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2016年度秋学期第4回講演会が開催されました(日本語版)

 12月20日(火)午後、杏林大学大学院国際協力研究科2016年度秋学期第4回講演会が開催されました。李峴先生(Maria L.Gee-Schweiger.PhD)は「東西文化衝突における移民のコンプレックス」をテーマとし、160年の米国華人の発展史の研究と24年间の在米経験に基づき、主にカリフォルニア州を例とし、異なる時期による移民のコンプレックスの特徴をめぐる問題について講義を行われました。

 李峴先生は長年アメリカで教育関係の仕事に従事し、メディアや華人社会団体で活躍しています。また、自ら在米華人の生活を取材したうえ、ドキュメンタリーテレビプログラム「Adrift without roots」 を完成させました。

講義の概要は以下のものです。

 カリフォルニア州にいる華人の人数は約125.3万人、全米華人総数(450万人)の三分の一を占めています。この地域においては華人移民のすべての特徴が含まれて、代表性があります。また李峴先生がこの地域に住んだことがあり、研究のための最新情報と資料を早く入手することができます。それはカリフォルニア州を例とした理由です。
 本論は五大グールプと五つの歴史時期を分けて研究を行いました。

・五大グールプ
①広東香港移民、②台湾移民、③ベトナム、カンボジア、ラオスの移民④中国大陸移民、⑤歴代の米国の生まれる中国系。

・五つの歴史時期
 ①第一の時期(1850-1899)
 初めての中国語新聞が1850年代に印刷され、研究資料を取集できるようになりました。この時期の移民はほぼ広東からの労働者でした。親族の形で集まり、社会団体がありませんでした。移民コンプレックスの特徴は帰属感がなく、将来アメリカに残りたくはありませんでした。

 ②第二の時期(1900-1949)
 この時期は知識人が現れました。広東移民の後代が高等教育を受けたわけであった一方、中国国内局勢の不穏の状況の下で定住するようになる留米の学生が増えました。学者社会団体が設立されました。移民コンプレックスの特徴はアメリカ社会に認めてほしく、アメリカに残りたい希望でした。

 ③第三の時期(1950-1979)
 中米関係が悪化したため、中国大陸から移民することが難しくなりました。多くの留学生は台湾からの中国国民党の官僚と金持ちの子どもで、良好的な教育環境の下で育てられた人間でした。アメリカで卒業した後、アメリカに残ると決め、アメリカ主流社会に入り込む能力を持っていました。そのため、移民に対する労働者のイメージを変え、華人の地位を上昇させました。しかし、歴史的な原因で、彼らは感情と政治理念において台湾政府に傾きました。
 70年代末、東南アジアの不安定な情勢で、多くのベトナム、カンボジア、ラオスからの難民は華人の身分でアメリカ移民を申請しました。ベトナム、カンボジア、ラオスグループが強烈な母国帰属意識を持ち、彼らは華人社会団体を強大にした一方、華人の母国帰属意識を強化させました。

 ④第四の時期(1980-2000)
 この時期は中国大陸から移民が増加し、多くの大陸学者社会団体が設立されました。マスターやドクター課程を受けるためにアメリカに来た留学生は卒業後、アメリカに残りました。質が高い人材が華人社会団体に新たなエネルギーを注ぎ、政治理念においては中国大陸に傾きました。移民コンプレックスの特徴は自分の意識で行動することで、帰国にも留米にもこだわりませんでした。

 ⑤第五の時期(2000-2016)
 ハイテクニックとインターネットの発達により、時代が躍進的に変わりました。中国改革開放後アメリカに来た前時期の人々はアメリカに住み着きました。その人々の子どもたちがアメリカで卒業した後、アメリカ社会に入りました。中国経済の成長による国際地位の上昇のため、華人としての誇りを持つようになったという移民コンプレックスの特徴でした。

 以上の160年間の五つの移民歴史段階における政治経済人文環境の分析に基づき、五大グループの移民コンプレックスの異質性と一致性をまとめました。異質性は認知、社会認め、帰属、分類、世帯における行動や態度の違いです。一致性は母国を離れること、屈辱に耐えて重責を担うこと、人をもとにすること、出身民族の感情、個体価値における一致です。

移民コンプレックスの分析

 1、理性の分析―三種類の移民コンプレックス
 ①母国文化を留守する苦痛——新移民の第一代
 文化、社会制度と生活習慣の差で、アメリカ主流社会に入り込むことが困難となり、東西の異質文化の下で、第一代の新移民たちは疎遠、孤独に満ちた苦痛を感じました。異質文化を排斥した潜在意識は、母国の文化を留守する感情を強化させました。
 ②母国文化を抜け出す困惑——新移民の第二代
 知識人としての多くの新移民の第二代は苦痛の想いに浸った親の世代より、アメリカ主流社会に認めてもらうよう、積極的に西洋文化を受け入れ、苦境を抜け出す方法を見つけ出す努力をしました。
 ③母国文化の元へ戻る高度な状態
 新たな時代に迎え、多くの新移民は生まれつきの母国文化と身が置かれている西洋文化を見直し、東西文化が衝突している環境の下で自らの文化認知を構築しました。自分の発言権利を利用し、東方文化の要素を西洋文化に送り込んだと同時に、西洋文明を東方文化に融合した高度な状態に高めました。

 2、感性の分析―ドキュメンタリーテレビプログラム「Adrift without roots」
 同じ町に住んでいたアメリカ籍の四つの華人家庭を取材しました。この四つの家庭は前述した「五大グループ」の中の四つのグループが含まれています。彼らの一年中の生活状態の記録を通じ、東西文化の衝突の中、如何に自分の価値観と人生観を認識したかとのことを再現しました。

「Adrift without roots」の予告紹介アクセス
(Sent from Maria L.Gee-Schweiger.PhD’s iPhone)

http://v.youku.com/v_show/id_XMTg1MTY5NDM4MA==.html?spm=a2hzp.8253869.0.0&from=y1.7-2

https://www.youtube.com/watch?v=P2nASOemFWU

 移民のコンプレックスと移民文化は双子のようなものです。まともに目を向けないと、わだかまりを解けません。在米の24年間、三種類の移民のコンプレックスをすべて味わいた中国大陸の新移民としての李峴先生は、「移民となってからには、遺憾に思うことが必ずある。しかし、人生の挑戦としては、文句を言う理由がない」と述べました。

(杏林大学大学院国際協力研究科D1姚強)
2017.01.10

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