肺高血圧症とは

 

 

【病態】

 人間の血液の流れについて説明します。酸素の少ない血液が右側の心臓へ戻ってきて肺へ送られ、肺

で酸素をもらって左側の心臓へ進み、左側の心臓から全身に送られます。左側の心臓から全身へ血液を

送る血管(動脈)の血圧が上昇するのがいわゆる「高血圧」ですが、右側の心臓から肺へ血液を送る血管

(肺動脈)の高血圧が「肺高血圧症」です。

 肺動脈の血圧は正常では20/10(15)mmHg ほどです。(15)は平均血圧を意味しており、この値

(平均肺動脈圧)が安静時25mmHg、運動時30mmHg以上となるものを「肺高血圧症」と呼びます。

この病気は、慢性かつ進行性の難病であり(1998年より、国が特定疾患治療研究事業対象疾患に指定)、

従来の治療では5年間の生存率が30%といわれていました。

 

【症状】

 肺高血圧症の初期は無症状です。しかし、肺動脈の血圧が上昇し病気が進行してくると、体を動かした

時に息切れを感じるようになります。また胸痛、全身倦怠感、めまい、失神などを認めることもあります。

肺性心となり心不全を合併すると、足のむくみや食欲低下などの症状も出現します。

 

【原因】

 肺高血圧症を起こす原因はたくさんあります。肺高血圧症の原因を把握することは、治療を考える上で、

重要です。新しい国際分類では、肺高血圧症は大きく5つのカテゴリーに分けられています(2003年、ヴェ

ニス分類より引用)。

 肺動脈性肺高血圧症は0.1mm前後の非常に細い肺動脈が固く狭くなり、血液が流れにくくなります。

その中には下の表にあるような病気が原因となります。

 特発性肺動脈性肺高血圧症は、この中で頻度が最も高く、以前は原発性肺高血圧症と呼ばれていた

病気とほぼ同義であり、原因不明の難病です。この中には家族性のものもあります。膠原病性肺動脈性

肺高血圧症は、全身性エリテマトーデス・強皮症・混合性結合組織病などの膠原病が原因で発症する

ものであり、比較的肺高血圧症の進行が速い特徴があり、特発性より生存期間が短い傾向があります

(しっかり治療すれば大丈夫です)。

 

@肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary arterial hypertension; PAH)

  特発性(原因不明なもの、以前は原発性と呼ばれていました)

  家族性

  膠原病

  シャント性心疾患(心房中隔欠損症によるアイゼンメンジャー症候群など)

  門脈圧亢進症(肝臓病からくるもの)

  HIV感染

  薬物性(やせ薬など)

  肺静脈に由来するもの

A左心系疾患に由来する肺高血圧症

B呼吸器疾患または低酸素血症に由来する肺高血圧症(慢性閉塞性肺疾患などに続発する)

C慢性肺血栓塞栓症(肺動脈に血栓が生じるもので、肺動脈内血栓内膜摘出術が適応となる場合もある)

Dその他

 

【診断】

 肺高血圧症の早期発見は、非常に重要です。それは、早期発見と早期治療によって生存率が上昇する

からです。肺高血圧症では、下記検査を行い、診断していきます。

○心電図→肺高血圧症の結果として右側の心臓へ負荷があると心電図に現れ、肺高血圧症の診断の
助けとなります。

○採血→BNP値や尿酸値の測定により右側の心臓への負荷の程度を知ることが出来ます。

○ 胸部X線→肺高血圧症があると肺動脈が拡張することがあり診断の一助になります。心臓の負荷が
増えると心臓が拡大します。

○心エコー図→心臓の形態やパルスドップラー法により苦痛なく高感度で肺高血圧症が診断されます。

○アイソトープ検査→肺換気血流シンチにより肺高血圧症の一因である肺血栓塞栓症を診断します。

○心臓カテーテル検査→頚部またはソケイ部(脚の付け根)よりカテーテル(細い管)を挿入し、肺動脈圧
や肺血管抵抗(肺動脈内の血液の流れにくさ)および心拍出量(1分間に心臓から出て行く血液量)を
直接測定します。肺高血圧症の状態を正確に評価するにはカテーテル検査が必要です。

 

【治療】

肺高血圧症の重症度や病態により、治療方法を選択していきます。以下の治療法を適宜組み合わせて
治療します。

 

内科的治療法

酸素療法

内服薬:利尿薬、抗凝固療法(ワーファリン)、カルシウム拮抗薬、プロサイリン、ベラサスLA、トラクリア、
レバチオ

持続静注薬:フローラン

 

外科的治療法

肺移植

 

《酸素療法》

肺高血圧症が進行すると、血中酸素濃度が低下します。血中酸素濃度の低下は、息切れや呼吸困難を
悪化させます。また、血中酸素濃度が低下した状態では、肺血管が収縮して肺高血圧症がさらに悪化しま
す。そのため、一部の患者さんでは酸素の継続投与が必要で、在宅酸素療法を行う場合があります。

 

《利尿薬》

肺性心となり心不全が進行してくると、心不全コントロールのために利尿薬が必要となります。

 

《抗凝固療法(ワーファリン)》

ワーファリンは肺高血圧症の予後を改善するとも報告されています。そのため、出血のリスクがない場合
にはワーファリンが適応となる場合があります。

 

《カルシウム拮抗薬》

一部の肺高血圧症の患者さんでカルシウム拮抗薬に反応して肺血管が拡張し、肺動脈圧が低下する
ことが知られています。しかし、カルシウム拮抗薬に反応性がある患者さんは少なく、反応性がある場合に
のみ適応となります。

 

《プロサイリン(ベラプロストナトリウム)》

肺血管を拡張させる作用があるPGI2製剤のうち、内服で投与できる製剤です。

 

《ベラサスLA(ベラプロストナトリウム)》

成分はプロサイリンと同じベラプロストナトリウムですが、ベラサスLAは徐放性製剤であり、血中濃度を
より安定して持続させる効果があります。

 

《トラクリア(ボセンタン; エンドセリン受容体拮抗薬)》

肺高血圧症患者さんでは、血液中および肺組織中のエンドセリン-1という強力な血管収縮物質が多く
作られているといわれています。このため、エンドセリン-1の作用を阻害すれば、肺高血圧症が改善できる
ことがわかっています。エンドセリン受容体拮抗薬は、肺血管収縮と肺血管平滑筋増殖を阻害することに
より効力を発揮します。

副作用; 血圧低下、肝機能障害、血球減少など

 

《レバチオ(シルデナフィル; PDE-5阻害薬)》

元々、勃起障害の治療薬として開発された薬剤です。PDE-5という受容体を阻害する働きがありますが、
陰茎の血管と同様に、肺血管にもPDE-5が多く存在することがわかり、肺高血圧症に使用されるようになり
ました。本邦でも2008年に保険適応として認可されています。

副作用; 血圧低下、頭痛、顔面潮紅など

 

《フローラン(エポプロステノール; PGI2)》

肺動脈に対する強い血管拡張作用と抗血小板凝集作用を有する薬剤です。1999年より、日本で認可され
ました。重度の肺高血圧症に対して使用され、現在使用できる治療薬の中で最も効果があります。しかし、
薬剤の半減期が約6分と非常に短いため、液体で中心静脈カテーテルから体内へ投与します。中心静脈
カテーテルはヒックマンカテーテルといわれるもので、皮下に埋め込む処置が必要です。

海外では、他のPGI2製剤で、吸入ができるものや皮下注射ができるものがあり、本邦でも将来的に認可
される可能性もあります。

副作用; 血圧低下、頭痛、顔面潮紅、顎痛、下痢、悪心、発疹など

 

《肺移植》

一部の患者さんでは上記までの現在使用可能な治療法での治療を継続しても治療抵抗性で右心不全が
進行する場合があります。そのような患者さんでは肺移植を検討することがあります。肺高血圧症に対する
肺移植は現在のところ当院では施行しておらず、肺移植実施病院へ紹介しています。