研 究

 生体内に棲む細菌はしばしば研究室内で純粋に培養された細菌とは異なった特徴をもつ。その一つは集団を形成するということであり、消化管や、体表面ではフローラと呼ばれる常在細菌叢を形成する。また、多くの病原細菌は集団を形成することにより病原性を発揮する。そのような細菌集団は相互に影響し合うことで細菌単独で存在する環境下ではみられなかった独特の性質を示すようになる。本研究室では細菌のこのような動態と深く関わっていると考えられるクオラムセンシングおよびバイオフィルムについて、Helicobacter pylori を中心に生態学的解析を行っている。また、消化管フローラおよびプロバイティクスの役割について細菌感染の防御等に対する役割を検討しており、スウェーデンにあるカロリンスカ研究所と共同研究を行っている。
 さらに、細菌は宿主に侵入した際、種々の環境変化に曝されるが、その際変化した環境を察知し、病原性の発現に必要な蛋白質を状況に応じて発現することが病原細菌の感染成立を可能にしている。細菌の表層は細菌の置かれた環境を感知し、それに適応する重要な画分であると考えられる。当研究室では、現在Bordetella pertussis 細菌表層における応答についての解析を行っている。  その他、細菌と宿主の相互作用という観点から肺炎マイコプラズマの発症病理について、杏林大学第一内科学教室、および保健学部免疫学教室と共同研究を行っている。

1) H. pylori のクオラムセンシングに関する基礎的解析
 H. pylori について、菌側の病原因子の解析および感染時にみられる病態についてスナネズミ感染モデルを用いて解析してきた。特に近年、他の多くの細菌で存在が知られているクオラムセンシングシステム(QS:自らの菌密度を感知し、その後の遺伝子発現に変化をおよぼすシステムのこと)に着目し、H. pylori 感染におけるその役割を明らかにすることを目的としてセンシングに使われるオートインデューサー(AI)-2の合成酵素の遺伝子の変異株の性質を解析した。その結果、センシングに使われるオートインデューサー(AI)-2の合成酵素の遺伝子であるluxS の変異株はAI-2を産生せず、野生株に比べて増殖能の低下と運動性の低下を示した。さらにスナネズミへの感染実験では、感染率および感染胃内菌数の低下が確認された。現在、luxS によって発現が制御される因子について検討を行っている。

2) H. pylori が形成するバイオフィルムの感染病態における役割
 近年、細菌の集団としてバイオフィルムの研究が始まり、多くの菌がバイオフィルムを形成していることが報告されてきている。バイオフィルムのような菌体密度の高い環境では細菌集団の性質が変化し、多くの薬剤に対して高い耐性を示したり、さまざまな病原因子を産生したりすることが明らかとなっている。H. pylori も胃粘膜にバイオフィルムを形成しているとい報告があるものの、その性状に関しては殆ど解析されていない。H. pylori のバイオフィルムの性状を明らかとするという側面より、本菌の病原性、胃内感染性などの検討を行っている。

3)フローラおよびプロバイティクスの機能と感染における役割
 H. pylori 感染における常在菌の関わりについて明らかにすることを目的として感染スナネズミの胃内フローラの解析および母子感染モデルの確立を試みている。
 また、ヒト腸管には100種類以上もの細菌が生息しているが、多種類の細菌が共存している環境下では相互に作用しながら、生態系を形成しているものと考えられる。
このような考えを基盤として、各種腸管感染症に対する予防および治療を目指したプロバイオティクスの効果や、他種の菌の動態に影響を与えるような常在菌の産生する因子についても研究を行っている。

4)細菌表層における応答
 細菌は転写の制御等により、迅速な対応を行うことで変化の多い環境中での生存を可能にしている。その一つがRNA polymeraseσサブユニット交換による転写標的遺伝子の選択である。RpoEは細胞表層ストレスに関与したシグマ因子として多くの菌にその遺伝子が保存されているが、制御下にある遺伝子群の役割については多くは明らかにされていない。
 百日咳菌(Bordetella pertuissis )は小児に百日咳を引き起こし、ワクチン接種により感染の制御が可能であると考えられてきたが、近年、国内外で成人への感染が問題となっている。百日咳の発症機序はいまだ十分解明されてはいないが、百日咳毒素や細胞表層にあるいくつかの定着因子等が重要な病原因子として知られている。
 当研究室では百日咳菌感染の際に生じると考えられる細胞表層の応答について解析し、病原性発現との関連について検討を行っている。

5)肺炎マイコプラズマの発症病理の解明
 呼吸器感染症を引き起こす肺炎マイコプラズマでは毒素をはじめとする細胞傷害性の病原因子が見いだされていない。従って、肺組織傷害の主な要因は肺炎マイコプラズマの感染により宿主の免疫応答が惹起されるためと考えられている。当研究室ではマイコプラズマ感染の宿主への影響を検討することを目的として、これまで無菌マウスを用いた肺炎マイコプラズマ感染モデルを樹立してきた。本実験モデルを用いて炎症性サイトカインの産生を強く誘導する因子がLPS(リポ多糖体)以外にも菌体可溶性分画中に複数存在することを明らかにし、現在それらの因子の同定を試みている。
 一方、SPFマウスに可溶性菌体抗原を感作させて肺炎を惹起するマイコプラズマ肺炎モデルを用いて、マイコプラズマ肺炎に対する第一選択薬であるマクロライド系抗生物質の免疫調節作用についても解析を行っている。

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