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現代のジャーナリズム

教授 田久保忠衛

私の第一の人生は杏林大学で教えるようになる前の二十八年間にわたる通信社の記者時代であった。その時代に私は、いかにものを観るかで二つの貴重な体験をした。一つは一九七〇年から七三年までのワシントン支局長時代にリチャード・ニクソン大統領を観察し続け、あと彼の外交スタイルを研究テーマに選んだ。もう一つはワシントンに赴任する前の六九年から七〇年にかけての一年強の間那覇支局長として沖縄を集中的に取材した。そこでは「沖縄の他の一面」に触れることができたと私は思っている。

いまの学生でニクソンを知っている、あるいは名前を聞いたと答える者は少ない。学生以外の社会人で仮りにニクソンを憶えている人たちでも印象は必ずしも良くない。政敵である民主党の本部があるウォーターゲート・ホテルに部下が忍び込み、選挙関係の書類を盗んだ事件が発覚し、それをもみ消そうとしたいわゆるウォーターゲート事件の印象があまりにも強烈だったため、ニクソンを嫌いな向きが日米両国を問わず多いのである。

事件の全容は明らかになったし、ニクソン自身は責任を取って大統領の任期の途中で辞任した。が、ニクソンの対中政策を詳細に追っていた私は彼がこのまま世界から忘れられてしまうにはあまりにも惜しい気がしてならなかった。カリフォルニア州ロサンゼルスの郊外の生地ヨルバリンダに引き込んだニクソンはその後数々の名著をものにし、独自の政治哲学、国際政治論、国防論を説いて人気を博した。レーガン、ブッシュ(いまのブッシュ大統領の父親)両大統領は対中、対露政策ではホワイトハウスにニクソンを招いて意見を聴いたほど見識は尊重されていたのである。

ニクソン研究は日本ではほとんどなされていないが、米国では数えきれないほど研究書が公刊されている。中でもニューオーリンズ大学のスチーブン・アンブローズ教授が書いた「ニクソン一政治家の教育-一九二二〜六二」はウォーターゲート事件を切り離して政治家ニクソンの肯定面を評価した第一級の作品であろう。この一著だけでは彼は見事な復活を遂げたと言っていい。残念ながら日本では否定面のニクソン論だけが横行し、米国研究者の間でも関心は薄い。

理由はウォーターゲート事件だけではなく、彼の地政学的思考がいまの日本人には受けないのであろう。確かに「中国と組んで一夜にして世界の力の均衡を変える」などという発想は日本の政治家、外交官、財界人、学者、言論人の中にも少ない。ただ、いまのブッシュ政権下で、米国一極時代の下、ロシアとの関係の変化、台湾に対する明確な姿勢、北朝鮮への厳しい対応、インド、パキスタンとの関係緊密化の動きを眺めていると、ブッシュ政権が何を目指しているかはおぼろ気ながらわかってくる。ニクソン的戦略眼がもう一度見直されているのではないか。

ワシントンでニュース報道に当たる前に私は沖縄で特異な経験をした。当時この島は沖縄県教職員会会長の屋良朝苗氏が琉球政府主席で、最高の施政権者は米陸軍中将のランパート高等弁務官だった。米軍による軍事占領下にあって、しかも東京ではワシントンとの間で返還交渉が続けられている際中であり、米軍と沖縄の人々との間の摩擦が絶えなかったのである。屋良主席は教師出身、勤勉実直を絵に画いたような人で、私は個人的に好意を抱いたが、どこへ行っても赤旗が林立し、人々は島の将来に不安を抱いていた。風潮はいわゆる革新一色、「反戦・平和」、「反基地」、「反安保」であった。

そんなときに、私は時代の流れから超然とし、強烈な個性で自分の人生を生きている一群の人々と知り合いになった。琉球の歴史、古典、芸術に精通している真栄田義見・琉球文化財保護委員長、藤田嗣治らと交友のあった画家で陶芸家でもあり、かつ鋭い政治評論を「琉球新報」に書いていた山里永吉、かつて共産党で鳴らしたあと、琉球独立論を唱えるに至った仲宗根源和・琉球果樹園社長らである。

この人たちの革新勢力に対する評価はきわめて厳しかった。山里氏は、屋良主席が先頭に立って「本土復帰」の運動を進めていた当時、「琉球新報」に一文を書き、「日本復帰の声は、現在ちまたに満ち満ちている。しかし、赤旗を振って群衆を指導し、そして日本復帰を叫んでいる連中は、いずれも彼らの生れた沖縄の歴史に全く無知な人たちばかりである。沖縄の帰属を論じるのならば、先ず沖縄の歴史から学ぶべきではないだろうか。そうすることによって、沖縄は沖縄人のものであることが、はっきりわかるであろうし、沖縄を救うことは日本復帰ではなく、沖縄人自身の努力のいかんであることが理解できるにちがいない」と述べた。

琉球の歴史の中で、琉球人は日本と中国の意思に翻弄され続けてきたので、いまこそ自分自身を取り戻せ、と山里氏は主張しているのである。復帰以後も沖縄側には本土政府が困る問題を大きく取り上げ、財源を沖縄県に誘導しようとし、「自主・独立」の精神や意欲的開発計画、その「代償」としての実行性などに欠けるきらいがある。その本質を山里氏は見抜いていたのである。独自の視点と一言っていい。

最後になってしまったが、頂戴した題は「現代のジャーナリズム」であった。ジャーナリズムについてはいくつもの問題点を指摘できるが、最近痛切に感じるのは大衆社会に阿ねたジャーナリズムがあまりにも目立ちすぎる事実である。全く能力のない外相をファンが多いという理由だけで持ち上げたかと思うと、公金の不正使用の疑いが出るやすぐにどつと批判に回る。批判はいいのだが、ぶれの大きさは軽桃浮薄も甚だしい。そういう中にあって、醒めた目でことの本質を衝くジャーナリズムは存在しないのか。反俗精神こそはジャーナリズムの本領ではないかと思い続けてきたので、あえてワシントンと那覇時代の話題を披露した。