今泉研究室
●第1回研究レポート

 

はじめに

一番上は長男?
 「だんご3兄弟」という歌が一時はやって,「一番上は長男」と歌っていました。しかし,長男というのは最初に串に刺される団子だから一番下にくるんじゃないか,こうゼミで話したところ,韓国のある留学生が,食われる順序に並んでいると考えたらどうかと提案してくれました。なるほど,それなら長男は一番上だ,ものは考えようだなあ,と一応納得しました。
 まあ,どうでもいいことなんですが,気にし始めると結構気になるということがあります。たとえば,日本語では「私は学生です」というのは丁寧な言い方で,「わたしは学生だ」というのはぞんざいな言い方だということになっています。これは「長男が一番上」というのと同じで,あたりまえのようにみえることです。しかし,あたりまえすぎて,なぜそうなのか,ということを考えようとする人はあまりいないようです。
 私たちは日本語を別に何の疑問もなく使っていますが,この日本語を日本語学的な観点からとらえて考察してみると,いろいろ気の付かなかった興味深いことが分かってきます。このサイトでは、そのような例をいろいろ取り上げていくことにします。

 今回は『日本語構造伝達文法』の第11章「断定基」の部分からお話しすることにしましょう。(↓)

 

第1の不思議

「です」は丁寧,
「だ」はぞんざい…なぜ?
 「です」というのは,「であります」が縮まってできたものです。
 であります de ar-i
-ma
s-u
 でありんす de ar-i -n s-u
 であ んす de a -n s-u
 でえ  す de e   s-u
 で   す de s-u
歴史的に「であります」の中間部分がなくなって「です」が生まれたわけです。(余談ですが,体育会系の若者の間では「おはようございます」も中間部分を失って「おーす,おす」になっています。これを劇画・漫画の世界では,漢字で「押忍」と書いています。)
 つまり,「です」の中の「す」は「であります」の「ます」の「す」であるので,「です」の中には「ます」が入っているわけで,それで「です」は丁寧なのです。
 一方の「だ」は「である」が「であ,だ」と縮まってできた語です。
 である
de
ar-u
 であ de a
  d a
 つまり,「だ」には「ます」が入っているわけではないので,それで丁寧ではないのです。
 参考までに構造図を載せておきましょう(図1,図2)。「日本語構造伝達文法」では,このような構造図を使って文法を考えていきます。
図1 である/だ
図2 であります/です

 「です」は,このように「であります」がだんだん短くなってできたもので,現在はこの形で安定しています。しかし,この安定した状態は永久に続くのでしょうか。これよりさらに短くなるなどということはないのでしょうか。
  実は,それはあり得るのです。すでにその兆候が現れています。たとえば,
  「父は公務員_
  「これ,おいしい_すね
のように「です」の「で」が省略された言い方が始まっています。
  江戸時代の人々は,未来人である私たちがまさか「です」などというとんでもなく短い下品な日本語を使っていようなどとは夢にも思わなかったにちがいありません。
 もし100年後に 「私は学生です」などと言ったら,どうでしょう。まあ,何て古い日本語を話す人だろうと,びっくりされるかもしれません。そのころには
  「私は学生
というのが正しい言い方になっている可能性があります。
 もしかすると,もっと進んで,「す」もなくなって,ロシア語のように「私は学生」,これが正しい言い方になっているかもしれません。「私は学生」の後に何か言おうとしても,何も言うことができなくなっているわけです。
 ことばは生きています。だれも変化を止めることはできません。(↓)

 

 

第2の不思議

「でございます」って,何?
 「でございます」というのは,起源を「で御座にあります」であると考えることができます。これが「でござあります,でござります」となり,そして「でございます」となりました。構造的には「である」と基本的に同一のものです。参考までに構造図を示しておきます(図2,図3)。
図2(再掲) であります/です
図3 でございます

 この「で御座にあります」は,さらに「でござりんす,でござんす,でがんす」や,「(で)ざあます」などという形を生みました。
で御座(に)あります

-de go-za-ni ar-i-mas-u

でござ  あります -de go-za   ar-i-mas-u
でござ   ります -de go-z  a  r-i-mas-u
でござ   います -de go-z  a  -i-mas-u
でござ   りんす -de go-z  a  r-i-n s-u
でござ    んす -de go-z  a    n s-u
でが     んす -de g    a    n s-u
であ     んす -de      a    n s-u
でえ       す -de      e      s-u
で        す -de             s-u
 
で ざ  あ ます -de   za   a  mas-u
 ところで,図1〜図3に共通している要素は何でしょうか。それは,-de ar- の部分です。これが基本的な部分で,これが3つの構造のいずれにもあるので,「だ」「です」「である」「であります」「でございます」が同じ機能を持ち,相互に言い換えが可能となっているわけです。