第105回日本解剖学会総会・全国学術集会 インターネットセッション 演題番号613
スフィンゴ糖脂質の臓器特異的分布−組織化学的検討
川上 速人,平野 寛(杏林大・医・第2解剖)

はじめにはじめに

 糖脂質の組織化学の分野では、近年、各種の糖脂質に対する特異性の高いモノクロ−ナル抗体が開発され、動物種を問わず、様々な検索が容易になってきた。今回は、ラット各種臓器とりわけ小脳における糖脂質の分布について、光顕、電顕的に検索し、併せて、神経伝達物質の局在との相関や、糖脂質合成阻害剤の効果等についても検討を加えた。


方法方法

 Wistar系ラット(雄、4週齢)の各臓器(小脳、小腸、大腸、肝、腎等)を4%ホルムアルデヒド-2.5%グルタルアルデヒドにて固定した後、マイクロスライサー(堂阪イーエム)を用いて未凍結切片(厚さ40μm)を作製した。各種糖脂質(GD2、GD3、GQ1b、GT1b、o-acetyl-GD3等)に対するモノクロ−ナル抗体(生化学工業)にて1〜3日間処理し、Cy3-ヤギ抗マウスIgM(Jackson)にて標識後、共焦点レーザー顕微鏡下にて観察した。小脳では抗GABAとの二重標識法も適用した。この場合は、モルモット抗GABAポリクローナル抗体(Chemicon)をCy5-ロバ抗モルモットIgG(Jackson)にて標識し、糖脂質抗体のうち1種類の反応と組み合わせて二重標識した。別に一部の試料は、糖脂質抗体処理後、HRP-ウサギ抗マウスIgG・M(DAKO)標識を経てEpon包埋し、透過電顕観察した。一部のラットには、予めスフィンゴ脂質合成阻害剤(fumonisin B1, 20mg/kg)を4日間連続腹腔内投与し、同様に実験した。


結果結果

 抗GT1b、抗GD2抗体は、光顕的に小脳プルキンエ細胞の細胞体と樹状突起を強く染色した。また抗GQ1bは、プルキンエ細胞体や樹状突起に加えて、これらの表面に強い顆粒状の染色を呈した(図1)。電顕的には、プルキンエ細胞表面に接する一部の神経終末や、ゴルジ装置中間層〜trans領域に抗GQ1b陽性反応が確認された(図2)。一方、抗GABA抗体は、篭細胞、星状細胞、ゴルジ細胞、プルキンエ細胞に陽性であり、従来よりGABA作動性とされているニューロンに対応していた。とりわけプルキンエ細胞体周囲や樹状突起表面に顆粒状のGABA陽性反応が認められ、これらは篭細胞と星状細胞の軸索終末に対応すると考えられる。これらの顆粒状陽性部位は抗GQ1b陽性部位とよく一致していたが(図3)、抗GT1bには陰性であった(図4)。これらの所見は、特定の神経伝達物質の放出と特定の糖脂質とが密接に関連する可能性を示唆する。一方、スフィンゴ脂質合成阻害剤であるfumonisin B1を投与したしたラットでは、プルキンエ細胞の形態的萎縮と細胞内の糖脂質抗体反応性の低下が認められたが、プルキンエ細胞周囲の抗GQ1b反応性と小脳全体での抗GABA反応性は不変であった(図5)。  また小脳以外では、腸管神経叢や、腎遠位尿細管上皮等において、特定の糖脂質抗体に対する特徴的な陽性反応が認められた(表1)。




図1.ラット小脳皮質抗GQ1b染色。共焦点レーザー走査顕微鏡像を重層。プルキンエ細胞体(矢印)や樹状突起の表面に顆粒状の強い染色が認められる(赤色)。 緑色:核(SYBR green I染色)。




図2.抗GQ1b染色。透過電顕像。未凍結切片(厚さ40μm)を用いた包埋前染色。a.プルキンエ細胞(P)表面を取り巻くように分布する神経終末部分(矢印)の形質膜および突起内部が強く染色されている。b.プルキンエ細胞体のゴルジ装置(G)。中間層〜trans層板に陽性反応が認められる。




図3.ラット小脳皮質。抗GQ1b(赤色)と抗GABA(緑色)との二重染色。プルキンエ細胞体(矢印)や樹状突起およびこれらの表面にみられる顆粒状の反応は、抗GQ1bと抗GABAが共存して黄色の染色を呈している。顆粒層のゴルジ細胞と思われる部位(矢尻)や、分子層の篭細胞、星状細胞も抗GABA陽性。




図4.ラット小脳皮質。抗GT1b(赤色)と抗GABA(緑色)との二重染色。プルキンエ細胞体(矢印)や樹状突起では抗GT1bと抗GABAが共存して黄色の染色を呈しているが、プルキンエ細胞体周囲の顆粒状の反応は緑色で、抗GT1b陰性であることがわかる。




図5.Fumonisin B1を予め投与したラット小脳皮質。抗GQ1b(赤色)と抗GABA(緑色)との二重染色。図3に比べて、プルキンエ細胞体(矢印)と樹状突起での抗GQ1bの反応性が低下しているが、それ以外の反応はほとんど変わらない。




表1.ラット各臓器における各種糖脂質の免疫組織化学的局在。



考察考察

 ラット小脳皮質では、プルキンエ細胞周囲にGQ1b糖脂質が顆粒状に分布しており、これは、GABA作動性である篭細胞と星状細胞の軸索終末に対応すると考えられる。ある種の糖脂質は、シナプスのカルシウムチャンネルに作用してアセチルコリンの放出を誘導すると報告されており、今回の結果と併せて、神経伝達物質の特異的放出に各種糖脂質が関与している可能性が考えられる。  糖脂質は神経細胞のみならず、さまざまな臓器で特徴的な分布を呈し、各種細胞機能を解析する上でもよい指標になると期待される。


(本文終り)


御質問、御討論は下記アドレスへお願いいたします。
川上速人 



| インターネットセッション目次へ戻る | 杏林大学医学部解剖学第2講座へ戻る |

(C) Copyright 2000 Hayato Kawakami Hiroshi Hirano