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岩手県出張報告


出張者:CCRC研究所長 蒲生 忍

出張日時:平成28年6月26-27日

出張場所:岩手県八幡平市 オークフィールド八幡平


 文部科学省COC/COC+事業において「大学と地域の連携による地方創生」の一部として、出身地を離れ都市圏で就学した学生が出身地へ戻り就労すること、都市圏出身の学生が地方の企業に就職することを、地方の産業振興と創生・再生の契機として推進することを求めている。また、地方創生事業として、優れた自然環境や生活・子育て環境等をメリットとして中堅層の地方移住が積極的に勧誘されている。一方、本学が所在する三鷹市を含む多摩地区は都心部で就労していた団塊の世代が多く居住する地域である。団塊の世代は既に65歳を越え「退職」という節目を越えた。また高齢者となったことからこの地域は超高齢社会に突入している。この退職高齢者は未だに健康であるが、生涯活躍を目指し健康寿命を延伸することを求められている。今後の都市の超高齢化、医療や介護資源の逼迫を招くことから、「生涯活躍のまち構想(いわゆる「日本版CCRC構想」)」のもとで退職高齢者の地方への移住が一つの選択肢として提示されている。現在、日本版CCRC構想に基づき各地で高齢者コミュニティの検討と創造、特に都市の退職高齢者の移住を含んだ取り組みが積極的に進められている。地方への移住は、退職高齢者がライフスタイルを自律的に大きく転換する契機とすることを意味する。本学のCOC事業においても「持続可能な新しい都市型(超)高齢社会」という切り口の下で、直面する課題解決と将来像構築に向けて検討を進めており、米国CCRCに学ぶことは重要なテーマである。

 本出張ではいわゆる「日本版CCRC構想」の取組の一つとして取り上げられる岩手県八幡平市のオークフィールド八幡平(以下、オークフィールド)に実際に滞在しその運営者及び入居者とその移住に至る経緯と今後の人生への展望について意見交換を行うこと、さらに将来的な大学連携講義の可能性を探ることを目的とした。
 6月26日午前10時自宅発で午後1時盛岡到着、盛岡駅でオークフィールドの山下直基氏の出迎えを受け、八幡平へ向かう。途中、地域の特性を生かした新しい特産品として「引退した馬と温泉地熱を利用したマッシュルーム」を生産するジオファーム八幡平に立ち寄る。引退した馬がほとんど殺処分される中、牧草・馬・堆肥・マッシュルームと循環させる画期的な取組である。
 オークフィールド到着後、八幡平市企画財政課の関貴之氏、オークフィールドの山下氏、最上雄吾氏と、八幡平市の「生涯活躍のまち」への取組み、オークフィールドの取組み等について説明を受け、今後の展開や問題点、都市から地方への移住の現状と問題点、また地方での受入の問題点等について意見交換を行なう。また今後の遠隔講義または出張講義の可能性について意見交換を行う。休憩後、居住者A氏ご夫妻、B氏(以上、3名とも後期高齢者)、山下氏、オークフィールド職員C氏と夕食を取りながら、オークフィールドでの暮らし、自然農業や高齢者の医療について歓談した。
 6月27日午前7時半から居住者A氏ご夫妻、B氏、D氏(70代)、オークフィールド職員C氏と朝食、その後、山下氏、隣接の富士見荘職員E氏が参加し、A氏ご夫妻、B氏と転居の経緯等についてインタヴューする。10時半より、山下氏の案内で周辺の生活施設、安比高原のリゾート施設周辺、八幡平別荘地周辺、八幡平山上松尾鉱山跡等を見学する。午後3時50分盛岡発の新幹線で帰宅する。なお、今回岩手県立大学による遠隔講義は予定が変更になり参加できなかった。

 今回の出張で訪問したオークフィールドはサービス付き高齢者向き住宅で株式会社アーベイン・ケア・クリエイティブが経営する。60歳以上の自立から軽度の要介護者が入居可能で、CCRCをそのコンセプトの一つに掲げている。十和田湖八幡平国立公園の豊かな自然の中にあり、北に安比高原、南に岩手山を望む。八幡平市におけるオークフィールドを含む「生涯活躍のまち」は岩手県が地方版総合戦略として官民を挙げて取り組んでいる事業であり、都市からの移住する退職世代の活動的な高齢者(アクティブシニア)をターゲットとし、能動的な健康寿命の延伸を目指している。また大学連携による知的好奇心への対応も企図している。
 東京都内から盛岡まで概ね3時間、盛岡からは路線バスで1時間半ほど、車であれば1時間以内で到着可能で、車を利用する限りにおいては盛岡からも意外と近い。ただ、近隣のショッピングセンターまでは車であれば15分以内だが、10km以上で徒歩圏内ではない。アクティブ・シニアとして活発な外出や社会参加を求めるが都市の公共交通機関に依存した生活になじみ運転に疎い者、また視力の衰えやその他の既往症により何らかの生活上の支障を抱え車の運転をできない者には日常生活上の不安が残る。職員のサポートや住民同士の共助体制の確立が必須であろう。さらに特区的措置で何らかのより軽便な移動手段の利用やライドシェアも考慮する必要があるかもしれない。また冬季の積雪も移住者には懸念材料だが、迅速な除雪で交通には支障が無いとのことであった。
 一般財団法人みちのく愛隣協会が経営しリハビリテーションと地域医療を専門とする医療施設(東八幡平病院)や社会福祉法人みちのく協会が経営する軽費老人ホーム(ケアハウスアーベイン八幡平)と特別養護老人ホーム(富士見荘)と隣接する。
 米国のCCRCは介護が必要となった時や終末期も含めて生涯過ごすことが可能な場を提供する退職者コミュニティで、自立ユニット、介護ユニット、認知症用ユニット等が一つの建物または区切られた街区の中にある。食事、掃除、洗濯等の生活支援に加え各種の娯楽が提供され、外出や学習の支援も行われる。一方、オークフィールドと医療福祉施設それぞれの経営主体は名目上異なるが隣接しており米国のCCRCに近い形態で、他に例を見ない。日本の医療および介護の制度的には独立でありフリーアクセスが原則であるが、隣接して医療や介護を提供できる施設が存在することは魅力的である。オークフィールドが母体となる社会福祉法人から独立した株式会社の形態をとっていることで、いわゆるアクティブ・シニアの退職後の生活を生きがいのある意義ある生活として楽しめるようにサポートする自由度の高い運営、HP上の言葉を借りると「介護の現場にイノベーションを起こし生きる喜びを創造することを使命」としている点は期待できる。
 オークフィールドは現在第一期の32室とレストラン棟が完成し2015年末から入居を開始した。オークフィールドの居室は一人部屋で都市での生活に慣れた者にとっても手狭かもしれないが、独立したバス・トイレ、ミニキッチンがあり機能的である。開放的で自由に使える広い調理スペースがあるセンスの良いレストラン棟で朝夕の食事が提供される。その他の共有空間も広く、将来的な共有施設の増築の可能性はある。周辺も休閑地や牧草地で居住空間は魅力ある。

 オークフィールドのホームページによると入居費用は自立で月額160,500円、介護保険制度利用者は124,500円である。厚生労働省年金局「平成26年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると国民年金受給権者の平均受給月額は男子5万8218円、女子5万1455円、厚生年金受給権者の平均受給月額は男子16万5450円、女子10万2252円である。オークフィールドへの入居には相当額の厚生年金の安定的な収入、または相当の貯蓄を有する事が必要となり、対象は主として都市圏の退職高齢者となる。提供される医食住のサービスは満足させる水準だが、都市からの移住を決意させるにはさらに何か魅力が必要ではないだろうか。
 オークフィールドの周辺には八幡平や安比高原の別荘地がある。別荘地には盛岡を含めた都市部居住者が夏季や冬季に別荘として利用する住宅と、都市居住者が移住し定住している住宅がある。別荘利用者の多くは高齢化が進み、売却または有効利用の道を模索している。また定住者も高齢化が進み生活困難や不安が顕在化しつつある。八幡平市においても介護人材は十分ではなく、周辺別荘地に点在する高齢者の介護は車社会でも効率的ではない。米国アリゾナ州フェニックスの高齢者の町Sun Cityは「老人だけの非生産的な町」と日本では否定的なイメージで言及されることが多いが、高齢者が豊かな老後を楽しむ共助の町として発展を続けており、我々が学ぶべき多くの知恵を有している。都市からのアクティブシニアの移住の前段として、休眠別荘の利用、長期滞在型リゾートや二地域居住を含めた柔軟な対応が求められる。また、新たな大規模投資ではなく既存の資源を活用すること、特区的規制緩和を含めて発想の転換が求められている。
 今回訪問時にインタヴューできた方々は何らかの縁が岩手県にあり、オークフィールドへの移住を選択されたようである。今、会社勤務を終えた都市の退職者は、これからどのような人生を送るのか、退職後の人生を選ぶ決断を求められている。その文脈で「生涯活躍」という言葉が用いられるが、これを従来のように働き続けることと理解する必要はない。退職を契機にそれぞれの理想を再確認し、社会的な活動を開始または継続することではないだろうか。それは退職後人生を楽しむことではないか。退職後の楽しい人生への移行には慎重だが明瞭な意思が必要であり、柵(シガラミ)と規制を断ち切れる新しい場所も一助となるだろう。広葉樹の森とアルペンホルンが響く八幡平は選択肢として魅力的であるが、その一歩を踏み出すには勇気がいる。その勇気をどのように生み出すのか、踏み出させる魅力作りが課題である。

杏林CCRC研究所
蒲生忍