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女性の医学 講演会報告

杏林大学「地(知)の拠点整備」事業
杏林大学・三鷹ネットワーク大学 共催
杏林医学会 市民公開講演会

女性の医学

日 時:平成27年11月21日(土)午後1時〜午後3時

場 所:杏林大学三鷹キャンパス 医学部講義棟2階 第一講堂

座 長:岩下光利(杏林大学医学部教授)
講演者:小林陽一(杏林大学医学部教授)
   :古川誠志(杏林大学医学部准教授)
   :齊藤英和(国立成育医療研究センター、周産期・母性診療センター 副センター長)


 平成27年11月21日(土)午後1時から3時まで、杏林医学会を中心とし杏林大学地(知)の拠点推進事業、杏林大学男女共同参画推進室、三鷹ネットワーク大学の共催による平成27年度市民公開講演会「女性の医学」が開催された。この講演会は杏林医学会の総会に合わせて開催され、地(知)の拠点整備事業との共催は一昨年の「高齢医学」、昨年の「がん」を経て三回目をむかえる。


企画・座長 本学医学部産科婦人科学
岩下光利教授

『女性は思春期に始まり,妊娠・出産,閉経と,一生の間に体の仕組みが大きく変わります。結婚や出産年齢の高齢化と年齢による体の変化との関係や,最近増加している子宮がん,卵巣がんの予防や治療について,女性がぜひ知っておいていただきたい内容を演者の先生方にお話しいただきます。女性がいつまでも生き生きと活躍できる社会を実現するとの願いを込めて本講演会を企画いたしました。多数の方のご参加をお待ちしております。』

岩下光利教授

岩下光利教授

講演風景

講演風景

質問時風景

質問時風景


 公開講演会の開会にあたり本講演会を企画した本学医学部産科婦人科学・岩下教授より「世界では女性の社会進出による労働力率が高い国ほど合計特殊出生率も高いです。我が国では女性の社会進出は低く、少子高齢化もあり、国の政策分野別支出では高齢者に対するものが多いです。産科婦人科学会では少子化に対して地方創生大臣などに政策提言をしています。女性が元気に暮らして社会で活躍していただきたいと思います。そのために、女性特有の病気や生理状態について「がん」、「妊娠」、「生殖補助医療」の3つのお話いただきます。」と、この講演会の趣意を述べた。
 今回の講演会は、本学医学部産科婦人科学教室小林陽一教授が特別講演1として「子宮と卵巣のがんから身を守るには〜まずがんのことを知りましょう〜」、本学医学部産科婦人科学教室古川誠志准教授が特別講演2として「高齢妊娠に伴う諸問題」、国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター齊藤英和副センター長が特別講演3として「生殖補助医療の歩みとこれからの課題」が行われた。


特別講演1「子宮と卵巣のがんから身を守るには〜まずがんのことを知りましょう〜」
本学医学部産科婦人科学教室
小林陽一教授

『産婦人科領域の主ながんには子宮頸がん,子宮体がん,卵巣がんがありますが,いずれも日本では増加の傾向にあります。特に子宮頸がんは若い人で増加の傾向にあることが問題になっています。これら3つのがんではそれぞれ原因は異なりますが,早期発見・早期治療が重要であることは言うまでもありません。子宮頸がんについてはがん検診の有効性がかなり以前から証明されています。我々産婦人科医は,皆さんに気軽に検診を受けていただくにはどうすればいいのか,常に努力していますが,残念ながら日本における子宮がん検診率は欧米の先進国と比較してとても低いと言われています。一方で子宮体がんや卵巣がんでは検診の有用性は未だ確立されていません。しかしながら,例えば子宮体がんであれば閉経後の不正出血が90%以上の患者さんで認められるので,症状があった場合にはすぐに受診することが必要です。卵巣がんは一般的に症状に乏しく,また早期発見も難しいのですが,それでもわずかな体調の変化が病気を教えてくれることもあります。いつもと違うな,といった気になる症状があった場合には是非産婦人科を受診していただきたいと思います。また近年では子宮体がんや卵巣がんの一部の患者さんでは遺伝するがんがあることが分かってきました。家族内でがんの患者さんが複数いた場合には,より注意する必要があります。そのような方の相談の窓口として杏林大学病院では遺伝性腫瘍外来を開設しました。実は遺伝性のがんと婦人科がんは密接な関連性がありますので,その点についても概説したいと思います。』

 子宮頸がんは、子宮の出口に生じるがんである。1983年に悪性型ヒトパピローマウィルス(HPV)の16型が90%以上で検出されることが証明された。進行子宮頸がんは年々減少傾向にあるが、早期がんは低年齢化しており増加傾向にある。疫学的に10代での若年結婚、妊娠出産回数が多い、初交年齢が低いなどの方がなりやすい。初期の子宮頚がんでは症状が無く、進行がんではほぼ不正出血を認める。日本では年間約15,000人が罹患し、約3,500人が死亡している。発症率の国際比較から欧米などの先進諸国に比べ発症率が高くなっている。日本における子宮頸がん検診率が37.7%であり、最も検診率の高い米国(85%)に比べると圧倒的に低いことが要因に挙げられる。現在、HPVの16型と18型に対してワクチンがあり、接種により子宮頸がんの約70%が予防できると言われている。子宮頸がん撲滅のためには、検診による早期発見とワクチンによる予防が重要である。
 子宮体がんは、子宮上部に生じるがんである。近年、食生活の欧米化により増加傾向にあり、50から60歳代で発症することが多い。少産、未婚、不妊症(卵巣機能不全)、肥満、糖尿病、高血圧などが危険因子である。90%以上で不正性器出血を認める。閉経後に出血が見られた場合は直ちに産婦人科を受診することが大切である。閉経後の超音波検査が有用であり、早期発見・早期治療が重要である。
 卵巣は親指の頭くらいの大きさで骨盤の奥に位置している。卵巣がんは、子宮体がん同様に生活様式の欧米化に伴い増加傾向にある。未婚、未妊、不妊症治療歴のある人がなりやすい。症状は、おなかが張る・骨盤や腹部の痛みなどがある。子宮頸がんや体がんに比べて特徴的な自覚症状がないために早期発見が困難である。近年、子宮内膜症性嚢胞(チョコレート嚢腫)の癌化が問題となっている。卵巣がんは発見時の約半数がⅢ、Ⅳ期の進行がんである。
 遺伝性腫瘍は、アンジェリーナ・ジョリーが2013年に予防的乳房切除術を受けたことが有名である。アンジェリーナ・ジョリーの母親が乳がんで亡くなったこと、BRCA1遺伝子変異があり、乳がんリスクが87%、卵巣がんリスクが50%であったと言われている。遺伝性腫瘍とは、家族に腫瘍が集積して発生する腫瘍性疾患である。病的な遺伝子変異が親から子へと伝わることによりがんを発症しやすい。若年発症、家系内に特定のがんが多い、何回もがんに罹患するなどの特徴がある。遺伝性腫瘍には、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)、リンチ症候群などがある。HBOCは、家系内に乳がん・卵巣がんが多発する疾患であり、BRCA1、BRCA2の遺伝子変異が原因となる。BRCA遺伝子変異があると乳がんは40~80%、卵巣がんは11~40%の確率で発症する。



特別講演2「高齢妊娠に伴う諸問題」
本学医学部産科婦人科学教室
古川誠志准教授

『米国では40年前と比べて35歳以上の初産婦の数は9倍増加した。一方本邦では35-39歳階級の出生率増加が他の年齢階級と比べて著しい。このような高齢出産の増加は女性の高学歴化とそれに伴う社会進出に加え,近年の生殖補助医療の発達が高齢女性の妊娠率を上昇させたことも影響している。さて,高齢出産には種々の問題がつきまとう。中でも高齢妊娠ではダウン症候群を始めとした染色体異常の頻度が増す。実際,40歳で単胎妊娠の場合,児がダウン症候群となるリスクはおよそ1/100であり,これは20歳でのダウン症の発症リスク(1/1700)に比べて著しく高い。また胎児奇形の発生頻度も高い。一般にはこのような胎児の異常に注目が集まるが,妊娠糖尿病,妊娠高血圧症候群,前期破水,切迫早産,前置胎盤,常置胎盤早期剥離,胎内死亡といった産科合併症の頻度も高く,高齢妊娠におけるもう一つの重要な問題となる。事実,日本の周産期登録事業のデータ解析では妊娠高血圧症候群,前置胎盤そして常置胎盤早期剥離といった産科合併症のリスクは20 ~ 34 歳の年齢階級と比較した場合,35 ~ 39歳では1.7 倍,1.8 倍,1.2 倍,40 歳以上では2.6 倍,2.2倍,1.5倍と上昇している。更に高齢では慢性高血圧症や2型糖尿病,肥満などの内科合併症を持つ女性の頻度も増加し,妊娠中の内科合併症の悪化や妊娠高血圧症候群などの産科合併症が高率に出現する。このように高齢妊娠は胎児の罹病率の上昇のみならず母体の罹病率も上昇し,双方の健康障害が危惧される。当面高齢出産傾向は続くために,妊娠に伴う母児双方の諸問題を広く認知させ,諸問題に対応できるような対策を講じる必要がある。本公開講座では高齢女性の妊娠時のリスクアセスメントと妊娠管理の実際について解説し,杏林医学で提供できる周産期管理のリソースについても説明する。』

 平成25年における合計特殊出生率は1.43となり、晩産化傾向と低出生体重児が増大している。東京都では、平成12年で35歳以上の出生数は16,527人であったが、平成25年では38,389人と倍増している。高齢妊娠は妊娠中の様々な合併症が増加する。妊娠10週以降の初期流産は、35歳未満で0.8%であるが、40歳以上では2.2%と約3倍となる。年齢とともに妊娠しづらくなり、40歳以上では生殖補助医療技術(Assisted Reproductive Technology, ART)後の流産率が増加する。妊娠中期には、妊娠高血圧症候群や糖尿病、前置胎盤などが増加する。妊娠高血圧症候群は30歳以降でリスクが増加し、妊娠20週以降で高血圧と蛋白尿が合わさる。脳出血や常位胎盤早期剥離などの危険がある。脳出血・梗塞は妊産婦死亡原因の約20%を占め、妊娠高血圧症候群により誘発したものが最も多い。妊娠糖尿病は20代と比較して40代では2.4倍と高くなり、死産、巨大児、羊水過多、切迫早産、妊娠高血圧症候群の併発などの危険がある。前置胎盤は子宮腔を塞ぐように胎盤が形成され、妊娠中に大量出血に至る危険がある。死産リスクは35歳を境に急激には上昇する。妊娠後期および産褥では、帝王切開率の上昇や産褥出血があり、母体の生命にかかわることが多い。産科危機的出血は妊娠・出産時の死亡原因の約30%を占めて最も高い。24歳以下と40から44歳の妊産婦死亡率は6倍も高くなる。高齢妊娠にはさまざまなリスクを伴うために産科のみならず内科などを含めて多面的管理が重要である。妊婦個人は、葉酸を摂取することで腹壁破裂や自然流産などのリスクを下げられることや肥満にならないように生活習慣管理が大切である。妊産婦死亡原因には、産科危機的出血、脳出血以外に羊水塞栓症、心・大血管疾患、肺血栓塞栓症など多岐に渡る。本学では総合周産期母子医療センターを設置している。産科婦人科を中心に小児科、小児外科、救急救命科、内科・外科などの複数の診療科でサポートする体制が構築されており、地域病院との連携にも積極的に取り組んでいる。全国でも総合周産期母子医療の普及により高齢出産時の母体死亡率は1/10まで減少しており、世界で最も周産期死亡率が低くなっている。


特別講演3「生殖補助医療の歩みとこれからの課題」
国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター
齊藤英和副センター長

『1983年,本邦で初めての体外受精児が誕生してから,32年が経つ。この間に生殖補助医療の治療は不妊治療にとって欠かせない治療法となり,その治療実施件数も2012年では326,426件となっている。この数値は人口が日本の約2倍のアメリカ合衆国が同年約17万件の治療をしていることと比較すると,日本は不妊治療大国であると言うことができる。2012年の治療で出生している児の数は37,953人であり,日本の全出生数と比較すると,27 人に一人は生殖補助医療による出生と言うことができる。
 生殖補助医療の施設登録や成績の登録は1986年に始まり,1990年より実施成績について報告してきた。当初は実施施設からの年ごとの集計結果を集計していたが,2007 年の治療からは,インターネットを用い,個々の症例の治療成績を登録,集計した。この結果,より詳細な解析が可能となった。出産時,生後一か月までの児の状態を登録してあり,生殖補助医療の治療法と児の状態との関連も評価できる。
 2012年の治療での出生数37,953人のうち,凍結融解胚移植による出生児が27,715人であり,全体の73%を占めており,世界と比較しても本邦は凍結融解胚移植による出産が多い国と言える。
 2008年に日本産科婦人科学会は,胚移植数を原則1個にする会告を出した。それ以後,単一胚移植が増加し多胎妊娠は減少した。これに伴い,生殖補助医療で出生した児における早産率は2007年が約14%であったものが,2012 年では約9%,低出生体重児率も約20%が14%と低下してきており,より安全な妊娠分娩となっている。
 個々の治療のデータ集積・解析できるようになった。その中で注意に値する一つに,児の体重がある。凍結融解胚移植で出生した児の体重は新鮮胚移植で出生した児の体重よりも約100g重いことが判明し,現在さらに解析を進めている。
 今回,生殖補助医療の歴史,現状をお話するとともに,さらにこの治療法の安全性を高めるために今後考えなければならない課題についても言及する。』

 日本における生殖補助医療技術(ART)は昭和61年に体外受精・胚移植などの臨床実施に関する登録・報告制が敷かれ施設ごとの全数登録が公表されてきた。平成20年度からインターネットを利用したオンライン登録が実施された。現在、日本全国で約600施設においてARTが実施されている。施設によって年間治療件数が異なる。年間治療件数が100件未満の施設は約3割、1000件以上実施している施設もある。ARTには、体外受精(IVF)、顕微授精(ICSI)、凍結胚・融解移植(FET)がある。ART別による胚移植後妊娠率ではIVFで約25%、ICSIで約20%、FETで約30%である。ART治療の出生児は全出生児数の4.3%を占めており、約75%がFET出生児である。ART治療のうち40歳以上の方が約40%を占めている。2008年に多胎防止のために移植胚は原則として単一としている。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった場合は2胚移植が許容される。単一胚移植によって多胎妊娠率は4%未満、3胎以上の多胎率は0.01%、早産率は約10%、低出生体重児率は約15%まで低下して安全な妊娠分娩となっている。FETは一般的に若年時に卵子や卵巣を保存することで問題点が少ないと考えられており技術的にも可能である。しかし母体の生理的老化や病気、費用面の問題がある。出産に必要な卵子凍結個数は、20代で約20個、40歳で約100個必要となる。初期採卵と凍結では約100万円が必要となることや卵1個の年間管理料は1万円であり、長期間管理の安全性を含めた問題などがある。

 今回の講演会では女性の「がん」、「妊娠」、「生殖補助医療」の3つのお話いただいた。少子高齢化が進む中で持続可能な社会を構築していくためには従来の社会構造を根本的に見直す必要がある。「一億総活躍社会」という中で女性の果たす役割は非常に大きい。医学的な支援もより充実させることも必要であろう。

杏林CCRC研究所
相見祐輝