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マンションの管理規約

教授 新田

近年分譲マンションは、年間10万戸以上の単位で供給されており、現在その総戸数は400万戸を超えると推計され、その居住者は1200万人に達すると推測されている。従って、大都市の住人の半数近くがマンションに居住しているといえる状況にある。このことは、今日住宅問題を考える時に、もはやマンション抜きには論じられない時代に入っていることを意味するだけではなく、マンションを巡る問題は、21世紀前半の一般市民の生活関係に係わる最大の法律問題の一つといってよい。

私のドイッ留学中の研究の中心は、ドイツ統一のシンボルであつた現行ドイツ民法の制定(1900)の過程で、不動産法がどのような論議を経て立法されたかにあったが、その中には、マンショ(建物の区分所有権)の問題も含まれていた。今日のドイツ連邦を構成する諸州においては、統一民法編纂着手のころまでに、かなりの階層的住居所有権(我が国のマンションに相当)が存在していたようで、19世紀前半には各州高裁レベルの判例が散見される。それを踏まえて、ドイツ民法の制定の過程では、これを法典に規定すべきか否かを巡って、第一草案およびそれに対する各種提案、第二草案の起草委員会においてかなり厳しい論議がなされている。結局民法典には規定されず、当時存在するものについては、各州法の中に規定されることとなった。民法から排除された最大の理由は、このような所有権は「紛争のもと」という認識にあった。これはマンションのような所有形態は、必然的に共有の共用部分と一体とされることから、その共有部分を巡って絶え間無い紛争が生ずるというのが、多数意見であった。この認識の背景には、ローマ法以来の「共有は紛争のもと」というヨーロッパ人の確信がある。このような事情で、ドイツでは、第二次大戦後の深刻な住宅事情の対策として、1951年になって、階層的住居所有権法が制定されている。ちなみにドイツ民法より3年前に成立した日本民法には、第208条にただの1条であるが区分所有権の規定が置かれている。この規定は昭和37年に「建物の区分所有等に関する法律」(以下マンション法という)の制定に伴い削除されている。他で論じた事があるが、こ208条の創設には、旧民法の作成時におけるボアソナードの尽力があることを忘れてはならない。

1棟の建物に複数の所有権の成立を認めるマンションは、一見明らかなように、各戸が物理的に連結しており、その構造部分を始め共同で利用される廊下`階段等は、共有とされている。従って、その部分の維持・管理・利用について、関係する区分所有者による協力が不可欠となる。このようにマンションは各自の所有とされる専有部分と、原則として全員の共有とされる共用部分から構成されているから、それを快適な居住環境とするためには、それらの充分な管理が必要となる。マンションは「管理を買え」と言われるのは、このことを意味し、長期的にはその資産価値をも左右する。そこでマンション法は、この建物等を管理するために、当然にマンション所有者による団体が結成され、それによって管理されるべきものとしている。

そしてこの管理の骨格となるものが「管理規約」である。この管理規約は、原則的には、マンション所有者の集会の決議により、設定すべきものとされているが、新築マンションの場合、売買契約の際にマンション購入者全員から個別的合意を取り付けて、集会の決議があったのと、同等の取り扱いがなされることが多く、法律もこれを認めている。信用できるマンション業者の場合には、建設省(現国土交通省)が関与した「標準管理規約」をモデルとしているので、問題は少ないが、中小のマンション業者の作成した管理規約には、著しく不公正なものがあるので注意しなければならない。裁判でも問題となったが、例えば、業者がマンション敷地内の駐車場の専用利用権を留保して、これを他に賃貸して収益を上げたり、マンションに広告塔を付設して使用料を取っていたり、管理費の額が不公平に定められている等がある。マンション敷地の権利はマンション所有者の共有であって、その収益は、基本的には、管理組合ないしマンション所有者全員に帰属すべきものであるし、マンションの屋上や壁面が広告に利用される場合も、共有部分の利用であるから、その収益についても同様である。マンションを取得できる事にのみ意識が向いて、これらの点を確認しないまま、そのような内容を規定した管理規約に同意して、管理規約が一度設定されてしまうと、その是正は著しく困難である。規約の改正には、マンション所有者の4分の3および議決権(床面積割合による)4分の3上の多数が必要となるからである。また特定の所有者に影響を及ぼすときには、その者の承諾が必要となる。さらには業者側の者が4分の1いれば事実上改正の議決が不可能となる。

この秋の国会を目標に、マンション法の改正の作業が進行中であり、この点の是正に関しての私案を提出しているが、立法技術上困難なこともあって、残念ながら、見送られる公算が大きい。今回の改正の主たる狙いはマンションの建替えを容易にする点に置かれており、一部からは、景気対策の意図が透けて見える、との声も聞こえて来る。管理規約の問題は、当面、マンション購入の段階で各人がその内容を慎重に確認するしかない。