中竹 俊彦

リンパ球を追う(シリーズ000CD-ROM教材 その(3-1〜3) 百日咳

リンパ球の世界(概観)

その(3−1〜3) 百日咳

                        杏林大学 保健学部 臨床血液学 中竹 俊彦

CD-ROM画像3の1への「解説」 百日咳

 百日咳の症例におけるリンパ球増加は、著しいものがあります。感染症の診断としては小児科で問題なく行われます。

 その背景は、臨床的にはリンパ球絶対数の増加と臨床症状とで解決されています。血液疾患ではないために、血液検査室側ではその関心も低いものです。

 著明な「リンパ球増加現象」自体が問題です。そして、「感染症情報」による発生頻度も最近では低く経過しています。したがって、(正常なリンパ球の増加は)医学的にはほとんど話題性がありません。

 しかし、血液検査室においては、初心者ならずとも血液像でリンパ球の鑑別・分類作業は行わなければなりません。そこで、著明なリンパ球増加を認めるときは、(正常なリンパ球ならば)臨床側へ百日咳の診断がついているのかどうか、まず問い合わせることが大切なポイントです。

 急性リンパ性白血病などと誤解することはあり得ないことで、リンパ球の形態を観察し、それらの正常な(リンパ球としての)形態から白血病を否定できることは一目瞭然です。

CD-ROM画像3の1〜画像3の3枚まで: 百日咳のリンパ球増加

CD-ROM画像3−1の「詳細解説 1.百日咳のリンパ球増加

 末梢血の塗抹標本において、1視野当り2個のリンパ球があると、相対的にも絶対的にもリンパ球の増加を直感しますが、ここに示した症例は小児のリンパ球増加が百日咳によるものであった例です。この2個のリンパ球の形態は小児としては正常ですが、絶対数の増加が著しいときには、その増加の背景が問題になります。

CD-ROM画像3−1の「詳細解説 2.リンパ球の形態(1)

 小児のリンパ球は、成人のリンパ球と比べると核はふっくらとしています。また、核のクロマチン構造が柔らかい印象で、赤血球側へ誘引されやすく、流れた様子(緑色矢印)が認められます。クロマチンも粗大化している様子は乏しく、しかし成熟リンパ球として細胞質は比核的狭い状態で、1μm程度の幅(青色矢印)です。

CD-ROM画像3−1の「詳細解説 3.リンパ球の形態(2)

 細胞直径(紫色矢印の間)、核直径(青色矢印の間)は、縦・横の平均値を実測すると、その半径(直径の1/2)の2乗の比からN / C比が得られます。このN / C比の計算では、細胞の容積を基本において考えるべきです。細胞の厚みは便宜上均等とみなすと、円周率(π)が共通項で、省略されます。

CD-ROM画像3−1の「詳細解説 4.定型的リンパ球

 定型的リンパ球は、「正常」でかつ「若い」、「活性化も萎縮化も生じていない」とき、この2個のリンパ球(紫色矢印)のように、細胞質が「ふっくらした核」の周囲に 1μm の幅しか存在しない、ということが「定型」に相当すると考えられます。

 リンパ球が休止期にあるときは、「活性化される前の状態」ですから、クロマチンにやや濃い部分はあっても強く濃縮されたものではなく、核小体も判然とせず、細胞質も塩基好性はわずかで、細胞質の広さも細胞として基本的に準備された最小限の超微細構造を含む状態だと考えるのが妥当です。

 したがって、この2個のリンパ球の形態は「定型」ということに該当します。このとき、Tリンパ球、Bリンパ球のいずれでも問題にはなりません。

CD-ROM画像3−1の「詳細解説 5.リンパ球の表面マーカー

 百日咳の症例には、末梢血のリンパ球の表面マーカーから考察すると B、T リンパ球が双方とも感染症に巻き込まれて反応・増加しており、CD 3、CD 4、CD 8抗原の陽性度は高く、Tリンパ球が絶対数で増加している事実はあっても、特徴的なマーカーがあるリンパ球は特定されないようです。

<予告>

 御参考までに、この後の3−2,及び3−3ページへの流れは以下のとおりです。

CD-ROM画像3−2の「詳細解説1.百日咳のリンパ球形態」

 百日咳のリンパ球は、絶対数の増加だけが特異的といえるほど著明ですが、反面で形態は、特にこれという所見は指摘できません。 ところが、リンパ球の個々の形態を詳細に比較すると、全く活性化されていない若いリンパ球から、かなり活性化されて核小体の発現、あるいは細胞質の拡大、細胞辺縁部の突起形成など、「やや活性化されたリンパ球の形態」や「活動性の所見」が、さまざまの状態で認められます。

CD-ROM画像3−2の「詳細解説2.やや活性化されたリンパ球の形態」

 休止状態と思われる形態(紫色矢印)に比較して観察すると、やや活性化されたリンパ球の形態とは、 1 )核の軽度大型化と核小体の発現(青色矢印) 2 )細胞質の拡大(緑色矢印) 3 )核の流動性のなごり(赤血球側への誘引:黄色矢印)などです。

CD-ROM画像3−3の「詳細解説1.大きさの基準とは?」 

 大きさの基準とは何でしょうか? 大きさの基準として新生児、乳児期の赤血球(紫色矢印)は小球性の赤血球が多いとみるべきで、直径が平均的に小さいので、大きさの基準にはなりにくい面があるので注意が必要です。 白血球との対比では大きめの赤血球(青色矢印)が、正常な赤血球の大きさの基準( 8μm )になります。そこで、この中央のリンパ球の大きさを判断するとき、接眼ミクロメータの使用の有無で判断が中型・小型などの2つに分かれます。

CD-ROM画像3−3の「詳細解説2.大リンパ球の直径」

 この大リンパ球の長径は16μmに至ります。この値は、異型リンパ球の大きさのボーダーライン(下限)に該当します。 したがって、実測しても大きさだけで判断すると、長径では「異型リンパ球の大きさ」に該当します。核の大きさは、画像番号1のリンパ球と比較するまでもなく、やや大きくなっています。核小体が不鮮明ながら3個くらい発現してきたもの(青色矢印)と思われます。

CD-ROM画像3−3の「詳細解説3.塩基好性の弱い大型化の意味は?」

 塩基好性を伴わない大リンパ球の意味は、細胞質(青色矢印)にリボソームが増加してこないからです。核小体の発現とリボソームの増加とは、一般には平衡関係にあると考えられます。しかし、それは若いリンパ球の場合は、一次的に細胞分裂に至るような刺激と、二次的にサイトカインや抗体類を合成するための反応(再循環リンパ球)とがあるものだと解釈しておかないと、リンパ球は全て活性化が塩基好性の増加になるものだと誤解してしまう原因になりがちです。 再循環リンパ球があるということをリンパ球のライフサイクルの中に認識しておくと、一次的な活性化と二次的な活性化とがリンパ球に個別的に発生し、再循環リンパ球は免疫記憶をもつ後者に該当し二次的な刺激を受容する、という考えが必要になることが理解できます。 百日咳菌 Bordettera pertussis )の感染によって、産生された百日咳トキシン( pertussis toxin )がリンパ組織を強く刺激します。若いリンパ球が動員されたままリンパ組織へ帰還でないことに直結する組織・細胞学的な背景は、よく分かっていません。

 以上の様な、リンパ球への考え方、顕微鏡的な観察の手順、観察のポイント、観察内容の表現、解析と表現法などについては、拙著「テキスト」を御参照いただくと多様性についての対応が御理解いただけるものと思います。

 体裁

 B5版(本文 305頁)

 目次(序論・1〜24まで9頁)

 索引(欧文A〜Z 2頁、和文索引19頁 合計21頁)

  (頒布いたします)

入手方法の問い合わせ(nakatake@kdt.biglobe.ne.jp)半角アットマークで可能です。