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正常細胞に模倣した子宮頸部高度前がん病変の形態学的特徴を発見― トリアージ細胞診検査の偽陰性率の改善が期待 ― 筆頭・責任著者 大河戸 光章 (保健学部 臨床検査技術学科 准教授)

2023年12月18日

研究のハイライト

  • 欧米では子宮頸部の前がん病変や浸潤がんを早期発見するために, HPV検査とトリアージ細胞診検査によるがん検診が行われています。しかし細胞診の偽陰性の多さが懸念されています。
  • 検診参加者の不利益を減らすために,細胞診の偽陰性を改善することは重要な課題です。細胞診で偽陰性となる原因の1つは,未熟化生細胞(正常細胞)に模倣した高度前がん病変細胞を認識できないことです。本研究の目的は,高度病変に由来した未熟化生細胞の形態学的特徴を明確にすることです。
  • 独自開発した2つのアプローチで解析した結果,未成熟化を模倣した高度病変由来細胞と病変に由来しないHPV陰性の未熟化生細胞との間には明確な形態学的差異があることを発見しました。
  • 細胞診標本上の未熟化生細胞に対して客観的な形態学的指標で高度病変由来細胞か否かを診断することが可能になりました。この研究成果により,トリアージ細胞診の偽陰性率の減少が期待されます。

研究概要

保健学部臨床検査技術学科の大河戸光章准教授を代表とする,金沢医科大学産婦人科 笹川寿之教授,群馬パース大学 岡山香里准教授,保健学部健康福祉学科 照屋浩司教授,こころとからだの元氣プラザ婦人科 小田瑞恵部長,細胞診断部 石井保吉,藤井雅彦の共同研究チーム(保健学研究科博士前期課程 水野秀一,臨床検査技術学科3年 篠原瑠宇空を含む)は,多種のHPV(Human papillomavirus)*1を高感度に検出する独自のHPV検査法と細胞診検査*2のスライドガラス標本上の標的細胞を単離するための独自の顕微鏡解剖法を併せた新しいアプローチで,正常細胞を模倣した前がん病変*3の形態学的特徴を世界で初めて明らかにしました。この研究成果は子宮頸がん検診で懸念されているトリアージ細胞診の偽陰性の減少に寄与できるものです。なお,本研究はJSPS科研費(23K09676)の助成を受けて行われたもので,研究成果はJournal of Medical Virology誌に,2023年12月15日に公開されました。

掲載URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jmv.29311

研究背景・目的

子宮頸部に感染したHPVは持続感染によって前がん病変を発症し,さらには浸潤がんへ進行する可能性があります。特に日本においてはHPVワクチン接種推奨の中止期間が長引き,かつ検診参加率が低いなかで,子宮頸がんが増加の一途をたどる現状はかなり深刻です。したがって、原因ウイルスを早期検出することが重要なため,世界的にHPV検査が子宮頸がん検診の一次スクリーニングの主要な方法(図.1)となりつつあります。一方,HPV検査で陽性の結果は判定されたすべての女性に前がん病変や浸潤がんがあるわけではありません。だから,すべてのHPV検査陽性者に対して,精密検査(生検組織検査)は実施できません。その理由は精密検査が痛みや出血を伴い侵襲性が高い検査のためです。そのため,次に精密検査をすべき女性をトリアージする目的で,細胞診検査が行われ,前がん病変や浸潤がんに由来した細胞の有無を調べます。しかし子宮頸部細胞診標本を再評価した最近の研究から、細胞診検査で偽陰性(高度の前がん病変があるにも関わらず,検査で陰性)が約20%あることが示されました。検診に参加した女性にとって高度病変が発見されなかったことは深刻な不利益です。よって細胞診が主観的な一面をもつ顕微鏡観察による検査であることを理由に責任から逃れることはできません。

細胞診検査で偽陰性となる原因の1つは,子宮頸部を擦過した検体中に病変に由来した細胞あっても,正常細胞に模倣して形態学的に認識できないことです。特に未熟化生細胞*4は,ほとんどが正常に由来した細胞ですが,その一部は高度病変に由来することが示されています。しかし,形態学的に高度病変に由来した細胞か否かを区別することは極めて困難なため,この細胞に対する細胞検査士間の診断誤差は大きく,偽陰性だけでなく偽陽性も起こりうることが知られます。したがって細胞診の偽陰性を改善することは重要な課題であり,高度病変に由来した未熟化生細胞の形態学的特徴を明確にすることが本研究の目的です。

研究成果

本研究は,生体組織検査によって得られた高度病変組織(病変そのもの)のHPV型と細胞診標本上の未熟化生細胞のHPV型との一致に基づいて,高度病変由来のHPV型が感染した未熟化生細胞の形態学的特徴を解析しました。この解析には多種のHPV型を高感度に検出するHPV検査法が必要で,我が共同研究チームは2018年にHPV検査法(https://doi.org/10.1002/jmv.25017)を開発しました。また細胞診標本上の細胞のHPV型を調べるためには,標的となる細胞のみを顕微解剖法で単離する必要があります。この方法(https://doi.org/10.1002/jmv.26888)も2021年に考案しました。この両者を用いた独自のアプローチで解析した結果,未熟化生を模倣した高度病変由来細胞と病変に由来しないHPV陰性未熟化生細胞との間には明確な違いがあることを発見しました。詳しく説明すると,高度病変に由来した未熟化生細胞の核面積はHPV陰性未熟化生細胞よりも2倍以上大きいこと,また核面積のバラつきが高度であることです(図.2)。細胞検査士は細胞診標本上の細胞を顕微鏡観察して核の大きさを捉えることには非常に慣れています。よって未熟化生細胞を発見した際に,客観的に高度病変由来細胞か否かを診断することができるようになります。この研究成果により,HPV陽性女性に対するトリアージ細胞診の偽陰性率の減少が期待されます。 

掲載論文

発表雑誌名

Journal of Medical Virology

論文タイトル

Cytological features of human papillomavirus-infected immature squamous metaplastic cells from cervical intraepithelial neoplasia grade 2

著者

Mitsuaki Okodo 1*, Kaori Okayama 2, Koji Teruya 3, Ruku Shinohara 1, Shuichi Mizuno 1, Rei Settsu 1, Yasuyoshi Ishii 4, Masahiko Fujii 4, Hirokazu Kimura 2, Mizue Oda 5

著者(日本語表記)

大河戸 光章1* , 岡山 香里2 , 照屋 浩司3 , 篠原 瑠宇空1 , 水野 秀一1 , 摂津 黎1 , 石井保吉, 藤井 雅彦, 木村 博一, 小田 瑞恵5

*責任著者

所属

1. 杏林大学 保健学部 臨床検査技術学科,2.群馬パース大学保健医療学部,3. 杏林大学 保健学部 健康福祉学科,4.こころとからだの元氣プラザ臨床検査部,5. こころとからだの元氣プラザ産婦人科

用語の解説,注釈

*1 HPVは発がんウイルスで数字によって分類され,子宮頸部で約50種類の型が発見されています。発がんのリスクが高い型(ハイリスク型)は16, 18, 31, 33, 35, 39, 45, 51, 52, 56, 58, 59, 68型の13種類です。現在のHPV検査法はこの13種類に対応しています。またHPVワクチンはこれらのほとんどの型に対応しています。

*2患者からブラシ等で採取した細胞をスライドガラスに塗り,それを顕微鏡で観察して,細胞の形や大きさなどで病変を発見する形態学的検査法で細胞検査士がこれに従事しています。杏林大学保健学部では在学中に細胞検査士資格を取得できます。

*3 浸潤がんへ進行するリスクが高い病変で子宮頸部においてはCIN(cervical intraepithelial neoplasm)と呼ばれます。グレードが3段階で評価され,高度病変のCIN2, CIN3は浸潤がんへの進展率が高いため,短期間の経過観察や治療が必要です。

*4 子宮頸部粘膜は円柱上皮と扁平上皮の2領域からなりますが,円柱上皮(弱い細胞)が外的刺激により,扁平上皮(強い細胞)に化けようとする現象(これを化生と呼びます)が成熟女性では常に起きています。未熟化生細胞とは扁平上皮に変化途中の未熟な状態の細胞です。

研究内容に関する問い合わせ先

杏林大学 保健学部 臨床検査技術学科 
准教授 大河戸 光章(オオコウド ミツアキ)
電話:0422-47-8000(代表)
E-mail:ohkoudom@ks.kyorin-u.ac.jp

取材に関する問い合わせ先

杏林大学 広報室
TEL: 0422-44-0611 Fax: 0422-44-0892 
Email: koho@ks.kyorin-u.ac.jp

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