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2016年度秋学期第3回講演会が開催されました
体験的報告『日本の中国報道の歴史・体制と中国語サイト』




 12月13日(火)午後、杏林大学大学院国際協力研究科、2016年度秋学期第3回講演会が開催されました。元共同通信社記者の高田智之先生は「体験的報告『日本の中国報道の歴史・体制と中国語サイト』」をテーマに、日中両国が記者交換協定を締結した1964年以来の日本の中国報道の歴史と体制を語る中で、報道に対する日本の読者、視聴者の見方や日中関係に与えた影響、中国語での対外発言の現状と狙いなどの諸問題について解説しました。

 以下はその講義概要をまとめたものです。

1、日中記者交換協定
 1964年4月、日中双方が相互に立場を尊重し、侵さない友好親善の原則に基づき、記者交換協定に合意し、互いの首都に特派員を置くようになりました。

2、改定日中記者交換協定
 1968年3月、日中双方は、「日中記者交換協定」の改定に合意し、記者の相互交換が日中両国民の相互理解と友好関係の増進に役立つべきものであると一致して確認。「政治三原則」と「政治・経済不可分の原則」を遵守することにより、日中関係における政治的基礎を確保するための努力を払う決意を表明しました。「政治三原則」とは、中国側が主張した①日本政府は中国敵視政策をやめる②二つの中国を作る陰謀に加わらない③日中両国の国交正常化を妨げない、という日中間の外交原則でした。「政治・経済不可分の原則」とは、政治と経済は互いに関連するもので、政治関係の改善こそ経済関係の発展に役立つという原則でした。
 1970年9月、台湾の通信社・中央社を招いての旧OANA(アジア通信社連盟)総会開催が、「二つの中国を作る陰謀」に加わることになると中国に訴えられました。共同通信社が旧OANA会長を務めていたため、共同通信北京支局長が国外退去処分になり、『二つの中国』で共同通信は窮地に陥ります。1971年9 月、共同通信社は旧OANA事務局に脱退を通告し、中国側はこれを受け入れ、同年12 月末に北京支局再開を認め、共同通信社は1972 年1 月に支局活動を再開しました。
 日中国交正常化(1972年)後の1974年1月5日、日中記者交換協定は北京で署名された日中常駐記者交換覚書に引き継がれました。
 
3、日中メディアの役割の違い
 日本メディアの役割:権力監視の側面が強い
 中国メディアの役割:国家にとって適正な報道

4、センセーショナリズムについて
 よく引き合いに出される「中国ジャスミン革命」の呼び掛けに関する日本メディアの報道を見てみましょう。これは、北アフリカや中東の民主化要求に触発されて、2011年2月に中国のインターネット上でも政治改革を求める「中国ジャスミン革命」の呼び掛けが起きたときの日本の報道ぶりですが、2011年2月21日付の朝刊用に共同通信は加盟新聞社に対して、主見出しを「中国警戒、上海で4人連行」とする記事を一面トップに指定しました。読売新聞も21日付の朝刊は「中国、拘束や外出制限1000人」の見出しで一面トップ、朝日新聞はトップではないが「中国デモ封じ」の見出しで一面に掲載しました。写真は各紙とも北京や上海で多数の野次馬が集まり、混乱したイメージが伝わる刺激的なものでした。
 一方、この事件に対するテレビニュースキャスターのコメントは「中東で起きたことが、アジアで起こらないとも限りません」といったような、単純で分かりやすいものでしたが、私の個人的見解ではありますが、これは先入観や希望的観測を抱かせかねない安易なものと言えなくもないでしょう。そういう意味では、「反日感情が根強い中国で・・・」や「天安門事件をはじめ民主化弾圧を続ける共産党一党独裁の中国」など、一定の見方を植え付ける役目をするお決まりの修飾語も、『果たしてそう断定してよいのか』と疑ってみる必要があると思います。

5、現場記者の意識
 私の経験から言っても、現場の記者は他紙に見劣りしないようにと、大きく扱う傾向があります。大したことないと考えて、後で責任を問われることのないようにとの意識が働くのです。つまり、大きめに報道するという“保険”をかけるわけですが、こういった一種のセンセーショナリズムを抑制することは、現場にいるとなかなか抑制が困難という気がします。時間に追われながら、記事を書いている最中にセンセーショナリズムが嫌中、反中感情を煽るかもしれないといったことなど、考える余裕はないものです。
 「中国ジャスミン革命」の呼び掛けに関するインパクトの強い最初の記事が出た翌日の22日付の朝刊用に共同通信は「統制下、主役なき“集会”」の主見出しで、出来事の背景や、関係者の声、現場の表情などを伝える大型の記事を加盟新聞社に配信しました。これは、前日の21日に大きく掲載された事実関係を伝える記事とバランスをとる上で重要な記事なのですが、21日掲載の記事のインパクトが強く、出来事の真相を多面的に伝える翌22日付のこの記事はややかすんで見えます。この多面的な共同通信配信記事を掲載した長野県の信濃毎日新聞は独自に「中国民主化 主役は不在」「群集 危険避け無言の“散歩”」との見出しを掲げました。抑制の効いたとても良い記事だと思います。しかし、最初の報道のインパクトが強すぎると、多面的にフォローしたこのような記事が出てもバランスがとりにくいのが実情です。強いインパクトに慣れると、それがないともの足りなくなるというのが人情で、読者や記事の配信を受ける新聞社に不満の感情すら生じさせかねません。これはある意味、恐ろしいことだと思います。

6、記者の習性と、必要な多面的報道
 ・日本人記者の習性?
  ①自分の予め描いたイメージに合う材料を探そうとしがち
  ②見つからないと、見つかるまで努力
  ③読者、視聴者が何を求めているかに迎合しがち‐これらは長年、近くで日本人記者を見てきた、ある中国人の感想です。
 もちろん、この感想を安易に一般化することはできませんが、先に指摘したセンセーショナリズムと関連する一面と言えるのではないかと思います。
 日本人が最初に中国を知る手段は、かなりの部分、日本の主要メディアの報道と言っても過言ではありません。従って、反日デモ報道で中国全土が日本人にとって危険との印象を読者や視聴者に与えたり、例えば中国で日本人が拘束され、一面で大きく報道されると、「中国は恐い国」とのイメージが定着しやすいのです。
 中国では相反することが同時に起きるものです。2010年、四川省の伍鳳鎮という村で日本の技術援助で農民がダムや用水路建設の技術研修を受けている最中に、省都の成都で反日デモが発生しました。しかし、その村で技術指導に当たった日本人によると、村人は反日デモには全く無関心で、地元の新聞、テレビはデモよりもこの研修事業をニュースとして大きく扱ったということです。
・必要な多面的報道
 2004年、北京などでサッカーのアジアカップが開催され、試合で反日の横断幕も出現しましたが、一方で、「顔は写さないで」と言って、日本選手からもらったサインを見せて喜ぶ中国のファンが少なからずいたという報道もありました。多面的報道の典型例です。

7、中国語による対外発信
 目的
  ①日本の実情を中国語でストレートかつ迅速に伝え、理解を深めてもらう
  ②多言語(英語、中国語、ハングル)発信で国際通信社としての知名度の向上
  ③ニュース販売市場としての中国に期待
 ③はまだ発展途上ですが、①②については、CCTV(中国中央テレビ)などが日常的に日本のニュースを“据日本共同社报道”(“日本共同社の報道によると”)と引用していることからも、その目的はほぼ達成できていると考えられます
また、中国語でダイレクトに中国に伝わるようになり、日本の政治家は神経を尖らせているようです。政治家の間に良い意味での緊張感を生んでいるのかも知れません。

 「共同網」以外の中国語ニュースサイトは、朝日新聞中文網と日経中文網があります。


(国際開発専攻D1姚強)
2016.12.27

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