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2015年 中国留学から帰国した学生の体験記を紹介します

2015年 北京語言大学の留学から帰国した学生の体験記を紹介します。

渡航期間:2015.3~2016.1
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外国語学部中国語学科 松島朋美

 北京に留学してまず驚いたことは“北京话”という現地の人が話す方言のようなもので、北京では単語にアルカゴンをつけます。最初はなれず、ただでさえ今まで聞いていたCDや先生のゆっくりできれいな中国語ではないのにさらに変なものが追加されて頭の中はてんてこ舞いでした。しかし時間と共に徐々に聞き取れるようになり、それが面白くなって自分でも北京人になりきって“北京话”を使うようになりました。そうすると買い物などで会話をするとき店員さんがフレンドリーになってくれて値切りやすくなることもありました。

 留学前は日中関係についてニュースや新聞を見て良いとは言えないことを知っていたので、北京に来た当初は中国人に「どこから来たの?」と聞かれるたびに少しためらいがありました。実際に「私は日本政府が嫌いだ」と言われたこともあります。しかし、多くの中国人は私が日本人と知っても普通に接してくれました。日本人との大きな違いを感じたところは、一度仲良くなるととても親切で尽くしてくれること、ほとんどの学生がピュアで勉強熱心、一日を図書館だけで過ごすこともあるとかで見習うべきところが沢山あると思いました。また、日本のアニメや漫画が好きな子が多く同じ話題も多くあり一緒に学食を食べながらお話しする時間はとても楽しかったです。

 元々アクション映画が好きで、特にカンフーに興味があった私は学校の張り紙にあった中国武術の授業に思い切って参加してみることにしました。そこで私は同じように中国武術に興味を持つ留学生と共に“長拳”を習いました。空手でいう形のようなもので最初は動作を覚えるにやっとでした。また体の柔軟性も求められるので毎回柔軟運動でひいひい言いながらも、楽しく練習をしていました。ある時先生に武術大会への出場に誘われ、それから学校の武術チームに入れてもらい、中国人学生たちと一緒に練習をしながら中国語も勉強できる機会をいただき、それはとても幸せな時間でした。

 他にも中国人に日本の伝統を知ってほしいという気持ちから、ソーラン節を始めました。きっかけは学校行事である“世界文化节”(国際色豊かな学校の特色を活かした文化祭のようなもの)。そこの日本ブースを代表してステージでソーラン節を披露しました。それが好評で多くの中国人や他の国の留学生に写真を求められ、少しでも日本の伝統を知ってもらえたようでとても嬉しかったです。

 北京にいた一年間はとても充実して、それによって私は大きく成長できたことを実感しています。それは語学力だけに限らず、多くの外国人と交流したことで考え方や国際的な視野を養うことができました。この経験は将来の役に立てていきたいと思います。




2015年 北京第二外国語学院の留学から帰国した学生の体験記を紹介します。

渡航期間:2015.3~2016.1
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外国語学部中国語学科 今川 忠対勲

 今回の北京第二外国語学院での留学を通して、私は数多くのことを学ぶことができました。まずは日本で基礎を学んでいた中国語の語学力を大きく向上させることができました。授業が始まってから初めの三ヶ月は、先生の話す中国語をなかなか聞き取ることができず、焦りと不安を感じ、そして一年間日本で中国語を学んできたはずの自分に少し失望することもありました。一番ショックだったのは、先生が授業中にジョークを飛ばした時、他の生徒がみんな笑っているのに、自分は内容が理解できていない時でした。また先生に質問された際、意味がわからず的外れな答えを返して反対にみんなに笑われたことも多々ありました。しかし先生や日本人留学生の先輩方の力を借りながら毎日勉強するうちにだんだんと授業を理解できる割合が増えてきました。そして半年を過ぎた頃には授業のほとんどを理解できるようになりました。そうなってくると、先生方の、冗談がたくさんでためになる授業が楽しみになりました。楽しみながら学習して、合格ラインぎりぎりの点数ではありましたが、目標としていたHSK6級に合格することもできました。

 留学生活の中では中国語の学習だけではなく、実際の中国生活を体感し、中国の文化や人々の感性に触れることもできました。中国の生活では日本と異なる習慣に驚くことが多かったです。道路では歩行者が道路を横断していようとお構いなしに猛スピードで自動車が走っているし、地下鉄では降りる人を待たずにどんどん人が乗り込んでいきます。一番驚いたのはコンビニやスーパーで不愛想な店員さんがなんの挨拶もなしに商品を投げて渡してきた時でした。しかし決して性格が冷たいということではなく、単に日本との文化の違いなのだと感じました。中国では見知らぬ人でも日本よりも気軽に会話をするし、道を尋ねた時などとても親切に教えてくれました。また大学の周りには夜になると数多くの屋台がやって来るので晩御飯やお酒のつまみなどを買って寮で友達と一緒によく食べていました。大学の周りには日本のような小洒落たお店は何もありませんでしたが、お店の中や食器は汚いけれど安くて美味しい家庭料理屋さんはたくさんありました。帰国前には、お店の人たちから日本で金持ちになってからまた遊びに来いよと声をかけてくれました。

 とにかくこの一年弱の留学生活は私の人生のなかで最も勉強になり、そして人の温かさを感じ楽しく過ごした時間だったと思います。今後も中国語の勉強に励み、必ずまたなんらかの形で中国へ行きたいと思います。


渡航期間:2015.3~2015.7
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外国語学部中国語学科 田口 重碩

 私は2015年2月から7月の約5ヶ月間、中国の北京第二外国語学院に留学していました。この留学が自身初の海外だったので海外で生活することがとても不安でした。 案の定留学当初は向こうの生活、食べ物が合わなかったり、日本には無い異文化を中々受け入れる事が出来なくとても苦労しました。 なかでも1番苦労したのは外国人との意思疎通です。 留学当初は中々言葉が聞き取れず、中国語で話しかけられると緊張して固まってしまっていました。 仮に聞き取れても伝えられなかったりと最初の頃はとても苦労しました。 中国の大学では大学寮で数人とルームシェアして暮らし、学校に行くというのが一般的です。

 私のルームメイトはモロッコ人の学生で彼の中国語レベルはとても高かったです。最初の頃は自分の語学力が低く意思疎通が中々出来ず、お互いの事を行く理解する事ができず揉めてしまいました。ですが徐々に意思疎通が出来るようになると、いい人で毎日の部屋での会話の時間がとても楽しく、またそれが自分の勉強になっていました。同じ国の人同士のほうが気楽でコミュニケーションも取れるので同じ国の人同士で住む人のほうが多いですが、自分はこの選択をせず外人と住む事により、普通では体験できない事を体験する事が出来良かったです。この生活でその国の料理や文化を味わう事が出来ました。一つだけ例を挙げると日本人は無宗教の人が多いですが、ほとんどの外国人は宗教に入っていたので、その宗教の行事の断食をやり宗教の意味、考えを理解するよいきっかけになり、またその信者の人とも友情を深める事ができました。本ではまずこのような事は出来ないですし、これほど外国人と接する事は出来ません。ですので自分が体験した事を色々な人に伝え、興味をもってもらい更には外国の方との交流を深めるきっかけになればなと思っています。

 留学は勉強面はもちろんですが、それ以外にも学ぶ事が多く、人として成長する事が出来る場でとてもいい経験になりました。それも留学を勧めてくれサポートしていただいた方達のおかげで感謝しています。最後になりますが留学を考えている方や興味のある方ぜひ留学に行く事をお勧めします。きっと今後の人生で役立つ経験になるはずです。




2015年 上海外国語大学の留学から帰国した学生の体験記を紹介します。

渡航期間:2015.3~2015.7
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外国語学部中国語学科 長田 莉愛

 私は今回3月3日から上海外国語大学に4ヶ月の留学をしてきました。クラスは、テストでクラス分けをされました。そして初めの2週間の内はクラスの体験期間となり、上のクラスに行きたい方は、再度テストを受け合格できると上のクラスに上がれます。授業についてです。授業は1コマ90分で1限目は8時から始まります。9時半に1限が終了すると、休憩が20分あるのでコンビニにハンバーガーやお菓子等を買いに行く学生を多数見かけました。授業の進め具合は、日本とさほど変わりはありませんでした。授業は中国語と英語を混ぜ合わせながら教えてくださっていました。また授業中は比較的静かでしたが、日本と違って授業中に積極的に質問をする他国の方々がとても多かったことが印象的です。授業はお昼には終わるので、友達やクラスメイトとお昼ご飯を食べに行くことがとても多かったです。学校の周辺には様々なお店があり、中国料理店や韓国料理店、イタリアンや日本料理店もありました。また露店も多くとても買いやすい値段だったので、買って寮の部屋で食べることも多々ありました。そして寮での生活は想像より清潔で住みやすかったです。シャワーもトイレもとても綺麗で1週間に一度ハウスキーピングが入るので清潔感がとても保たれていました。不便だと感じたのは、キッチンと冷蔵庫がワンフロアに一つしかなかったことです。友達と自炊を始めた私たちはビニール袋に食材等をまとめて入れるようにしていました。それでも2リットルのペットボトルの飲み物を盗まれたりしたこともありました。またエレベーターが全部で3つあったのですが、そのうちの1つは奇数階にしか止まらずもう一つは偶数階にしか止まらない制度になっていたのですが、奇数階にしか止まらないエレベーターは一日に一回多いときは三回も点検になることがあり、13階に住んでいた私は長い階段を駆け下りたりすることも度々ありました。そして授業後は遠出することもありました。遠出といっても電車に乗っていくだけなのですが。有名な観光地や買い物目的のショッピングや美味しいと有名な小龍包を食べにも行きました。上海は中国のなかでも物価が高く、日本とそれほど値段は変わりありませんでした。また電車になれていくと、タクシーで出かけることも多くなりました。中国のタクシーは日本と違って安く、また電車は通勤ラッシュなど関係なく人が多く混雑しているためタクシーを利用することが多くなりました。

 今回の留学で私は様々な経験をしました。外国に四ヶ月も滞在するということが、普通では出来ない体験だと思っています。そして様々な国の方々と交友関係を持てたことが私の中で一番の良い経験だと思っています。日本にいるだけでは、知り合えなかった他国の方々。中国語を通して、それぞれの母国のことや母国語を教えてもらったり教えたりと、普段では出来ないとても興味深い体験をさせていただきました。上海は私にとって思い入れの強い大切な場所になりました。機会があったら再び訪れたいなと思っています。



渡航期間:2015.3~2015.7
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外国語学部中国語学科 桑原 美咲季

 今回の留学を終えて一言で言うととても良い経験となりました。日本を出国し中国に着いた時はこれから始まる留学生活に対し楽しみな気持ちもありながら正直不安もたくさんありました。初めて学校に行きテストを受けクラスが決まったときはこれからいよいよ本格的に留学生活が始まるんだと思いました。クラスにはいろんな国の生徒がいていろんな言語が耳に入ってきましたが、授業が始まるとみんな中国語で話すのでとても不思議な感じがしました。私のクラスでは3人の先生が単語や文法や会話などさまざまなことを教えてくれましたが、私が特にこの留学で上達したと思えるのは、文法と会話力です。文法は授業での学習の中で、かなりの数を学んできました。杏林で学んだこともありましたが杏林以上に深く学ぶことができました。最初は似たような文法のニュアンスの違いに苦労しましたが慣れてくると微妙なニュアンスの違いも理解できるようになりました。また、会話の面では授業での上達より日常生活での会話での上達が大きかったです。日本では大学の授業以外では話すことはありませんでしたが留学にきてから毎日使うようになり、現地の人々との会話を通しながらさまざまな中国語の表現を学ぶことが出来ました。最初はつたない中国語でなかなかうまく言いたいこと伝えられず苦労しましたが、後半には自分の伝えたいことをスムーズに中国語に直し伝えることが出来るようになりました。そのたびに褒められることがとても嬉しく思いました。他にも授業では教科書の内容をひたすらやるのではなく、時々先生が中国の映画を何度か見せてくれたりして自分の聞き取りのレベルがどのくらい上がっているのか試すことができたり、中国ならではの遊びを教えてくれたり、祝日があったりすると実際にその日に食べるものや飾るものを持ってきたりしていました。中国語の学習だけでなく中国の文化についても学ぶことが出来ました。また、学校で太極拳の体験もしました。初めて見る太極拳の動作や、初めてやる太極拳の動作はとても不思議でとても難しかったのですが、だんだん慣れてきて最後にはきれいな太極拳ができるようになりました。でも、私たちが教わった太極拳はほんの一部ですべてをマスターするには数十年かかると聞いた時はとても驚きました。授業が終わった後はクラスメイトとご飯を食べに行ったり買い物をしたりしていました。学校のまわりにはたくさんのご飯屋さんがあり毎日何を食べるかとても迷いました。休日には友達と観光地を回ってすごしていました。上海の観光地は今は地下鉄を使えばほとんどの観光地にいけるのでいつも地下鉄を利用していました。地下鉄でいけないところはタクシーを利用していました。観光地はどこもとても賑わっていてたくさんの観光客がいました。中には日本人の姿も見られました。私が特に好きだった観光地は豫園と外灘です。豫園はとても建物がきれいでお土産屋さんや屋台がたくさんあり特に有名な小籠包は行くたびに必ず食べていました。またライトアップされた夜の豫園の景色もとてもきれいなものでした。外灘は昼の景色もきれいいですが、夜の景色は上海一といってもいいほど華やかで美しいものだと思います。また歩いて南京路までいけることもいいところだと思います。

 今回の留学を通して私は様々なことを学び見ることができました。まだまだ知りたいことがたくさんあるのでまた機会があれば上海に行きたいです。


渡航期間:2015.3~2015.7
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外国語学部中国語学科 小林 明

 中国に行って最初に思ったことは、天気が悪いということです。基本的に曇りで青空はこの半年で数えるほどしか見ませんでした。また空気も悪く、外にいるだけで喉が痛くなることは何度もありました。寮に到着した日から3日後にはオリエンテーションがあり、説明内容は英語または中国語で何を話されているのか全くわかりませんでしたが、スクリーンを使ってでの説明だったのでなんとか理解できました。日本人の英語のレベルの低さを実感しました。授業でも英語で説明されることがあったので英語ができて損はありません。食事については、構内に食堂があるので最初のうちは食堂を利用していました。食堂には学生ではない一般の人も大勢来ていてお昼時はいつも混んでいました。渡航して数日が経った頃、私の友人全員が腹痛にみまわれました。十中八九食べ物の変化のせいなのでこれは逃れられないことです。腹を下す、という言葉が当てはまるほど私たちは苦しみませんでしたが、後から聞いた話だと関西から来ていた人達は入院した人が少なくなかったそうです。腹痛を乗り越えた後に初めて行った外の料理店は四川料理のお店でした。予想を遥かに超えておいしかったのを覚えています。友人からの情報で近くにチェーン店のスーパーがあることを知り、学校の周りを散策しに行った友人から服や靴などが安く売っている場所や面白い名所までの行き方、料理のおいしいお店などいろいろな所を教えてもらいました。電車やバスは乗り方が分からず躊躇っていて遠出するのも全て徒歩だったのですが、学生最後の旅行に来ていた当時4年の先輩が電車やバスの乗り方やいろいろなところへ連れて行って下さったのでそれから交通機関を使って遠出するようになり、活動範囲が広くなりました。街に出ることによって中国語に触れる機会が増え、耳が徐々に慣れて彼らが何を言っているのかがなんとなくわかるようになりました。学校の遠足で行った豫園は昔の中国の建物が残っていて心が躍りました。2度目の遠足で行った周庄は水がとても綺麗なところでした。東方明珠塔の麓を消灯時間ぎりぎりに目指して走ったこともあります。たくさんの服や靴が売っているデパ地下のような場所では初めてサンダルを買いました。私は足のが大きい方なのでサイズがなく妥協しました。中国の人は足が小さいそうなので仕方ないと思いました。上海の物価は高いと聞いていましたが、日本に比べればずっと安いです。特に食材は本当に安くて、果物や露店は積極的に通っていました。逆に、電化製品や日用品などは日本と然程変わらない、あるいは日本製品より高いと感じました。恐らく良質なまま長時間使えるようにすることが可能な技術がないのだと思います。例をあげればビニール袋がそうです。熱に弱く、出来立ての肉まんや焼売を入れると溶けてしまいます。中国の生活にも慣れて露店に餃子と小籠包を買いに行った時、店番のおばさんが話しかけてきたのですが、何を言っているのかわかりませんでした。語彙力が足りないのもありますが、上海は北京に近いにもかかわらず訛りが激しいです。声調も発音も違うので標準語しか習ってこなかった私にはコミュニケーションがとれませんでした。またどのお店に入っても共通することがあります。極稀に例外はありますが、ほとんどのお店は店員さんが携帯電話を弄りながら働いています。そして物を見ているときは必ず一人はこちらを見張っています。酷い時は隣にぴったりくっついて店内のどこに行くにも携帯電話を弄りながらついてきます。中国という国は貧富の差が激しい国なのだと思いました。こうして監視がつくのも万引きが多いからだと思います。物乞いも街に溢れていて、特に観光名所や駅など人が集まる場所にはたくさんいます。実際に中国に行ってみると今まで持っていた中国のイメージと異なる点が多々あり、新しい発見もありました。とても貴重な経験をさせていただけたと思います。



渡航期間:2015.3~2016.1
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外国語学部中国語学科 呂 力陽

 2015/3/3~僕は上海外国語大学に約1年間の留学に行きました。
 この1年間の留学を通して本当に様々なことがありましたが、何より1番は中国語の力が行く前よりも明らかについたことが大きかったと思います。
 はじめて上海に着いたときはわからないことばかりで、生活面では様々な人に助けてもらってばかりでしたが、半年経ったころには自分が後から来た人に教えてあげれるようになっていて、改めて自分の成長を実感しました。
 授業は基本的に午前中だけで、午後はクラスメイトとご飯を食べたり一緒に勉強をしたりしていました。クラスメイトは日本人が2人だけでそれ以外は、スペイン、イタリア、カナダ、フランス、韓国など、世界中から来ていました。
そのため、仲良くなった様々な外国人とかかわっていくなかで、様々な国の文化を学ぶことができました。
 この留学で思ったことは、せっかく海外に留学に行ったなら同じ日本人ではなく自分からどんどん外国人に話しかけに行ったほうが絶対に良いということでした。
この1年の経験を活かして、これからもがんばります。



渡航期間:2015.3~2016.1
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外国語学部中国語学科 齋藤かんな

 私は最初半年間の留学を終えその後にもう一度留学をすることを決め、最終的に一年間の留学をしました。
 前期はクラスに日本人が一番多く、寮でもルームメイトが日本人だったため比較的日本人と話すことが多かったと思います。初めての中国だったのもあって授業終わりや休日にはよく観光地に出かけたりしました。最初はどこかに出かけても現地の人と会話をするのがほんとうに難しく買い物をするにもご飯を買うにも一苦労でした。クラスは日本人以外に、韓国、カナダ、フランス、チリ、イギリス、カザフスタン、ロシアなど私のクラスは比較的色々な国の方がいたクラスだったと思います。前期のクラスはクラスメート同士とても仲が良く、クラス会などもみんな参加してくれたり授業終わりにご飯に行ったりしていました。クラスメートの仲が良かったおかげで毎日の学校生活が楽しく過ごせて、それはもう半年留学を伸ばすことを決めた一つの理由になったと思います。
 後期は最初クラスに日本人がいなかったので、最初はとても不安でした。しかし前期も同じクラスだった外国人の友達が声をかけてくれたり、韓国人のクラスメートととても仲良くなって、毎日一緒にご飯を食べたり、一緒に勉強したり、たくさんの時間を過ごしていく中で韓国と日本という別の国でありながらもお互いに信頼できる友達になれたり、どんどんと帰国が近づいてくるにあたって寂しさを感じるようにもなりました。
 授業はテストの成績で振り分けられたクラスで行われました。私の場合前期は二科目あって、後期はテストもなく自然とクラスが一つ上がりました。クラスが上がると科目も一つ増えて三科目になりました。前期はクラスメートと会話をしたりゲーム形式で楽しく学ぶことが多かったと思います。しかし私は英語も流暢に話せないので最初はクラスメートと少しの会話をするのもかなり苦労していたと思います。後期は前期よりも授業内容も難しくなって、テストも難しくなりました。
 学校生活ではカラオケ大会や作文大会、日帰り旅行、クリスマス会などの行事も定期的にありました。カラオケ大会と作文大会はクラスの代表が出たりしていて私自身は出ていないのですが、クラスメートが出たりするのを見に行ったりとても楽しい行事でした。日帰り旅行は前期、後期に一回ずつありました。日帰りなのであまり観光する時間はありませんでしたが、クラスの仲間と一緒に見て回ったりたくさん写真を撮ったり、とても思い出に残っています。クリスマス会では私のクラスは出し物をしました。本番までに授業終わりにみんなで集まって歌やダンスの練習をしました。本番も練習もとても楽しくできたしクラスのみんなが協力して発表内容を考えたりできて良かったと思います。
 留学を終えてみて勉強面でもそうですが留学中に出会えた友達はほんとうに大切で、一年間でたくさん仲間と思い出を作って、大学生活の中で一年間留学できたことはいろんな部分で私自信を成長させたと思います。

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