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当院のドクター紹介

単純なことですが、感謝されることが元気づけになっています。

東原病院長をご紹介いたします。

東原 英二
名前 東原 英二 (ひがしはら えいじ)
血液型 B型
趣味 油絵(風景画・静物画)、読書(歴史の本)、ゴルフ(年に2〜3回のゴルファーですが)
専門 内視鏡手術、手術一般、小児泌尿器手術、腎臓学(特に多発(たはつ)性嚢(せいのう)胞腎(ほうじん))、前立腺がん
外来日 木曜日 午前、金曜日 午前
所属 泌尿器科 教授
プロフィール 1972年東京大学医学部卒業
76年米国テキサス大学(ダラス)腎臓科(研究員)
82年米国テキサス大学(ダラス)腎臓科(客員助教授)
88年東京大学医学部泌尿器科助教授
94年杏林大学医学部泌尿器科教授
06年杏林大学医学部付属病院 院長

なぜ医師を目指そうと思ったのですか?
はっきりとした理由があるわけではないのですが、今になって考えてみると父の影響だったのかもしれません。父は商売をしていましたが、小さい頃から「医者は良い職業だ」と私に言っていました。子供の頃からの刷り込み効果だと思いますが、それで医者を目指したのかもしれません。けれど、根本は数学や物理・生物が好きだったということだと思います。昆虫採集に熱心で生物部に入り、中学2年の頃に「石鎚山の蝶」について論文も書いています。人間が作った法律や社会などは人知の範囲内のものであるという思いがあります。自然が発達して出来た宇宙や物質、生命などには人知を包み込み、それらを超える本質的なものがあるのではと思っていますし、そこに魅力を感じていました。私が高校を卒業した昭和38年頃の日本は戦後間もない貧しい時期で、日本のエネルギー供給が心配されていて、これからは原子力の時代だと思われていたときでした。それで、高校の先生達には工学部への進学を熱心に勧められましたが、自分は医学部へ行きたかったので、理科三類(教養課程終了後、医学部へ進学)へ進学しました。

学生時代の思い出を聞かせてください。
東京大学に医学部進学を保証する理科三類ができて2年目に入学しました。入学した時にはクラスの学生数は80名でしたが、医学部へ進むと学生数が100名程になりました。東大ではそれまで医学部に入るにはもう一度試験を受けなければならなかったので、学内浪人がいたのです。学内浪人を一括解消するための処置だったと思いますが、学内浪人をしていた学生には30歳前後の人も多くいて、自分が20歳だったので、とても影響を受けました。年齢的にはゆとりがあると感じ、1年間の休学期間を取り、読書などに時間を費やしました。主に哲学書が多くて、ヘーゲルの大論理学等を読みました。今考えると、もっと有意義に過ごせばよかったと思うこともあります。本当はそのような時期に留学をしたかったのですが、自由に海外へ行くことも出来ない時代でした。医学は英語の教科書で勉強していましたので、読むのは問題がないのですが、会話が下手で苦労しています。やはり語学は若いうちに身につけたほうがいいと思います。

なぜ泌尿器科医になろうと思ったのですか?
理由はいくつかあるのですが、腎臓学に興味があったことが1つあります。なぜ興味があったかというと、人体内の体液(血液や水)の組成と量はだいたい一定であって、お水を飲んでもその量は平衡を保っているのですが、それは腎臓の働きが関係しています。体内のナトリウム量を調節する機能の一つがGFRとされていて、二つ目の因子がアルドステロンという働きがあることまでは判っていたのですが、サードファクターがあるらしいということを吉利教授の講義で知りました。その3つ目の因子を研究したいということで、腎臓学に深く興味を持ちました。腎移植や手術にも興味があり、それで泌尿器科を選びました。泌尿器科は外科という認識が浅くて、内科と外科両方やれると思って選びました。ところが泌尿器科というのははっきりとした外科であると言うことを、その後だんだんと認識してきましたが。昔は、学問にも未分化なところがあって、泌尿器科医でありながら腎臓生理学や内分泌学の研究をする先輩も沢山いました。
泌尿器科以外にも腎臓内科(当時は腎臓内科はなく、内科教室のみでその中に腎臓研究室がありました)や小児外科にも興味がありましたが、泌尿器科に決めた一番の理由は、泌尿器科の実習に行ったときに、手術室で泌尿器科の病棟医長がおごってくれたフレッシュジュースかもしれません。もうなくなってしまいましたが、東大病院手術室には、フルーツをその場で絞ってジュースにしてくれるカウンターがあり、学生は注文できないのですが、泌尿器科の先生がおごってくれて、その味が本当に美味しくて入局を決めたのかもしれません。一杯10円だった記憶があります。

医師になってうれしかったことは何ですか?
単純なことですけれど、患者さんに感謝されることが元気づけになります。東大病院にいた頃、ESWL(体外衝撃波結石破砕術)と言う画期的な治療があって、この治療の導入に努力していました。83年か84年にようやく導入できて、患者さんの治療に役立てることができました。その頃の患者さんが、感謝する会として「東石会」という会を作ってくれました。たまに食事をしたりする会なのですが、そのような会を作ってくれたことはとてもうれしいことでした。それから、小児泌尿器の治療もするのですが、子供だった患者さんが大きくなっていくのを見るのがうれしいですね。20年経って私より背が高くなった子や、もう子供を生んでいる子もいますよ。
研究面でも最近うれしかったことがありました。ずっと多発(たはつ)性嚢(せいのう)胞腎(ほうじん)の研究をしてきたのですが、最近新薬ができて国際的な共同治験が始まりました。その日本代表の委員になっています。直接その薬を作ったわけではないのですが、ずっと臨床研究をしてきた疾患の画期的な薬の開発にめぐり合わせたことはうれしいことだと思っています。難病の患者さんの役に立てていると思うこともできます。

杏林大学病院についてどんな思いを持っているのですか?
かつてのヨーロッパの歴史を見てみると、病院が発達して医科大学が出来ていました。患者さんがいて、病院が出来、学問が後からできてくるのです。それが自然な流れです。しかし、日本の病院はほとんどがまず大学があって、医学部付属病院を作っています。医学教育のために、病院を作っているのです。全国の大学病院は全て医学部付属病院になっています。それは明治時代西洋文明を効率的に取り入れようと考えた、日本の歴史的な発展に制約されたいびつな形であると思っています。たとえばアメリカだったら、医学部は医学部、病院は病院と独立しています。ハーバード大学に医学部があるけれど、その周りにジョンズ・ホプキンスなどたくさんの病院があります。実は杏林大学病院の歴史は、ヨーロッパやアメリカの病院と同様にまずは病院からはじまっています。三鷹新川病院が母体となり、後に杏林大学病院ができています。病院が中心である医学部ということは、つまり患者さんが根にあって、患者さんの治療が中心にあることになります。そこから出発して、枝葉が出てくる。病院が発展する過程として、大切なことが杏林大学病院にはあります。そのいいところを、これからも伸ばしていきたいと思います。

患者さんへのメッセージをお願いします。
病院長としてのメッセージとなりますが、杏林大学病院を患者さんにとっていい病院にしていきたいと思っています。病院の方向性として、「安全」「安心」のいい医療、質の保証された医療をこれからも提供していきたいと思っています。これはスタッフ全員の努力でしか達成できません。時代の波に追い越されてしまわないように、努力していきたいと思っています。

最後に、病院長の座右の銘を教えてください。
「人不知而不慍、不亦君子乎」 論語学而篇の冒頭にある言葉の最後の部分です。「自分のことを人が正しく評価しなくても、恨まず、憤らないのは、また君子ではないか」 と言うような意味です。論語には良い言葉が沢山あります。好きな言葉に「逝者如斯夫、不舎昼夜」があります。いろいろな解釈があるようですが、私の解釈では「努力する者は、川の流れの様に、斯くのごときではないか、昼夜を分かたない」。これは、孔子が川の流れをみて述べた言葉と言うことです。


お気に入りの写真

若い頃に世界に先駆けて、内視鏡下による副腎手術を行っていた頃の写真です。新しい技術を行うには、それまでに絶え間ない努力が必要だと思います。私は実際に手術をするまでに、十分な日時をかけて手術器具を作るなど基礎的準備を行い、万全の態勢を整えて手術を行いました。世界に先駆けるような手術でなくても十分に習熟した経験者の指導やそれに見合う訓練をした上で、取り組むべき事は言うまでもありません。
※執刀しているのが東原病院長です

76年にアメリカへ留学しました。Kokko先生の尿濃縮機構理論にとても感銘を受けて、Kokko先生のいるダラスへ留学しました。そこでは、Kokko先生をはじめ、多くの優秀な仲間と一緒に研究をする機会に恵まれました。特に、Seldin先生に会えたことが良かったことでした。Seldin先生は、能力と人格に優れた方でした。教育の指導力や研究の方向性などどれをとっても素晴らしく、アメリカ医学界の指導者でいらっしゃる先生でした。このような素晴らしい方に出会えたことは本当に良かったことでした。研究室には同年代の研究者も多くいて、Kokko先生の自宅で研究室の連中との酒宴の写真が思い出の一枚です。


東原病院長が描いた油絵

初めて描いた絵

冬の能登半島

東原病院長の診療科詳細は、右のリンクをご参照ください。

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