1.はじめに

日本における高齢化は、ここ10数年で急速に進み、ADL(日常生活動作)の低下による寝たきり高齢者の介護、痴呆症への対応など高齢者を取り巻く問題が重要視されています。中でも高齢者の自殺や引きこもり、精神疾患など人間の「心」に対する働きかけが強く求められています。その「心」への働きかけとして、近年「音楽療法」という言葉をよく耳にするようになりました。そこで私は音楽療法をすることにより高齢者に対してどのような変化、効果があるのかについて興味を持ったので、高齢者の音楽療法について調べて見ました。

 

2.音楽療法とは何か

音楽療法の定義

<1>日本音楽療法学会:JMTA

「身体ばかりではなく、心理的にも、社会的にもより良い状態の回復、維持、 改善などの目的のために、治療者が音楽を意図的に用いて行われる活動。」

 

<2>アメリカ合衆国(全米音楽療法協会)
「音楽療法は、音楽を次の目的に向けて応用する活動。精神的及び身体的な健康の回復、維持そして、改善である。」
   ブルスキアの定義
「音楽療法は、組織的な介入プロセスであり、その経過の中でセラピストがクライエント の健康を援助する活動。ここでは、音楽的な体験とそこで生まれる人間関係が力動的な変容要素として利用される。」

 

<3>イギリス
「言語的なコミュニケーションによる自己実現が、うまくできない人たちにとって、音楽は、安全で保護された環境を意味し、孤立から生まれた感情が充分に発散されるようになる。」
   オネガーの定義
「安心、平静、緊張緩和、対話、交流の雰囲気を作ること。すなわち、精神生活、人間関係の生活(社会的活動分野)、私的生活(性行動)に応じて人格を再編すること。」
 

各国の定義と認識については、どの国においても類似した部分が多いが、共通する特徴は、やはり音楽療法が治療に向けたプロセスであることです。また、そのプロセスにおいて、クライエントとセラピストが信頼関係を築き、過去の音楽体験をもとに治療が展開されると言う点です。
 

(2)高齢者音楽療法の目的と効果

高齢者音楽療法の目的は大きく分けて2つあると考えられています。1つ目は、いかにその人らしく生きられるか、もう1つは、その人の持っている最大限の可能性を見つけ出し、積極的に自己表現できるよう援助することです。 しかし、このような高齢期を獲得するためには、日常生活において何らかの「生きがい」を持ちADLの低下や痴呆、その他の慢性疾患などから回避して、心身共に健康である状態を維持することです。

また、音楽療法をすることにより回想による大脳機能の賦活、リズム知覚刺激による心身の活性化、情緒の安定化、集中力の回復、音楽による自己実現で満足感を得るなどの効果がえられます。

・痴呆症に効く

痴呆症患者では見当識が失われます。自分が今どこで何をしているかわからない、家族や自分の基本的な記憶まで不正確になります。しかし、日常生活動作(ADL)が低下したり、言葉のコミュニケーションが出来ない患者でも、音楽にはよく反応することがしばしばみられます。

音楽を聴くと、それに付随した当時の記憶が蘇ってくるのです。従って、痴呆患者への音楽は良い刺激となりこれをきっかけとしてQOLやADLが改善することも多いのです。各自の音楽歴を聴取し、青春の頃に流行した曲を用いるとインパクトが強いということもわかりました。

 

・失語に効果がある

 言語の優位半球は、通常左側にあります。したがって、左脳の障害による右片麻痺の患者では、言語上の問題(話す、聞く、理解する、読む、書く)が見られるのです。一方、劣位半球(通常は右側)は、音楽を理解する側にあります。左半球の障害で言葉は話せなくても、歌のメロディや歌詞は歌うことができるので、音楽を用いて、単語記憶や会話能力を改善させるメロディック・イントネーション療法が応用されている。日常の簡単なフレーズにメロディや強弱をつけ自然の会話表現を取り戻す方法です。

 

 

(3)音楽療法の種類と形態
 音楽療法の形態には、対象者30名以上の集団セッション、対象者10名前後の小集団セッション、一人を対象とした個別セッションがある。高齢者施設での音楽療法は、時間として通常40分から60分程度で広めの部屋に集まり音楽療法士は五感を刺激するような話も含めながら馴染みの歌を歌いストレッチや軽い運動も併せて行います。最後には一緒に楽しく過ごした時間を感謝して再会を約束してお開きになるのが大体の流れです。また、種類としては、対象者が実際に歌を歌ったり、楽器を演奏したり、また即興演奏や手遊び、リズム体操等を行う音楽療法を能動的音楽療法と呼んでいます。これに対して、事前に用意された音楽を流して鑑賞したりする音楽療法を受動的音楽療法と呼んでいます。

 

3.音楽療法の課題

 音楽療法は、人間関係の絆の回復、リハビリテーション、QOLの向上、生きがい支援など様々な効果と目的を持ち合わせているが、専門領域の深まりと研究の蓄積が見られる欧米諸国と比べて日本の音楽療法は、これから10数年で大きく発展して行く可能性がある成長期にあると言われている。しかし、音楽療法が日本社会に普及するためには以下の課題をクリアする必要があると考えられている。

(1) 音楽療法の有効性を明確化する                

→より臨床的な事例研究と効果の客観性の追及
(2) 対象者の倫理問題への着手         

→主体性、自己決定、プライバシー、評価基準など
(3) 音楽療法士の養成

→教育機関と労働環境の整備、賃金など
(4) 音楽療法士の資格制度

JMTA日本音楽療法学会認定制度、国家資格化など
(5) 音楽療法士の質の向上

→あらゆるクライエントに対応できる知識の習得と経験など
(6) 音楽療法を行う場での労働環境の整備

→専門職同士の協力関係、認識不足の改善など

 

 

 

4.音楽療法の事例

新聞記事の中で音楽療法による痴呆の進行抑制、夜中の深夜徘徊減少という記事を見つけたので紹介します。2001年4月15日読売新聞より。

奈良市にある特別養護老人ホーム「平城園」。ここでは三年半ほど前から月一度、痴呆のお年寄りを主な対象に「歌の会」として音楽療法を行っています。十人強の人が参加し音楽療法士の柚木珠美さんの指導で一時間、ピアノ演奏に合わせて「鐘の鳴る丘」、「仰げば尊し」など五曲を歌って楽しみます。お年寄りの方たちはピアノの前奏が始まると自然に手拍子を始め、生き生きとした表情に変わります。曲の途中で席を立って踊りだす人、「ええ歌やなぁ」と涙を流す人など反応はさまざまです。中西施設長は「園内で暮らすお年寄りは運動量がどうしても減り、昼間も寝て過ごしがちです。歌ったり簡単な楽器を演奏したりすると適度な活動になり、夜間の徘徊も減るようです」と話しています。音楽療法は、音楽を使って心を安定させたり、痛みを軽くしたりすることを目的としています。高齢者ばかりではなく、障害のある子どもや大人向けにも行われます。奈良市では、社会福祉協議会に音楽療法推進室を設置。昨年度は、十二人の音楽療法士が六十施設(うち高齢者関連は十四)を巡回しました。ほかにも岐阜県、兵庫県などの自治体が普及を支援しています。奈良市社協音楽療法推進室の荒井敦子室長によると、高齢者の音楽療法では回想法という手法が用いられます。元気だったころの自分を思い出すことで、自信を取り戻してもらうのです。そのため、昔の流行歌や童話などを題材にすることが多いといいます。また、柚木さんは本物の草花を見せたり、「卒業式のシーズンですね」と行事の話題にふれたりします。これもお年寄りが季節感を取り戻す手助けになります。太鼓やマラカスなど簡単な楽器を演奏してもらったり、高齢者一人一人に順に語りかけたりといった工夫も欠かしません。欧米では普及している療法ですが、日本では全日本音楽療法連盟が1997年から、資格認定を開始。柚木さんのような連盟認定の療法士は現在、全国に三百三十八人。連盟は音楽療法士が国家資格制度となるよう国に働きかけており今月、構成二団体が統合して日本音楽療法学会が出来ました。

 

 

 

 

5.調べてわかったこと
 比較的健康な高齢者の場合、若い頃に楽器の経験がある人は、楽器に触れていない期間が長くても、音楽に再び携わることで昔のスキルを思い出すようになります。また、全く音楽を習ったことがない人でも、上手にステップを踏めば、高齢になっても楽器の習得は可能なのです。
 また、高齢になり、心理的、身体的に障害が重度化すると、家庭での介護が困難になり、施設などを利用せざるを得ない場合もでてきます。この様な場合でも、できるだけその人らしく充実した時間を過ごしていかなくてはいけないと思います。音楽はそのような方たちの生の質(QOL)の向上に寄与できる大きな可能性をもっているのです。
 たとえば、痴呆を持つ方にとって、音楽療法は、非常に有効なアプローチになります。痴呆は症状が進んでくると、言葉を使ったコミュニケーションが難しくなり、会話が成り立ちにくくなってきます。しかし、コミュニケーションがうまく取れなくても、歌なら歌える場合がありますし、懐かしい曲がきっかけとなり、日常や現実に根ざした適切な会話が一時的にせよ可能な場合があります。少人数のグループで音楽療法を実施する場合、音楽療法士といつものメンバーが、同じ時間、同じ場所で、なじみのある音楽を共有するという枠組みがはっきりしています。混乱の少ない、安心できる環境が整えられるため、痴呆の方も、考えをまとめ、安心して自分を表現することができるのではないかと考えられます。痴呆の方は、複雑な状況や起こっていることの脈絡を理解することは苦手です。したがって、わかりやすい環境の下で活動する時間を持つことは、情緒の安定のためにも、とても重要です。

音楽療法で期待できる様々な効果と成功に向けた音楽療法の役割が明らかになりました。高齢者を対象にした音楽療法を実施した場合、身体的な効果としては、痴呆などに伴う問題行動の減少など身体レベルの向上につながる効果を明らかにすることができました。
 次に心理的な効果としては、心の安定とストレスの軽減、回想効果、自己実現による満足感の充足などを、音楽療法で得られることが明らかになりまた、音楽療法における社会的な効果としては、役割意識や集団意識の向上の実現が音楽療法を通じて可能になることが明らかになりました。

これから卒論に向けては、音楽療法の歴史や老人ホームなどでどの程度音楽療法が受け入れられているのかなどについて調べていきたいと思っています。

 

 

 

参考文献

    「高齢者の音楽療法」著者:貫 行子 出版社:音楽之友社 1995年

    「高齢者・痴呆性老人のための療育・音楽プログラム」 1999年

  著者:赤星健彦、加藤みゆき、赤星多賀子 出版社:音楽之友社

    読売新聞 2001年4月15日版

    「老いの心と向き合う音楽療法」著者:北本福美          

出版社:批評社  2001年

 ・ 高齢者の心辞典   日本老年行動科学学会 監修

    出版社:中央法規  2000年