研究テーマ

私達の教室は膵β細胞におけるインスリン分泌の分子機構の解明をテーマに研究を行っています。インスリン分泌不全によって生じる糖尿病は、今や日本国民の健康にとって最大の驚異となっています。糖尿病の成因解明、新たな予防法、及び新規治療薬の開発のためには、インスリン分泌機構を明らかにすることが基礎医学の観点からのみならず臨床医学にとっても急務の課題となっています。日本人の糖尿病患者数は予備軍を含めて約1620万人、かつ、死亡率順位2, 3位を占める心・脳血管障害の発症率は、糖尿病罹患者において非罹患者の3倍にも昇っています。にもかかわらず、糖尿病患者数は増加の一途をたどり、その患者数はこの5年間に200万人も増えています。特に日本人の糖尿病の特徴は、インスリン分泌不全を特徴としているため、インスリン分泌機構を分子レベルから一日も早く明らかにすることが待ち望まれています。

  1. インスリン分泌の光学イメージング
  2. 光学イメージングによる2相性インスリン開口放出機構解明への挑戦
  3. 光学イメージングによる妊娠糖尿病におけるインスリン分泌不全の解明
  4. インスリン分泌におけるミトコンドリア品質管理の解明

研究内容

1. インスリン分泌の光学イメージング解析

私達の研究室では新しい光学イメージング手法を用いてインスリン分泌の分子機構を解明することに精力的に取り組んでいます。インスリンは膵臓のランゲルハンス氏島にあるβ細胞内にあるインスリン顆粒に貯蔵されており、インスリン顆粒と形質膜が融合することによって細胞の外に放出されます。この様なインスリン開口放出の分子機構を明らかにするためには、生きた細胞を用いて、単一インスリン顆粒の動態を、時間的空間的に解析することが必須です。そこで私達は、1分子の蛋白質を捉えることが可能なtotal internal reflection fluorescence microscopy (TIRF)システムを膵β細胞に応用し、単一インスリン顆粒をナノスケールの範囲、かつ33msのビデオレートで解析するシステムを確立しました。このシステムを用いることにより、世界で初めて、インスリンが膵臓のβ細胞から分泌される像を視覚的に捉えることに成功しました(J Biol Chem, 2002; Biochem J., 2004) (図1)。この研究成果は、米国の科学雑誌「Science」誌にreviewとして紹介する機会を与えられました (Science, 2007)。また、実験結果は研究者でない方にもわかりやすい画像のため、NHKのTV番組(高校生物、ためしてガッテン、シリーズ医療革命)でも紹介されました。

図1. Total Internal Refrection Fluorescence(TIRF)顕微鏡の原理

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2. 光学イメージングによる2相性インスリン開口放出機構解明への挑戦

 食事の摂取により血中グルコース濃度が上昇すると膵β細胞からインスリンが2相性(初期相と第2相)に分泌されます。2型糖尿病はこの分泌2相性が失われ、分泌初期相の低下が引き金となって発症することから、2相性分泌のメカニズムの解明が強く望まれています。私達は膵β細胞内インスリン貯蔵顆粒のイメージング解析を行なった結果、分泌初期相では主に形質膜蛋白質であるシンタキシン1A上にドッキングしているインスリン顆粒からインスリン分泌がおこり、第2相ではシンタキシン1Aとの相互作用なしに分泌されることを発見し、インスリン分泌初期相の詳細なメカニズムを初めて明らかにしました(J Cell Biol, 2007)(図2)。実際、2型糖尿病モデル動物であるGKラットではシンタキシン1Aが低下していることから(Diabetologia, 2004)、シンタキシン1Aの発現・機能異常による分泌初期相の低下が2型糖尿病発症の直接の引き金になっていると考えられます。私達はこのほかにも、G蛋白質Gαo, PI3キナーゼ、CDKAL1, ELKS, IL1βなど(Diabetes, 2010; Biochem J., 2010; PLoS One, 2010; Mol Biol Cell., 2005; J Biol Chem., 2004) が分泌初期相を調節している分子であることを明らかにしています。現在、第2相インスリン分泌解明に向けた研究もスタートしています(PLoS One, 2012)。
 このように私達は独自のイメージングシステムと、遺伝子改変マウス、細胞や種々のプローブを組み合わせることにより、2相性インスリン分泌の仕組みを分子レベルから徐々に明らかにしつつあります。これらの研究成果は、従来とは異なった新規の糖尿病薬、治療法の開発に直結するものであり、今後の研究の展開が強く期待されるものです。

図2.分泌第1相と第2相のインスリン開口放出機構は異なっている(2相性インスリン開口放出機構のモデル図)
分泌第1相ではインスリン顆粒はシンタキシン(Synt1A)クラスター上にドッキングし、フュージョンする。分泌第2相では、分泌顆粒が細胞内部の貯蔵部位より形質膜上へ移動し、Synt1Aクラスターとの相互作用なしに形質膜とフュージョンする。(Ohara-Imaizumi et al., J. Cell Biol., 2007; Nagamatsu & Ohara-Imaizumi, Science 2007より改変)

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3. 光学イメージングによる妊娠糖尿病におけるインスリン分泌不全の解明

 妊娠期母体では、胎児へのグルコース供給のためにインスリン抵抗性が引き起こされます。このインスリン抵抗性を代償するため、インスリン分泌は著しく亢進する必要があり、亢進が不十分な場合には妊娠糖尿病と診断されます。この代償性インスリン分泌亢進機構にはβ細胞容積増加と共に、個々のβ細胞からのインスリン分泌能亢進が必然と考えられていますが、インスリン分泌能亢進の分子機構は未だ不明であり重要な研究課題となっていました。最近私達はセロトニンシグナルが妊娠期のインスリン分泌能亢進をコントロールしていることを明らかにしました(Proc Natl Acad Sci U S A. 110, 19420-19425)。妊娠期の膵β細胞ではセロトニンの発現が著明に亢進し、インスリン顆粒内に貯蔵され、インスリンと共に分泌されます。その一部がβ細胞上のセロトニン受容体HTR3に作用することでβ細胞からのインスリン分泌が妊娠中で亢進していることを発見しました。これらの研究成果は近年患者数が急増している妊娠糖尿病に対しての新規治療法の開発、並びに創薬への展開につながります。また、妊娠期のインスリン分泌能亢進は、生理的な分泌亢進現象であり、研究成果は妊娠糖尿病の成因のみならず、インスリン分泌不全を呈する2型糖尿病の新規治療法の開拓に貢献すると考えられます。


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4. インスリン分泌におけるミトコンドリア品質管理の解明

 膵臓のβ細胞は血中から糖分であるグルコースを取り込み、細胞内のエネルギー産生工場であるミトコンドリアでエネルギー通貨であるATPを作ります。従って食事によって血糖値が上がるとβ細胞内のATPが増えます。β細胞は細胞内のATP量が増えると血糖値を下げるインスリンを分泌するので、血糖値が上がったことをβ細胞が感じ取ってインスリンを分泌するにはATPを作るミトコンドリアが重要な役割を果たしています。ところが、ATPを作り続けているとミトコンドリアは傷ついてATPを効率的に作れなくなってしまいます。そのため、β細胞が血糖値を下げるためにインスリンを分泌し続けるためには傷ついたミトコンドリアを分解し、細胞内のミトコンドリアを常にフレッシュな状態に保つ必要があります。
 β細胞は細胞内で不要になったタンパク質など、細胞の部品を分解する仕組みであるオートファジー(細胞の自食作用)によって傷ついたミトコンドリアを分解します。糖尿病患者の膵β細胞ではオートファジーが低下し、傷ついたミトコンドリアが多く観察されることから、オートファジーによる傷ついたミトコンドリアの分解はβ細胞の機能と糖尿病の発症に重要な役割を果たしていると考えられています。ところが傷ついたミトコンドリアを除去するオートファジーのメカニズムは明らかではありませんでした。
 私たは、遺伝子操作によりVAMP7を欠失したマウスのβ細胞について詳しく調べました。すると、VAMP7を欠失したβ細胞ではオートファジーが低下し、傷ついたミトコンドリアが多く溜まることによりインスリン分泌が悪くなることを見いだしました。また、脂肪の割合が高いエサで飼育することによりマウスを太らせると、VAMP7を欠失したマウスでは血糖値が上がっても十分な量のインスリンが分泌されず、糖尿病に似た症状を示すことを明らかにしました。さらに太らせたVAMP7欠失マウスのβ細胞では通常より多くの傷ついたミトコンドリアが溜まっていることを明らかにしました。
 この研究の成果はインスリン分泌不全による2型糖尿病の新たな治療法の開発につながる可能性を秘めたものとして期待されます。この研究は大阪大学、北里大学、群馬大学との共同研究として、米国糖尿病学会が発行する「Diabetes」に掲載されました(Diabetes 65(6): 1648-59) 。

 参考: 生化学 vol.89(2): 247-250, 糖尿病学 2017: 47-53

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