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回診の様子 |
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平成15年8月15日から4日間にわたり、中国で起こった旧日本軍の化学兵器による中毒被害者に対応するため、日本政府の医療専門家チームの一員として行って参りましたので報告し
ます。
まず、どんな事故なのかと申しますと、8月4日に中国黒龍江省チチハル市の建築現場で掘り出された5個のドラム缶から液体が漏れ出し、43名が頭痛、嘔吐、皮膚損傷などの健康被害
を受けたものです。
専門家の分析により、ドラム缶の中身が、旧日本軍によって遺棄されたマスタードガスという化学兵器であることが判明しました。
マスタードガスというのは、接触した皮膚を熱傷(ヤケド)のようにただれさせる化学兵器です。
重大な外交問題として中国側から「誠実な対応」を迫られた日本政府は、12日被害者の治療に関する助言・指導を目的として、医療専門家チーム(医師3名、化学兵器の専門家1名ほか計8名)を派遣することを決定しました。
8月15日多くの報道陣に出迎えられて降り立った現地には、一部で反日感情もあることが感じられました。
私たちの前に現地入りした外務省の調査団が病院で民衆に取り囲まれて立ち往生したことが、伝えられていましたが、そうしたこともあってか私たちに対する警備は極めて厳重でした。
私たちが向かった人民解放軍第203病院にも厳重な警備体制がしかれ、警備上の問題から全病院を閉鎖していたため、広い敷地内に人影がまったくありませんでした。
中国側医師から説明された臨床症状(皮膚、眼、呼吸器、消化器)と臨床経過は、すべてマスタード中毒に典型的といえるものでした。
回診時に観察した皮膚症状は、ほとんど上皮化がすんでおり、U度の浅達性熱傷の治癒機転と類似している印象を受けました。
さらに、会陰部、腋窩部に極めて選択的に色素沈着と重症化が見られ、これも高温多湿環境で中毒作用を増強させるといわれるマスタード中毒に特徴的と思われました。
このような難しい状況の下で、中国側の医師が、私たち日本の医療チームの受け入れを多大な迷惑と考え、中国政府の指示ゆえやむなく儀礼的に対応することは想像に難くなかったのですが、予想に反し、極めて積極的に助言を求め、治療に関する詳細かつ実際的な質問を多く投げかけて来ました。
病院長からも「今後の治療に極めて有意義であった」と評してもらいました。
安全上の問題など、総合的な観点から予定の日程を2日間短縮しての活動となりましたが、この派遣に期待された一定の役割は果たすことができたものと考えています。
また、医学的にも、世界に例を見ないマスタード中毒の症例を多数診察できたことは、極めて貴重な経験でした。 |