族でした。家族のくれる一言一言が本当に暖かく、心から応援してくれているのだと思えたとき、私の意識は変わりました。この一年を絶対に無駄にしたくない、誰よりも成長したい。そう思いました。そして留学中にしかできないことをしようと思い立ち、世界中の友達と積極的に交流を持つようになり、さらに部屋でなくカフェで勉強することで中国語や英語の飛び交う環境を吸収しようと努めました。意識が変わっただけで、不思議と心に余裕を持てるようになり、授業も友達との会話も楽しめるようになりました。分からないところは分からないと素直に受け入れ、英語やジェスチャーで、辞書は常に肌身離さず…とまだまだ自分の理想像には程遠いですが確かにひとつの壁を乗り換えたと感じました。
後半期のクラスで、一人ずつ自由にテーマを決めてみんなに向けて紹介するという企画がありました。ただのクラス内の一つの企画に過ぎませんが、中国語を使って人前で発表するなど初めてのことで震えるほど緊張しました。私は自分の好きなアーティストをテーマにあげたのですが、クラスの各国の友達から、知ってる!有名だよね!などと直接的に反応がもらえました。このことが私に自信と希望を与えてくれました。もっと中国語を話したい。コミュニケーションととりたいと思うようになりました。中国語に対する少しの不安などいつの間にかなくなっていました。
自分で決めたことは最後まで貫くこと。当たり前のことですが、壁にぶつかるとすぐに諦めそうになってしまう私の短所は、留学により改善された気がします。これからも同じようなことはあるとは思いますが、この留学経験で培ったものが必ず私をまた躍進させてくれるでしょう。北京で過ごした275日毎日が本当に素敵な大切な思い出です。このような何にも代え難い経験をさせてくれた両親に感謝し、私はきっと未来につなげていけたらいいなと思っています。

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