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当院のドクター紹介

内科的な要素を持ちつつ、手術中や術後の集中治療管理に関与するのが麻酔科の特長のひとつです

今月のドクター紹介は、麻酔科の山田達也教授の紹介です。
学生時代の思い出や麻酔科を専門にした理由などを伺いました。

山田達也
名前 山田達也 (やまだたつや)
血液型 O型
趣味・好きなもの マラソン:同僚の勧めで3年くらい前からマラソンを始めました。さすがにフルマラソンは走れませんが、ハーフは走れるようになりました。仲間と旅行がてら地方の大会に、年に2、3回出場しています。
テニス:医者になってからテニスを始めました。以前勤めていた病院には職員が自由に使えるテニスコートがあって、テニス好きが集まって楽しんでいました。今は時間も場所も体力もなく、残念です。
専門 心臓麻酔
所属 麻酔科 教授
プロフィール 昭和33年 愛知県岡崎市に生まれる
昭和59年 慶應義塾大学医学部卒業
昭和59年 慶應義塾大学医学部麻酔科研修医
昭和63年 研修終了、慶應義塾大学医学部麻酔学助手
平成2年 国立東京第二病院麻酔科医員
平成4年 埼玉医科大学総合医療センター麻酔科助手
平成5年 済生会横浜市南部病院麻酔科医員
平成8年 慶應義塾大学医学部麻酔学助手
平成12年 同専任講師
平成25年 杏林大学医学部麻酔科学臨床教授

■ ご出身はどちらですか?
 愛知県岡崎市です。徳川家康が生まれたところですね。ハッキリ言って田舎です。名物は八丁味噌で、以前NHKの連続ドラマ小説の舞台になったことがあります。あとは石製品ですね。石工団地というのがあって石屋町というのかな、石の灯篭を作ったりしています。高校を卒業するまで岡崎市に住んでいました。家の近くには山、川、池、田んぼ、原っぱしかなかったので、子どもの頃は川で泳いだり、池で魚を釣ったり、野球をしたりして遊んでいました。ゲームセンターがあるわけではなく、皆で集まってその日その場で遊びを考えていました。今では年に1回帰るくらいですね。

■ 先生は慶應義塾大学出身ですね。学生時代の思い出を聞かせてください。
 大学ではバスケットボール部に所属していました。慶應大のバスケ部は結構強かったんですよ。東日本医科学生総合体育大会で優勝したこともあります。バスケットボールは6年間やっていました。練習は週3回、夕方2時間でした。合宿は春と夏の2回あって、一週間、それこそ朝から晩まで1日中練習していたので大変でした。それに、合宿は大学の休み期間にやりますよね。試験も休み期間の前後にあるので、だいたいどこかでぶつかるんです。そうなると、合宿所から試験を受けに行くなんてこともやっていました。
 今の学生はきちんと授業にも出ていて、真面目ですよね。私たちが学生の時は、授業ごとに試験対策担当の学生を決めて、その学生が授業に出て、話を聞いてまとめのノートを作って、過去問もそろえて、皆に情報提供するというような感じでした。昔の授業は教科書とか関係なく、先生が学会でこんな研究発表をしたとか、専門分野の最先端の話とか、そういった授業が多かったですね。勉強は教科書があるんだから自分でやって下さい、という感じでした。最近は慶應でも杏林でもちゃんと教科書に沿った授業や試験をするようになっています。

■ なぜ医師を目指したのですか?
 中学生の頃は電気とか機械が好きで、エンジニアになりたいと思っていました。高校に入学すると、周りの友人に医師を目指している人が多く、医師という職業もいいな、と思い始めました。機械を相手にするのもいいけど、人間の体のメカニズムを研究することの興味と、それを踏まえて病気の治療を行い、人の役に立つことをやりたいと思いました。もちろん、実際の人間の体は機械みたいに画一ではありません。個人個人の状態を考え、患者さんによって対応を変えていく、そういった点にも魅力を感じました。

■ 専門を麻酔科にしたのはなぜですか?
 麻酔は意識をなくす、筋弛緩薬を用いて呼吸を止めるなど、非日常的な状態を作り出します。大げさに言うと、人間の体の機能や生理学を踏まえて患者さんの生命を維持することといっても良いかと思います。また手術の麻酔だけでなく、集中治療管理など、人間の生死に関係するところで、しっかり全身管理できるようになりたいと思って、麻酔科を選びました。呼吸や循環を管理する面から、呼吸器内科や循環器内科も選択肢にありましたが、ある程度内科的な見方を持ったうえで、短い時間のダイナミックな変化を管理する麻酔科の仕事に興味を持ちました。

  ※クリックすると大きいサイズの画像が表示されます。

テニス仲間と記念撮影。(92年)

 

学会でロサンゼルスへ行き、ついでに本場のユニバーサルスタジオにも行きました。(98年)

■ 麻酔科の中でも特に心臓麻酔を専門にされていますね。心臓麻酔と通常の麻酔の違いを教えてください。
 麻酔科の業務には集中治療室での術後管理やペインクリニックもあるのですが、手術室で行う麻酔に関して言うと、小さい赤ちゃんの麻酔やお産の麻酔、心臓の麻酔など、一般的な麻酔と違った特殊な麻酔があります。例えば、生まれたばかりの小さな赤ちゃんと30代のがっちりした成人では、患者さんの体力は全く異なりますよね。同じように心臓麻酔は心臓が悪い人にかける麻酔なので、特殊な知識と技術が必要になります。病気の心臓を治すのが心臓手術ですが、手術をするためには一度心臓を止めなければなりません。弱い心臓にさらに麻酔という負担をかけ、人工心肺を使って体の循環を保ちながら全身管理を行います。術者も本当に大変なんですが、麻酔科医もそういった状況を踏まえて、細心の注意を払って手術に臨みます。大変ですがやりがいがあると思います。この心臓麻酔を専門にして20年近く経ちます。

バリで開催された学会の懇親会で。(05年)

■ アメリカの病院へ留学されていますね。留学はいかがでしたか?
 1995年から1年間、ニューヨークのマウントサイナイ病院へ臨床研究で留学しました。臨床の現場でいろいろ経験させてもらったので、そこで習った心臓麻酔や心エコーの知識が、後でとても役に立ちました。もちろん臨床データを集めて研究もしました。経食道心エコーを使って、術後の心房細動の発生に関係する因子について研究しました。
 しかし、アメリカがすごく最先端かというと、日本とそう大きく違わないと感じました。日本よりちょっと早いかな、くらいの印象ですね。確かに、日本にはない医療機器があったり、アメリカではごく当たり前に行われていることが日本では遅れていたり、そういったこともまれにありましたが、近い将来、日本もこうなるんだ、という感じでした。
 住んでいた所はニューヨークの北の方で、その町は商社や銀行に勤めている日本人がたくさん住んでいました。家内や子どもは、日本人が通う幼稚園に行って、今日は誰さんのお宅、明日は誰さんのお宅と、毎日のようにお友達のお家に遊びに行って楽しんでいました。10年くらいこちらに住んでいる人もいて、その方にお勧めの場所を教えてもらって家族で出かけたり、一緒に研究している人達と遊びに行ったりしました。夜でも女性が一人で犬の散歩ができるような安全な町でした。充実した楽しい留学生活でした。

私の家族と、一緒に研究していたDr. Moscowitzと家の前で記念撮影。娘はこの時2歳でした。(96年)

■ 先生は平成25年4月に杏林に赴任されましたが、杏林大学の印象はどうですか?
 まだ1年も経っていませんので、生活に慣れるよう頑張っています。大学病院なので医師やスタッフの人数も多いですよね。皆さんの顔と名前を覚えるのと、皆さんに覚えてもらうので精いっぱいという感じです。病院全体の雰囲気がとても良いと思います。
 麻酔科の医局に関して言えば、慶應大学麻酔科の出身の人が多くいます。診療科長の萬先生とは同級生で、卒業後も同じ慶應の麻酔科医局に入って同期としてスタートしました。その後はお互い違う場所で経験を積んでいきましたが、同期会や学会等で少なくとも1年に1回は会っていました。森山潔先生や森山久美先生も慶應の麻酔科出身で、彼らが新人の時から知っています。また杏林の卒業の麻酔科の人の中にも、昔から知っている人が何人かいたこともあり、比較的スムーズに打ち解けることができました。

■ 先生が今後、力を入れて行いたいことを教えてください。
 麻酔科の医局は明るく、楽しい雰囲気だと思います。医局の環境がいいと若い人がたくさん入ってきます。その分個人の負担が減って自分のやりたい研究等に時間を当てられるようになります。逆に環境が悪いと人は入ってこなくて、仕事はどんどんキツくなって悪循環になってしまいます。当面は、いい循環の医局を作って、たくさんの人に麻酔科に入って来てもらいたいです。こうして麻酔科の医局を大きくして、今、ちょっとお休みしているペインクリニック外来を復活したり、集中治療室に人員を増やしたりしたいですね。皆がいきいきと働ける環境を作っていきたいです。

■ 患者さんへメッセージをお願いします。
 麻酔科は手術の麻酔だけではなくて、術後や重症の患者さんの集中治療や緩和ケアも行っています。また、手術の麻酔を円滑に行うために、周術期管理外来を行って、手術を受ける患者さんに麻酔について説明をさせて頂いています。麻酔に関して不安なことや疑問に思っていることがあったら何でも聞いてください。



座右の銘

平常心
 医療の現場で、緊急事態の時は一刻を争う状況なんですね。そういう時、「早くなんとかしなきゃ!」と焦るのは当然ですが、どんな時でも平常心を失わずに対応することが大切だと思います。中島敦さんが書いた『名人伝』というお話があります。弓を極めた男は、遂には弓の存在すら忘れてしまったという話なのですが、話の中で、弓の名手に教えを請う主人公に、名手は断崖絶壁の上のぐらつく岩に乗り、いつもと同じように弓を射るよう命じますが、主人公は恐怖で矢を放つことができなかったという場面があります。この『名人伝』自体は平常心について語っている話ではないのですが、おもしろい話です。機会があったら読んでみてください。

山田先生の診療科詳細は、右のリンクをご参照ください。

取材担当
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