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当院のドクター紹介

人との和を大切にしながら医療を行っていきたいと思っています。

今月のドクター紹介は、産婦人科の小林陽一教授の紹介です。
学生時代の思い出やアメリカ留学のお話などを伺いました。

小林陽一
名前 小林 陽一 (こばやし よういち)
血液型 B型
趣味・好きなもの 登山: 山登りが好きです。富士山、槍ヶ岳、穂高岳などに登りました。登り始めはいつも後悔するのですが、登った時の達成感や頂上の景色が最高でやめられません。
ペット: 犬が好きでトイプードルを飼っています。名前は「ジュリアン」。時間がある時は可能な限りお散歩に連れていきます。
専門 婦人科腫瘍
所属 産婦人科 教授
プロフィール 1986年 慶應義塾大学医学部卒業
1990年 慶應義塾大学医学部産婦人科助手
1992年 大田原赤十字病院産婦人科副部長
1995年 聖マリアンナ医科大学産婦人科助手
1998年 聖マリアンナ医科大学産婦人科講師
2002年 米国バーナム癌研究所留学
2007年 聖マリアンナ医科大学産婦人科准教授
2010年7月~ 杏林大学医学部産科婦人科准教授
2014年10月~ 同科 臨床教授

■ 子供の頃はどんなお子さんでしたか?
 私は生まれも育ちも東京都中野区です。昔は畑もあって、のんびりした田舎町でした。小学1、2年生の時は漢字が好きで、漢字博士と呼ばれていました。それと、電車の時刻表が1冊あればいくらでも遊べました。各駅停車で日本一周ができるかとか、この場所へ行くにはどの電車に乗って行くかとか、空想しながら見ていました。また、小学5年生の時に、NHKラジオで「基礎英語」という番組を聞き始め、2年間休まず毎日聞いていました。これは振り返ると我ながらすごいことだったなと思います。まだ小学生なので授業でも英語はやっていませんが、自主的にやっていたので、英語が好きだったんでしょうね。実際これが今の自分の英語の能力にかなり役立っています。
 中学も高校も付属の学校に通っていたので、同級生は皆、受験勉強にあくせくしていなくて、個性的な人が多くておもしろかったですね。その分、おとなしかった私は埋もれていました。付属の中学に通っていたのですが、高校は別の私立高校を受験、そして高校生の時はまた外部から受験と、中学・高校の時は受験勉強ばかりしていましたね。そんな中でも、鉄道に興味を持つようになって、写真を撮りに遠くまで行ったりしていました。昔の電車とか機関車、SLが好きでした。プログレッシブロックも友人の影響を受けよく聞きました。

  ※クリックすると大きいサイズの画像が表示されます。

幼稚園に入園した頃。

 

高校の修学旅行で北陸に行きました。私は外段の真ん中です。

■ 先生は慶應義塾大学の卒業ですね。学生時代の思い出を教えて下さい。
 学生の時は水泳部に所属していて、専門はバタフライでした。他の選手に比べると私は速くなかったので先輩がバタフライでもやれと言ってやったのですが、小さな大会で入賞できたことは思い出の一つです。また、私がM6の時に水泳部の後輩が頑張ってくれて東日本医科学生総合体育大会で優勝しました。それと、これも私がM6の時なのですが、東京6大学野球大会で慶應大が優勝したんです。優勝パレードに私も参加しました。パレードは野球部じゃなくても誰でも参加できて、慶應カラーの紙でできた帽子を皆お揃いでかぶって、ちょうちんを持って歩くんです。夜の六本木の交差点を行進したっていうのはいい思い出です。元プロ野球選手の江川卓選手が当時、慶應大に入れず法政大に行ってしまったので、江川選手を慶應大に入れていればもっとパレードをできたかもしれないですね。
 勉強は、興味があることはたくさんあって、胃のバリウム写真の勉強をしたり、血液疾患の標本のアトラスを見たりしていました。こういったことはおもしろかったので、国家試験とは別に自分の趣味として勉強していました。欲張りでいろんなことに興味があったので、少しずつかじっていました。

■ 医師を目指したのはなぜですか?また、産婦人科を専門に選んだ理由はなんですか?
 小学5年生の時に医師になると決めました。将来どんなことをやりたいかと考えた時に、やっぱり人の役に立つ仕事に就きたいと思い、医師か弁護士か学校の先生かなと思いました。あくまでも小学生の発想ですが、弁護士になって犯罪者の弁護をすることには違和感があって、教師になって同じ話を複数の教室で何回もするのもどうかなと、特に熟慮することもなく、漠然と医師を選びその時から医師になることだけを考えていました。
 学生の頃は、外科系の手術をする科に入りたいと思っていました。当時、実験動物を使って手術をする実習があって、その時うまくできたんです。なので、外科・泌尿器科・産婦人科がいいと思っていましたが、同級生や先輩の誘いもあって産婦人科に決めました。医師になって3、4年くらいは、「やっぱり外科にすればよかったかな」と思うことはありましたが、今では産婦人科でよかったと思っています。
 産婦人科は分野が幅広いので、いろんなことが勉強できます。出産、不妊治療、がん、女性医学の4つの分野があります。もちろん、どれもオーバーラップするところはありますが、それぞれが別個の学問として成り立っていて、産婦人科は欲張りな人にはお勧めの診療科です。

大学のオーベンの頃の写真。慶應大学婦人科病理研究室の宴会です。左から2番目が私です。

■ 先生は留学を経験されていますね。
 米国カリフォルニア州にあるバーナム癌研究所(現・サンフォードバーナム癌研究所)に2002年から2年間留学しました。40歳を過ぎてから行きました。当時の教授に留学したいとずっと前からお願いしていて、ようやく「行って来い」と言ってもらえました。サンディエゴという都市に住んでいたのですが、安全で、気候も人もすごくいいところでした。
 研究所で私に与えられたテーマは「子宮内膜症」で、日々実験でした。研究所なので、病院の医師と違って「今すぐやらなければならないこと」というものはないんです。今日どこまでやるか、自分との戦いです。さぼろうと思えばさぼれるし、没頭すれば朝から夜中までいくらでもできるんです。私はそこそこ頑張っていたつもりですが。臨床も大事ですが、基礎研究だけに没頭する時間も人生の中で必要かと思います。短期間のホームステイでもいいので留学して勉強すれば、人生の見方が変わると思います。

 現地の人は「日本人かな?」なんて思わないで、勝手にバンバン話しかけてきます。米国には日本人だか中国人だか似たような顔をした人はたくさん住んでいて、どこの国の人かなんて関係ないんです。留学の終盤は現地の人に世間話をふられてもかなり理解できるようになっていたので、もう少しいられたらよかったと思いますね。私の子ども達が小学6年生と3年生の時に一緒に連れて行ったので、おかげで英語は得意科目です。

留学先の研究室にて。

 

留学先のメンバーと記念撮影。1人以外は全員日本人でした。

■ 杏林大学について思うことを教えて下さい。
 私が杏林に赴任したのは2010年7月です。最初の印象は、大きくてきれいで緑もたくさんあって、非常にキャンパスっぽいなと思いました。ここはキャンパス内にあんず、いちょう、さくら、たくさんの樹木があって、四季の移り変わりが感じられて、時々癒されますね。
 病院は手術室とか集中治療室の設備が素晴らしいなと思いました。最先端の設備が整っていて、最初見学させてもらった時に衝撃を受けました。例えばSICUは真ん中にスタッフステーションがあって、その周りに病室が配置されていて、病室にはモニターが完備されていて…。他の病院を見てきたからよくわかりますが、杏林は素晴らしい病院だと思います。

■ 先生の今後の目標を教えて下さい。 
 私はがんが専門なので、内視鏡でがんの手術をする、ということを始めています。近い将来、ダ・ヴィンチ・サージカルシステム(内視鏡下手術ロボット)を使って手術を手がけていく、ということが一つの目標です。現在、ダ・ヴィンチは泌尿器科の前立腺がんの手術にしか保険は適用されません。婦人科がんの内視鏡手術でも保険適用されることを目標に、今は先進医療として認めてもらう準備をしています。

■ 医師になって嬉しかったこと、苦労したことはなんですか?
 患者さんが良くなることは嬉しいですね。難しい症状の人が回復したりすると、本当に良かったと思います。それと、時々感謝の手紙をもらうことがありまして、そういう時もとても嬉しいです。
 苦労したことというか、結局は良かったことなのですが、分娩後に大出血した患者さんで、産科の医師やスタッフと協力して手術して輸血もたくさんして、なんとか助かったという事例がありました。明け方まで手術に要して大変でしたが、一命を取り留められて良かったです。

■ 患者さんへメッセージをお願いします。
 疑問な点、不安な点がありましたらなんでも聞いて下さい。患者さん自身が納得して治療を受けて下さい。見た目は無愛想ですけど、実際は違うので、どうぞ遠慮なく気楽に質問して下さい。



座右の銘

医師としての座右の銘は“Hawk’s eyes Lion’s mind Lady’s hand”
 鷹の目のように患者さんを注意深く観察し、ライオンのように強い精神を持って病気に立ち向かい、患者さんには女性の手のように優しく手を差し伸べる、という医師としての心構えです。

人生の座右の銘は「和を以って尊しとなす」
今まで何人かの教授の元で働かせて頂きましたが、その中で学んだことは、如何に人の和が大切かということです。同僚はもちろんのこと、患者さんとそのご家族、パラメディカルなどとの間に和を構築することがいい医療を提供するために必要であると思います。

自然を感じられる登山が好きです。足腰も鍛えられます。今年の夏は槍ヶ岳に登りました。

小林先生の診療科詳細は、右のリンクをご参照ください。

取材担当
企画運営室
広報・企画調査室







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