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当院のドクター紹介

循環器内科の治療範囲は多岐に渡り、日々進化しています。

12月のドクター紹介は、循環器内科の佐藤 徹 教授の紹介です。
子供の頃の様子や医師を目指した理由、循環器内科の魅力などをお話しいただきました。

佐藤 徹
名前 佐藤 徹 (さとう とおる)
血液型 B型
趣味 バイオリン:習っていたのは中学3年生までですが、15年前からまた弾きはじめました。妻が音楽好きでバイオリンを弾いているのですが、家族を巻き込もうという彼女の作戦にまんまとはまり再開することになりました。
娘と息子も弦楽器をやっていますので、たまに家族で弦楽合奏をしています。家族で演奏する会があるのですが、その会への出演を目標に練習しています。
専門 循環器病学全般、肺高血圧症、医学教育、運動生理学
所属 循環器内科教授
プロフィール 1954年 広島県福山市に生まれる。
1982年 慶應義塾大学医学部卒業、内科入局
1986年 慶應義塾大学医学部循環器内科専攻
1989年 足利赤十字病院循環器科副部長
1992年 川崎医科大学循環器内科医師
1994年 国立循環器病センター心臓内科医師 
1999年 慶應義塾大学医学部専任講師(循環器内科学)
2004年 慶應義塾大学医学部専任講師(教育統轄センター)
2007年 慶應義塾大学医学部准教授(教育統轄センター)

■ ご出身地を教えてください。

 岡山県との県境に位置する、広島県福山市の出身です。広島は江戸時代の地方の分割で、西側が安芸国(あきのくに)、東側が備後国(びんごのくに)と言われていましたが、福山市は備後国の中心地でした。
 備後国の主な地域は譜代大名が領有していて、最後の藩主であった阿部の大名家は、桜田門外の変で暗殺された大老、井伊 直弼の前の老中を務めたこともあり、徳川家ともゆかりの深い地でした。
 山陽本線の駅のすぐ北側にはお城があって、天守閣は戦時中に焼け落ちてしまい再建されたものですが、大きな門など歴史的な建造物がいくつか残っています。

 私が住んでいたのはお城に近く、城内でよく遊んでいました。 一番楽しかった遊びは、今では考えられないかもしれませんが城壁の石垣を登ることでした。私は結構高くまで登っていました。コツは、絶対に下を見ないことです。

 幼稚園の頃、自宅で

母がバイオリン好きでしたので、小さな頃から習わされていました。

■ 子供の頃の夢は。
 外国に行って、海外の人と交流したいというのが、小学生の頃の夢でした。
 陽の明るいうちは、家に帰ることはほとんどありませんでしたが、雨の日や外に出られないときは、本を読んで過ごしていました。私の両親は共働きでしたので、子供を構ってやれない代わりに少年少女文学全集や外国の旅行集や絵画集、伝記など、たくさんの本を買ってくれました。その中で、旅行集に載っている自然の美しいフランスの景色などを見て、いつかこの写真の景色を実際に見たいと思い、外国に憧れていました。

小学校低学年の頃。祖父母の家の前で友人と(向かって右)

小学校低学年の頃、瀬戸内海で海水浴をしたときの写真

小学校4年生 バイオリン発表会

■ 高校時代の思い出を教えてください。
 高校は兵庫県にある灘高校に進学しましたので、親元を離れての下宿生活でした。灘高校は非常に自由な学校でしたが、進学校でしたので勉強せざるを得ない環境でした。昔から勉強があまり好きではなく嫌々やっていたのですが、この頃は、我慢をして勉強した時期でした。
 受験勉強はもちろんしなければならなかったのですが、高校時代は非常にたくさんの本を読みました。一人で生活をしていたので寂しさを紛らわせるためでもありましたが、本を読むことで将来どのような道に進もうかとよく考えていました。
 小説や随筆など、ジャンルを問わず幅広く読んでいて、科学者の伝記などもかなり読みました。伝記だけではなく、数学や物理学の歴史に関する本を読み、どのように自然科学が発展してきたかを知るのも好きでしたので、それらの本が医師になる参考になったのかもしれません。

■ それでは、読書を通じて医師になろうと決められたのですね。 
 高校生の頃は医師になろうというよりも、勉強が好きではないのを棚に上げて研究がしたいと思っていました。理学系の研究で、誰も発見していないような新しいことを見つけるとか、人類の進歩に役立つことをしたいと考えていました。
 そのため医学部に進学するときも、臨床医学、いわゆる患者さんと接する医師として働くことはあまり考えておらず、物理や数学よりも身近な生物学の研究ができるという理由で医学部を選びました。

高校卒業のアルバムの写真。

■ どのような大学生活を送りましたか? 
慶応大学に進学して、今度は東京で一人暮らしをすることになりました。
中学・高校とずっと剣道部に所属していましたので、大学でも医学部体育会の剣道部に所属しました。そこで同級生だったのが、眼科の平形教授です。
医学部の運動部は将来の体力をつける意味と協調性を養うという意味があるのだと思います。そのため、練習も厳しく常に団体生活を送っていました。大学時代の思い出は、実習とクラブ活動であっという間に終わった6年間でした。それ以外に何かやったかと思い出してみても、できる時間もなかったような感じでした。

大学時代の剣道部で(前列左端)。後列左より2人目が眼科平形教授。

■ 研究がしたいとの希望で進学されたとのことですが、実際に医学を学ばれどのようなことを思われましたか?
 6年生になり病院での実習が始まると、実際の医療現場で患者さんと接するようになります。最初は研究をしたいとの思いで入学した医学部でしたが、次第に患者さんをしっかり診断して治療する臨床医学に魅力を感じるようになり、卒業するころには、臨床医として活躍したいと考えるようになっていました。

■ 循環器内科を選ばれた理由は?
 慶応の場合は、内科、外科は、専門を選ぶ前にまず内科、外科全般を研修します。そして、それぞれの分野の診療科をローテートして、内科は4年間、外科は3年間でしっかり学ぼうというシステムでした。私は、内科に進むか外科に進むか随分悩みました。外科はより治療の側面が大きいところに魅力を感じていたのですが、最終的にはより全身を治せる診療科がよいと思って内科を選び、その後循環器内科を選択しました。

 一つには、循環器内科は外科的なところがあり、手を動かして治療することが多くあります。医学書を読み知識で治療をするよりも、どちらかと言えばそのほうが自分に合っているように思っていたのです。けれど、どの分野でもそうですが、実際には机での勉強も必要でした。
 それから、もともとしっかり患者さんを治したいという考えがありました。内科の中でも治療の幅が広いのが循環器内科でしたので、自分の理想と合っていると思ったのも理由です。

 呼吸器内科と迷った面もありましたし、他科の先輩からお誘いの声もありましたが、最終的には自分の判断で専門を選びました。

89年に赴任した、足利赤十字病院の病棟で。

足利赤十字病院近くの名所、名草巨石群。

■ 先生の感じる循環器内科の魅力は。
 実際に循環器内科を専門にして感じたことですが、思った以上に進歩が速い診療科です。昔はできなかった治療ができるようになったというのはもちろん、内科の範囲の中で、こんな事まで出来るようになったのかと、驚くことが多くあります。いま、循環器内科は治療できる範囲が最も広い診療科です。新しい治療がどんどん出現してきて、技術は日々進化しています。患者さんはより良い治療が受けられるようになっています。
 それから、これは循環器内科としての特性ではないかと思うのですが、体力面などの理由で、心臓カテーテル検査などは若いうちしかできない診療がありますし、心臓診察など経験によって歳を重ねてからよりうまくできる診療手段もあります。これは循環器内科の診療の幅が広いからですが、年齢に応じてできることが多くあり、いくつになっても専門の医師として活躍できるのが一つの魅力です。
 また、内科の中でも救急患者さんが多い診療科なので大変な面はありますが、循環器内科の場合、患者さんの体調が長時間にわたって変化なく続くことがなく、短時間のうちに診断や治療結果が決まる迅速性も魅力です。

94年に赴任した、国立循環器病センターで(前列右端)

■ 医師になって困ったこと、うれしかったことを教えてください。
 やはり一番困ったことは、家族とコンタクトをとる時間が十分に取れなかったことです。子供が小さなころに、あまり一緒にいられなかったのをいま後悔しています。

 逆にうれしかったことは、やはり、患者さんの病気が良くなったときです。さらに患者さんから感謝されたときは、とてもうれしく思います。結局、高校時代は研究することを考えていましたが、その考えはどこかへ行ってしまい、患者さんと接することで喜びが感じられるようになっていました。

■ 杏林大学病院に来られて1年半が経ちますが、病院について思うことは。
 みなさん非常にやさしいというのが、一番感じることです。医師も看護師も、事務の方もみなさん親切で、非常に人間的な人が多いように思います。人間的というのは、忙しい仕事の中でも、自分の生活をしっかり確保できているということです。やはり、自分の生活を確保できないと、健康状態含め他の人の管理や治療をしたり、コミュニケーションを築くことは出来ないと思います。

■ 最後に、患者さんへのメッセージをお願いします。
 新しい検査・治療手段を使って診療するだけでなく、患者さんのお話をしっかり聞く、細かい診察をするなどの、医者の基本的な診療技術を使って診療をしていきたいと思っています。



座右の銘

すべてのものに価値がある。

 嫌いだからと遠ざけたりせずに、すべてのものに価値があるから、あるがままを受け入れて対処していこうと常々思っています。

佐藤先生の診療科詳細は、右のリンクをご参照ください。

取材担当
企画運営室
広報・企画調査室







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