電話0422-47-5511

  1. トップページ
  2. 病院概要
  3. 当院のドクター紹介

当院のドクター紹介

糖尿病による下肢切断を減らすため、患者さんへの予防啓発活動に力を入れていきます

今月のドクター紹介は、形成外科・美容外科の大浦紀彦教授の紹介です。
学生時代の思い出や力を入れて取り組んでいることなどについて伺いました。

大浦紀彦
名前 大浦紀彦(おおうら のりひこ)
血液型 A型
趣味 スポーツ:現在はランニングを毎朝行い、気持ちのよい一日をスタートさせています。
専門 熱傷、褥瘡、難治性潰瘍 重症下肢虚血所属  形成外科・美容外科
所属 形成外科・美容外科 教授
プロフィール 1963年 東京に生まれる
1990年 日本大学医学部卒業
1990年 東京大学医学部 麻酔科入局
1991年 埼玉小児医療センターにて麻酔科として勤務
1993年 恵佑会札幌病院にて一般外科研修
1995年 東京大学医学部 形成外科入局
1997年 東京警察病院にて研修
2003年 東京大学大学院 医学系研究科外科学専攻 博士課程卒業
2003年 埼玉医科大学 形成外科講師
2005年 杏林大学医学部 救急医学講師 熱傷センター副センター長
2008年 杏林大学医学部 形成外科 講師
   2011年 杏林大学医学部 形成外科 准教授
2013年 杏林大学保健学部看護学科病態学 杏林大学医学部形成外科 兼担 教授

■ ご出身はどちらですか、幼少期の思い出を聞かせてください。
 出身は札幌市です。
 父が研修医をしていた東京都内の病院で生まれ、2年程東京に暮らしましたが、その後、父親の出身地である札幌市に戻りました。大学進学で上京するまでそこに暮らしていたので、地元は札幌市です。
 札幌というと広大な自然を想像するかもしれませんが、住まいは市内中心部だったので比較的都会でした。小さい頃から好奇心が強く、一つのことに熱中する子どもでしたね。昆虫採集や自宅での天体観測にも夢中になっていました。3つ違いの弟がいますが、小さい頃は喧嘩ばかりしていましたね。また、身体を動かすことが好きで、小学生の頃は野球、中学生ではバレーボール、高校生ではテニスをしていました。

※クリックすると大きいサイズの画像が表示されます。

        5歳頃の家族写真

■ なぜ医師を目指したのですか?
 これというきっかけはなく、自然にという感じです。
 父は、北海道大学の形成外科医でした。勤務先の人が自宅を頻繁に訪れたり、仕事の写真などが自宅にもあったので、父の仕事を自然と垣間見ることができました。また、親戚にも何人か医師がいて、小児科医のおじの家には夏休みに遊びにいくなどよく交流をしていたので、自然と医者に興味が湧くようになりました。

■ 学生時代の思い出を聞かせてください。
 札幌から東京に上京し、環境ががらっと変わりました。目にする景観はもちろんのこと、一人暮らしを始めたことが一番の変化でした。一人の生活では手持ち無沙汰になってしまうので、積極的にスポーツなどを行い、人と接していました。小学生の頃にスキューバダイビングの映画を見て、大学生になったらやってみたいと憧れていたので、スキューバを始めました。また空手にも興味があったので、早速習い出しました。
 空手は本格的にやりたいと思い、極真空手道場に通い出しましたが、周りは凄腕の人ばかりで、習いだしてから3カ月ほどで肋骨を骨折してしまいました。少し無謀でしたね。このまま続けるのは難しいと思い、大学の空手部に切り替えました。大学の空手部では、先輩から時には厳しく、ときには温かく、家族のように密な指導を受けました。部活は週3回で、授業が終わった後18時~21時まで行い、5年生の引退の年まで続けました。部活を中心に一日のスケジュールを立てていましたね。大学入学まで受験勉強一色だったこともあり、入学してからは部活に励んでいました。大きな声では言えないのですが、勉強は落第しないように試験前に頑張る感じでした。6年生になってからは国家試験対策に真剣に取り組んでいましたね。
 空手部では色々なことを学びましたが、一番学んだことは規律や上下関係です。1年生の頃は、最上級生は神様の様な存在で口も中々聞けませんでした。例えば、一緒に食事をする時には先輩の食事の給仕も役割でしたが、先輩に「お代わり」と言わせてはいけなかったんです。言葉にするより先に察知し行動に移すことが求められたので、先輩の食べる様子をじっと見守り、茶碗の残りがあと一口になったら、素早くよそいます。全てにおいてその様な対応が求められたので、観察して先を読み、行動する力が養われました。部活で学んだことは仕事の上でも、とても活かされています。
 手術では、チームワークが欠かせず、効率よく進めていく必要があります。そのため、次に誰が何を求めているのか、素早く判断し、行動することが必要になります。私の場合、こうした能力を昔ながらの部活の上下関係・規律の中で身につけましたが、現在の学生達は今の時代に合うやり方で養えるといいですね。
 

       大学4年生の時、
     空手の大会(東医体)で


■ 形成外科を専門にしたのはなぜですか?
 私は、内科で緻密に診察するよりも、手や身体を動かし、目に見える結果を出していく外科に関心がありました。当時、外科では手術手順や治療方法に関して、方法が確立していることが多くありました。その中で、形成の分野は、他の分野と比べまだ歴史が浅いこともあり、新しい考え方やアプローチ方法を柔軟に受け入れる土壌がありました。自分達で検討できることが多く、改良できる余地がまだまだある点が魅力的でした。
 しかし、大学卒業時点ではまだ具体的な診療科を決めておらず、まず全身疾患を学べる麻酔科を選びました。
 東京大学病院で研修医をした他、埼玉県の小児医療センターでも勤務をしました。小児医療センターでは、500g程の大きさの子どもに医師や看護師が数十名がかりで治療を施すこともあり、命の重みを実感することができました。また子ども病院独特の明るさも新鮮に映り、良かったです。その次に恵佑会札幌病院でレジデントをしました。駆け出しの頃はハードな環境でしっかり自分を鍛えたいと思い、選んだ勤務地でしたが、寝ても覚めても仕事一色でした。病棟の一室を自分の部屋としてあてがわれ、朝4時から夜まで働き、ずっと病院に泊まり込みで、自分の自由時間、休みは1週間のうち8時間程度という生活でした。よく頑張ったと自分でも思います。患者さんのそばにいることを大切にし、つきっきりで治療にあたっていましたが、とにかく行動し実践を積んでいくという方法が空手の練習に通じると感じました。その後、東京大学病院形成外科や警察病院でも勤務をしました。かつての父の勤め先であり、自分が生まれた警察病院で勤務をすることは不思議な縁を感じましたね。自分が生まれた時に在職していた看護師さんがまだいらっしゃり、父のことも知っていたので、頭が挙がりませんでした。

■ 医師になって嬉しかったことや苦労したことは何ですか?
 嬉しかったことは、海外での医療ボランティア活動での体験です。
 国境なき医師団から派生したメデュサン・デュ・モンドという団体の「スマイル作戦」プロジェクトに2000年から参加していますが、これは。先天奇形、外傷後の変形治癒患者を対象とした形成外科治療を海外で行うボランティア活動です。今までにカンボジア、バングラディッシュ、ベトナムなどで11回程参加しています。現地での治療は患者さんと言葉が通じない中で行います。ある時、治療した患者さんが感謝の気持ちを伝えようと、大きなジェスチャーで私のことをぎゅっと抱きしめてきました。日本の医療現場では、全身で感謝を表現されることはなかったので、衝撃を受けました。医療は、医師が上の立場から相手に施すものではなく、医師が患者さんから多くのものをいただくものだと改めて感じました。「スマイル作戦」では、1度の参加で1・2週間ほど現地に滞在します。場合により、1日に10人程の患者さんの治療・手術を行います。フランス人やドイツ人医師達や現地スタッフとのチームで手術を行いますが、分からない言語が飛び交う中でコミュニケーションを取らなければいけないため、大変なこともあります。その時に、学生時代に空手部で養った、次を予測し行動する力が活かされます。また、手術のやり方は国を問わないので、手術が共通言語になります。日本では手術をする際には、事前の診断やカンファレンスを行い、準備することができますが、現地では、初めて目にした患者さんをその場で手術・治療します。衛生状況や医療環境があまり良くないために、日本では目にすることのないほど症状の悪化した人もいます。変化に対応できることが求められる、そうした状況で治療を行うことは、私にとってトレーニングにもなっています。自分の腕を他国の医師に試されている様でもあり、ある種オリンピックの日本代表の様な心持ちで参加しています。残念ながら、この2年間は忙しくて参加できていません。とてももどかしいですが、また近いうちに参加できれば、と思っています。
 また、ボランティア活動の経験を芝浦工業大学で非常勤講師として学生へ講演しています。後身の育成にも役立てられていることが嬉しいですね。
 苦労というか、心がけていることは、患者さんとのコミュニケーションです。医師と患者間のトラブルは年々増えているかと思います。通常の人間関係と同様、患者さんと上手くいかなくなりそうな時に距離を置く医師もいますが、私はその様な時には、逆に患者さんと会う機会を増やす様にしています。顔を合わせる回数が増えることによって、相手は自然と安心し、信頼感も増します。現在の医療体制は、一人の医師や看護師がずっと同じ患者を診るようにはなっていません。患者さんとしては不安を感じやすいとも思うので、私は可能な範囲で同じ患者さんを診るようにしています。
 

     「スマイル作戦」活動の様子

 

■ 忙しく、緊張も多いお仕事かと思いますが、リフレッシュ方法はありますか?
 毎日ランニングをしています。
 3年ほど前に身体の調子が悪くなり、インフルエンザにかかってから、免疫機能が低下し、喘息のような症状や蕁麻疹が3カ月続きました。その当時はあまり運動をしなくなっていたので、また体力作りをしようと思い立ち、散歩から始めました。始めは2・3キロのウォーキングでも疲れましたが、現在は毎朝10キロ、約1時間は走っています。地元のサイクリングロードを走っているのですが、緑に囲まれていて気持ちがいいですよ。疲れている時などには億劫に感じることもありますが、人間も生物として食べることや排せつ、動くことは必要なことですから、「食べたのであれば走りなさい」と自分に言い聞かせて走っています。面白いことに、続けるうちに走れる距離が伸び、目に見えて身体に変化が現れました。蕁麻疹が治り、喘息の様な症状も治まり、爪や髪の伸びも早くなりました。また、エネルギーを蓄えて一日を始めることができるのでとてもいいです。学会で地方に出張するときにも、ランニングシューズを持参して、時間を見つけては走っています。知らない土地の景色を見ながら走ることは学会の楽しみにもなっています。

■ 先生が今後、力を入れていきたいことを教えてください。
 現在の専門は、重症下肢虚血(かしきょけつ)、糖尿病性壊疽(えそ)や褥瘡(じょくそう)などです。これらの病態は、まだわからないことも多く、治療もまだ発展途上です。
 患者さんの下肢を救済でき、歩いて外来へ通院できるようになったときには、とても達成感があり、患者さんとともに喜びを共有でき、とてもやりがいがあります。
一方で、まだまだ知られていない病態なので患者さんの意識を啓発し、一緒に病状を軽減することに力を入れていきたいと思っています。
 かつては、褥瘡のケアは、医師ではなく、看護師が担当するものという認識でした。褥瘡は深刻なもので、極端に言えば、もし褥瘡が出来たら終わり、死を待つのみと見なされていたので看護師の責任が問われていました。現在は、医師や栄養士なども関わってチーム医療で予防・治療に努めています。同じことが重症下肢虚血についても言えます。私が代表をしている「Act Against Amputation」 (AAA)  "ホームページ"では、糖尿病による下肢切断を減らすことを目標とした啓発活動に努めています。生活習慣病である糖尿病が悪化すると足先が壊疽し、切断しないといけなくなります。切断すると車いすでの生活となり、1人暮らしの場合、移動や運動が難しくなり、身体が弱っていきます。“歩くことは、人間の尊厳であり、自由に自分が行きたいところへ自分の足で歩けることが大切、そのために足病に対して予防をしていきましょう”という啓発活動に力を入れていきたいと思っています。
 また、私が理事をしている「日本下肢救済・足病学会」 "ホームページ"では2016年に大会を開催します。大会長として、準備に取り組んでいきます。

■ 先生は2005年4月に杏林に赴任されましたね。杏林大学病院・杏林大学医学部生について思うことを教えてください。
 研修医、レジデントを含めて色々な病院で勤務しましたが、杏林大学病院は、看護師・栄養士・理学療法士などのチーム医療が整っている印象を受けます。下肢虚血や糖尿病性壊疽などの形成外科でも、他の診療科やコメディカルとの連携が欠かせません。チーム医療体制の築きやすさは治療に貢献していると思います。
 杏林大学医学部生に関しては、真面目すぎると感じるところがありますね。学業のカリキュラムがきっちり詰まっているため、与えられたことを必死にこなしていかざるを得ない点もあるとは思いますが、もう少し自由に自分なりの考えを持ち、学生だからこそできることに積極的に行えるといいのではないでしょうか。自分なりの考えを持って将来の医療に活かせるといいのではないかと感じます。

■ 患者さんへメッセージをお願いします。
 医者も万能ではないので、できることとできないことがあります。患者さんは全てを医者に預けてしまわずに、医師と一緒にできることを見つけて、自分でも「予防」など出来る限りのことをやるという心構えでいるといいと思います。

座右の銘

変化できる者・柔軟に対応できる者は強い
どんな生物でも、変化を続けています。変化できなくなった時に、滅びます。人間も同じです。身体の細胞はどんどん変わっていくのだから、頭も変わっていかないといけない。医療でも、病状や対応できる治療法技術は常に変化している、それに対応できるようなスキルを持つことは大切です。私は常に、同じポジション・同じ考え・同じ状態でいてはいけない、変化=進化することを意識しています。

大浦先生の診療科詳細は、右のリンクをご参照ください。

取材担当
病院企画運営室
広報・企画調査室






病院概要
医療安全管理・感染対策
施設のご案内
新着情報
情報公開
患者支援センターのご案内
人間ドックのご案内