第2回レポート
第3の不思議
「ます」の否定は「ません」。「です」の否定は「でせん」?



 「食べます」の否定は「食べません」ですが,「医者です」の否定は「医者でせん」ではありません。しかし,「ます」の否定が「ません」なのですから,「です」の否定が「でせん」であれば,形式的に美しく,外国人の日本語学習者にとっても大変覚えやすくて,都合がいいわけです。

   Q: 彼女は医者ですか。
    A1:  はい,医者です。
    A2: いいえ,医者でせん。
       (いいえ,医者ではありません。)
 「であります」の肯定の方は,第1の不思議で述べたようにどんどん短くなって「です」となりましたが,否定の「ではありません」の方は短くなっていません。否定形式はなかなか短くならないという原則があるようです。日本語と文法がよく似ている韓国語にも,そう考えられる現象があります。
 「ません」という否定形式は,どうしても省略形を作らないようです。それで,「ではありません」の中間部分を失った形の「でせん」が生まれにくいようです。

  「で あります 」→ ○「で ・・・す 」
  「ではありません」→ ×「で・・・・せん」

 しかし,将来は分かりません。

    (『日本語構造伝達文法』第11章参照)
第4の不思議
脱いだ後でも「着物を着ている」と言える? いつまで?
 「着物を着ている」というのは,着物を身につけた状態(B)を意味しているだけでなく,着物を身にまとう行為が進行中である(A)ことも表しています。
 では,着物を脱いだあとにも「着物を着ている」と言うことができるのでしょうか。……はい,言えます。「うちの子は昨日着物を着ている」のように,もう脱いでしまった後(C)でも言えます(図6参照)。
 日本語には,ある人の存在を表すのに2通りの言い方があります。
 ただ単に存在しているだけのものとして表すときは「いる」を使い,
  「田中さんがいる」(図7)
のように言います。しかし,その人が何らかの行為と関連して存在しているものとしてとらえるときは
  「田中さんが着物を着ている」(図8)   
のように「ている」の形を使います。
 つまり,着物を着始めた瞬間から,田中さんはその行為と関連した存在になるわけで,そのあとすべての場合に「着ている」と言えるわけです。

 では,いつまで「着ている」と言えるのでしょうか。1か月後まででしょうか,1年後まででしょうか,10年後まででしょうか。いいえ,それは,その「着た」事実を忘れるまでです。覚えているあいだは,10年でも,20年でも,いつまででも「着ている」と言えます。
 また,自ら経験したことだけではなく,学習によって得た出来事の記憶についても,
  「645年に大化改新が起きている」
のように「ている」が使えます。

 というわけで,たとえば,「この本読んだ?」という問いに対して「うん,読んで(い)る」という答えが返ってきたときは要注意です。「(A)今,読んでいる」のか「(B)もう読み終わっている」のか,「(C)10年前に読んだ」のか,3通りの可能性があるからです。(その人は読んだ事実を忘れていません。)

 (『日本語構造伝達文法』第13章参照)