職業リハビリテーションについて
はじめに
人にとって働くということは大変重要な意味を持っている。生きていくために必要な最低限の糧を得るためにも、またそれ以上に豊かな生活を獲得していくためにも、働いてそこから受け取る報酬はなくてはならないものである。しかし、働くことの意味はそれだけではなく、人は働くことを通じて、社会の一員として役割をもち、その発展に貢献していくことにもなる。生きがいを持った人生を送る上でも重要な意味を持っている。このことは障害をもっている、もっていないにかかわらず、すべての人にとって言えることである。
しかし、障害をもっているが故に職業に就くことが困難になっていたり、維持していくことが難しくなって2いたりする人が多いというのが、今の日本の社会の現状となっている。
こうした障害者に対して職業を通じた社会参加と自己実現、経済的自立の機会を作り出していくことを「職業リハビリテーション」とよんでいる。
日本には障害者の雇用を促進するための法律及び制度や、就労を支援したり、職業リハビリテーションのサービスを提供したりする機関が設けられている。これらが障害者の就労にどのような役割をはたしているのだろうか、また、障害者雇用の現状はどのようになっているのだろうか。
1.日本における職業リハビリテーションの取り組み
(1)職業リハビリテーションとは
職業リハビリテーションは、医学的リハビリテーション、心理・社会的リハビリテーション、教育的リハビリテーションと並んで、リハビリテーションの領域のうちの1つの専門領域と位置づけられるが、国際労働機関(ILO)は職業リハビリテーションを次のように定義している。
「職業リハビリテーションとは、継続的かつ総合的リハビリテーション過程のうち、障害者が適当な職業の場を得、かつそれを継続することができるようにするための職業サービス。例えば、職業指導、職業訓練、および選択的職業紹介を提供する部分を言う。」
また、ILOは1983年に「障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約」(第159号条約)において、職業リハビリテーションの目的を次のように規定している。
「職業リハビリテーションの目的は、障害者が適当な雇用に就き、それを継続し、かつ、それにおいて向上することができるようにすること及びそれにより障害者の社会への統合または再統合を促進することにある。」
さらに、その職業リハビリテーションのサービスについては1985年、ILOが「障害者のリハビリテーションの基本原則」で次のようなものがあるとしている。
職業評価(障害者の身体的・精神的・職業的な能力と可能性について、実態を把握すること)
職業指導(職業訓練や就職の可能性に関して障害者に助言すること)
職業準備訓練と職業訓練(必要な適応訓練、心身機能の調整、または正規の職業訓練あるいは再訓練を提供すること)
職業紹介(適職を見つけるための援助をすること)
保護雇用(特別な配慮のもとで仕事を提供すること)
フォローアップ(職場復帰が達成されるまで追指導をすること)
(2)職業リハビリテーションの実施機関
わが国では1960年代以降、障害者の職業自立を図るために、障害者に対する職業訓練や職業指導等の職業リハビリテーションが実施されてきた。しかしながら、職業リハビリテーションの実施について、法律上の明確な規定がなかったこと、障害者の就業に対するニーズの多様化から、職業リハビリテーションの実施は量、質ともに不十分であった。このようななかで、1960年に公布、施行された「身体障害者雇用促進法」が1987年に改正され、「障害者の雇用の促進等に関する法律」として翌年の4月に施行された。この改正により、それまで法定化されていなかった職業リハビリテーション関連のサービスが法律で規定されるようになった。この法律に基づき、職業リハビリテーション業務の具体的な実施機関として「障害者職業センター」、「障害者職業開発校」、「公共職業安定所」の3つが位置づけられた。
「障害者職業センター」
障害者職業センターは障害者に対して職業リハビリテーションを実施し、障害者の職業生活における自立と社会参加を支援することを目的としている。障害者職業センターは、障害者に対し職業紹介・斡旋等を実施する「公共職業安定所」とは異なり、障害者に対する職業能力の評価や障害者が就労するための準備訓練、就労後の障害者と事業主との間の調整等を主要な業務として実施している。また、障害者職業センターには、「障害者職業総合センター」、「広域障害者職業センター」、「地域障害者職業センター」の3つの種類があり、それぞれの役割は異なっている。それぞれの施設の概要については以下の表1のようになっている。
地域障害者職業センターは、公共職業安定所等と連携しながら障害者に対する就労相談や助言、就労後のアフターケアを実施し、地域における具体的な就労支援機関としての役割を担っている。しかしながら、各都道府県に1ヶ所のみ設置されている地域障害者職業センターでは小地域を単位とした職業リハビリテーションの実施については困難が予想されている。今後、障害者職業センターは、障害者が住み慣れた地域で一貫した職業リハビリテーションが受けられる体制づくりを行っていくことが課題となっている。
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障害者職業総合センター (全国に1か所:千葉市) |
広域障害者職業センター (全国に3か所:所沢市、岡山県賀陽町、飯塚市) |
地域障害者職業センター (各都道府県に1か所、支所5か所) |
役割 |
広域障害者職業センターや地域障害者職業センター、他の職業リハビリテーション施設に対して助言、技術指導をするなどバックアップの役割を果たす。 |
地域にある公共職業安定所等と連携をもち、重度障害等によって就職が困難な障害者に対して、基本的な職業リハビリテーションを実施する。 |
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主な業務 |
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職業リハビリテーション施設の管理や職業リハビリテーション業務の企画・指導、障害者職業カウンセラーの養成研修等の実施 A
障害者に対する職業準備訓練、職業講習、職業レディネス指導事業および事業主に対する援助等の実施 B
職業リハビリテーションに関する研究、職業リハビリテーション施設への情報提供の実施 |
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障害者に対して職業能力や適性等の評価などの職業評価、職業に必要な知識および技能を修得させるための職業講習の実施 A
障害者に対して職業選択を容易にさせ、およびその職業に対する適応性を向上させるための相談および指導の実施 B
障害者を雇用しているまたは雇用しようとしている事業主に対する助言等の実施 |
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障害者に対して職業評価や職業指導の実施 A
障害者に対して基本的な労働習慣を体得させるための職業準備訓練等 B
職業講習の実施 C
障害者に対して、その作業の環境に適応させるために必要な助言等の実施 D
事業主に対して障害者の雇用管理に関する事項の助言等の実施 |
表1 障害者職業センターの概要 出所:よくわかる障害者福祉
「障害者職業能力開発校」
障害者職業能力開発校とは職業開発促進法に定められた施設で、一般の職業能力開発施設で職業訓練を受けることが困難な障害者に対して、個々の能力に応じた職業訓練のプログラムを提供することにより、就職を容易にし、社会自立を図ることを目的とした施設である。国、都道府県が設置していますが、このうち厚生労働省令で定められた施設の運営を日本障害者雇用促進協会が行っている。
「公共職業安定所」
公共職業安定所は、職業紹介、職業指導等の業務を行うため国が設置する機関である。公共職業安定所での障害者の職業紹介については、障害者各人についてケースワーク的に入念な職業相談を行い、必要であれば能力の検査を行った上で、「障害者職業センター」と連携して、その人にできるだけ適合した職業を見つけて就職に結びつける業務を行っている。このために公共職業安定所には、障害者の職業相談、職業紹介を専門に行う担当者が配置されている。
障害者の職業紹介業務の基礎として、障害者にまず求職登録を行ってもらい、その後職業紹介、職業訓練等の職業リハビリテーションの措置を実施するに当たっての基本となる職業リハビリテーション計画を立てることになっている。さらに、就職後のアフターケアとして、公共職業安定所の係官や職業相談員が定期的に助言、指導を行っている。
2.障害者の雇用を促進するための法律・制度
障害者の雇用の促進を図るための法律として「障害者の雇用の促進等に関する法律」が存在する。この法律において、職業リハビリテーションの推進を始めとして、「障害者雇用率制度」、「障害者納付金制度」などが制定されている。
(1)
雇用率制度
「障害者の雇用の促進等に関する法律」では障害者の雇用を促進するため、数値目標として、民間企業、国、地方公共団体に、障害者雇用の法定雇用率(全従業員に対する障害者の割合)を設置している。1997年の法改正でこの雇用率も改定され、民間企業(常用労働者数が56人以上)は1.8%、特殊法人(常用労働者数48人以上)は2.1%、さらに国、地方公共団体の機関(職員数48人以上)は2.1%、さらに都道府県等の教育委員会の機関では2.0%と定められている。 このとき、重度の身体・知的障害者に関しては、それぞれ一人の雇用で2人を雇用しているとみなされる。なお、障害者の就業が困難な業種には特別に法定雇用率を一定程度割り引く「除外率制度」が認められている。
また、法定雇用障害者が1人以上になる規模(常用雇用労働者数56人以上)の事業主は、毎年6月1日現在の障害者雇用の状況を公共職業安定所に報告する義務が課せられる。
表2 障害者法定雇用率
区分 |
官公庁 |
教育委員会 |
特殊法人 |
民間企業 |
率(%) |
2.1 |
2.0 |
2.1 |
1.8 |
(2)
納付金制度
常用雇用労働者数が300人を超える企業が法定雇用率を達成していない場合、不足人数一人に対し月5万円の「障害者雇用納付金」の納付義務が課せられる(300人以下は免除)。この納付金は雇用率を超えて障害者を雇用している企業に支払われる報酬金や調整金、障害者雇用促進のための各種助成金の費用となる。
厚生労働省では、障害者雇用について著しく消極的な企業に対して雇入れ計画(=身体障害者及び知的障害者の雇入れに関する計画)の作成を命じ、その計画が適正に実施されない場合、特別指導を行い、それでも改善が行われない場合には、企業名を公表することになっている。
3.障害者の雇用の現状
(1)障害者の雇用状況
厚生労働省は、法定雇用率により、1人以上の障害者の雇用を義務づけられている事業主等から、2003年6月1日現在における「身体障害者および、知的障害者の雇用状況」についての報告を求め、集計をおこなった。
民間企業における雇用状況をみると、1.8%の法定雇用率が適用される一般の民間企業(常用雇用労働者数56人以上)における実雇用率は前年より0.01ポイント上昇し、1.48%であった。
産業別では、一般の民間企業における実雇用率(1.48%)と比較して上回った産業は、医療・福祉(2.02%)、電気・ガス・熱供給・水道業(1.80%)、製造業(1.70%)、運輸業(1.69%)、鉱業(1.68%)および農・林・漁業(1.64%)であった。一方、サービス業(1.37%)、建設業(1.34%)、金融・保険・不動産業(1.33%)、教育・学習支援業(1.28%)、複合サービス業(1.21%)、卸売り・小売業(1.16%)、および情報通信業(1.08%)では実雇用率を下回った。
また、2.1%の法定雇用率が適用される特殊法人における雇用状況をみると、実雇用率が前年よりも0.03ポイント上昇し、2.09%となった。
また、2.1%の法定雇用率が適用される国、地方公共団体の機関における実雇用率は国が前年よりも0.05ポイント上昇し2.19%、都道府県については前年よりも0.03ポイント上昇し2.49%、市町村は0.01ポイント上昇して2.45%となった。
表3 雇用状況
民間企業における障害者の雇用状況 |
|||
区分 |
一般の民間企業 |
特殊法人等 |
|
(1) 企業(法人)数 |
61,025 |
137 |
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(2) 常用労働者数 (人) |
16,748,964 |
263,010 |
|
(3) 障害者の数 |
A. 重度障害者(常用)
(人) |
65,652 |
947 |
B. 重度障害者(常用)以外の障害者
(人) |
115,789 |
3,600 |
|
C. 計 A×2+B (人) |
247,093 |
5,494 |
|
(4) 実雇用率 C÷(2)×100
(%) |
1.48 |
2.09 |
|
(5) 法定雇用率未達成企業の割合
(%) |
57.5 |
34.3 |
(厚生労働省)
(2)なぜ雇用率は達成されないのか
以下の表3にあるように、過去、民間企業における実雇用率は達成されたことはないのが現状となっている。また、その伸びも毎年わずかなものになっている。特に、重度障害者、および高齢障害者の雇用機会が極めて低く、そのため障害者全体の雇用率が上がらない状況が続いている。
また雇用率が達成されない背景の1つとして、行政側の怠慢も上げられる。厚生労働省は本来、雇用率未達成企業に対して勧告し、勧告に従わない企業名を公表する権限をもっているが、これまでこの権限を十分に行使してこなかった。こうした中で、2003年6月、11年ぶりに企業名の公表が行われた。
また、企業側の採用の姿勢が雇用率未達成に大きな影響を及ぼしている。企業の中には、いろいろな配慮をしなければならない障害者を雇用するよりは、納付金を払って済まそうとする企業が多かった。しかし、雇用率の未達成企業名が公表されるようになったことで、社会的責任を果たしていないと見られ、イメージが下がることを懸念する企業が多く、障害者の採用に前向きな企業が増えると予想される。小数だが、障害者が能力を発揮できる環境を整えようと工夫する企業も出てきた。能力があれば障害の有無は関係ないという企業もある。
とはいえ、障害が、技術習得のハンデとなる場合は多い。高度な技術をもっていても、通勤が困難な場合もある。障害者のための能力開発を強化するとともに、在宅ワークのように、様々な障害に対応できる多様な働き方を柔軟に取り入れる工夫が今後ますます必要になってくると考えられている。
4.考察
日本では様々な機関において職業リハビリテーションのサービスが実施されている。しかしながら、障害者の雇用は法定雇用率も達成されていない現状であった。一般の企業等に就職できず、共同作業所などの施設に通い、少ない賃金で労働する障害者も少なくない。法律や制度が整っていたとしても、雇用する側の企業が行動をおこさなければ、障害者雇用の問題は改善していかないと感じる。そのためにも、障害者側も消極的にならずに、就職をし、それを継続して、障害者でも普通に働いていけるということを企業に示していかなければならないと感じる。障害者の雇用は障害によっては、職場環境を改善する必要がある場合があるが、障害をもっていても、少しの配慮をすれば、共に働いていくことは困難ではないと思う。
本来、障害者が普通の人と変わらず、平等に職に就くことができれば、法定雇用率という制度は必要ないものである。今後、障害者の雇用が促進されるためにも、働く障害者が増え、企業側のさまざまなバリアが取り払われるようになればいいと思う。
参考:「よくわかる障害者福祉」 小澤 温
編 ミネルヴァ書房
「障害ってなんだろう」 大漉 憲一
著 旬報社
職リハ学会 http://www.normanet.ne.jp/~ww500002/whats_vr.html
高齢・障害者雇用支援機構
http://www.jeed.or.jp/disability/person/person01.html
福祉の手引き http://www.fukushi-shiga.net/tebiki_14/sankou/genjyo_syougaikoyou.html