重要なポイント(シリーズ620-1:原文提示

この解説原文は、静岡県臨床検査技師会・浜松フォーラムの講演原稿抄録です。なお、これシリーズ620-1-1〜16までの原文で,そちらには加筆修正した解説を提示しています.

この次に,パワーポイント(シリーズ620)をご参照ください.特殊染色は(シリーズ630)に提示しています。

シリーズ620-1-講演の原文提示

「重要なポイントでは,どのように細胞をみたり考えたりするか」

                                  杏林大学保健学部 臨床血液学(教授) 中竹 俊彦

はじめに

 骨髄像検査は日常的な血液検査の中で,特定の症例の精密検査として行われます.この末梢血液検査データの異常を骨髄で精査する場面は,白血病,骨髄腫,骨髄異形成症候群(MDS)などの腫瘍性疾患,さらに貧血,血小板減少,好中球減少なども,造血3系統を中心に精密検査として医療施設では一般化しています.

 腫瘍性血液疾患の末梢血は,該当する腫瘍細胞(白血病細胞に相当)が多かれ少なかれ検出されます.さらに骨髄検査では,骨髄穿刺液の塗抹面がそれらの細胞群で占められるものまで,骨髄の置換(占有率の著明な増加)が指摘されるのが普通でしょう.こうした場面では,定型的な細胞群が骨髄内を占めているパターンなら一見して,病態は明らかになります.そして,それらの細胞群は造血3系統でどのルートに帰属するかが重要であり,いくつかの特殊染色も加味して鑑別・診断され,FAB分類・WHO分類に照らして取り扱われていることは言うまでもありません.

 実際に末梢血データ(ヘモグラム)や骨髄標本を観察する場面で,多種・多様・多彩な症例の経験者(ベテラン)は対応能力が優れています.細胞を鑑別していく手順と鑑別能力(観察力)において,初学者とベテランの間では技術的に著しい差異(いわゆる,較差あるいは段差,溝:みぞ)があることは否めません.初学者はその溝を埋めて,さらに段差という未熟さを乗り越えていくには,症例を多く経験すれば時間と共に越えることは可能なのでしょうか.何かそれまでに講じていく方法が必要なのかについて,自分のコース経験で特に手っ取り早く知りたいところでしょう.

 ここでは,その自己研修コースというべき経験で「ぜひ押さえておくのが良い」いくつかのポイント1)を順に,「情報交換技術」という面からも解き明かしてみたいと思います.以下の?から?までの問題点は,すでに言い古されてきた問題点ですが重要なポイントですから繰り返します.リンパ球系の諸問題については別の機会に譲りたいと思いますが,私自身の経験に基づきその教材2)もようやく発行準備が整い印刷工程が進行しつつあります.

 

I.血液疾患の病態を理解して取り組むこと

 病的標本の細胞は,その成り立ち(標本の細胞構成)が,じつに特徴的です.したがって,初学者の自己研修の第一歩は,事前に丁寧に記述されているテキストで血液疾患の病態を理解することが,必須の条件に位置づけられます.すなわち,疾患の病態知識なくしては,標本から訴えてくる意味はつかめないからです.私たちは正常な形態を理解しておけば,正常な形態に比べて病的形態が説明できます.その奥には病的パターンや病態があって,血液疾患の病態をイメージしながら標本を判読すると,自ずと「細胞所見と病態の関係」が明らかになるのです.

 

1.正常な形態1)とは,どういうことかを細胞を通して知る

その目的達成にはまず,

 1)正常な好中球分節核球は,骨髄芽球からどのような成熟過程を経ているのかを知る

 これは文字の上での暗記で済むことではありません.この経緯は詳細に細胞学的に理解し,異形成の詳細も説明可能にしなければなりません.例えばそれは,定型的な好中球は,15μmの細胞直径がいかに細胞学的に厳密に規制されているのかということです.成熟好中球は13μmでは炎症を背景に萎縮した大きさで病的原因があり,16μm以上では細胞学的に巨赤芽球系と同列に議論すべきで異常です.教科書の範囲ではこの「大きさの違いの問題点」を十分に説明してくれません.さらに,細胞質はきれいに揃った中性好性(好中性)顆粒が,細胞質いっぱいに保持されていく形態へどのようにして到達できるのかということです.細胞の大きさと核分節の数,そして顆粒の過不足などは,正常な好中球の形態を決定づけます.それなのに,初学者は好中球系を「なんとなく理解」し「漫然と見てきた」だけでは,好中球の形態異常(異形成)を言葉では説明できそうにないのです.多くの初学者が好中球系の形態さえも「13μmや16μmの臨床的意義の違いを言葉で説明する責任」を実感できている必要があると,私は日ごろから考えています.これは赤血球系についても,また巨核球・血小板系についても同様なことがいえます.

 その上で,初学者といえども,最初から心がけておくことは以下のことです.

 2)「その病的な細胞」がいかに正常な形態とは懸け離れた形態なのかを「担当医師」へ具体的に伝える方法論

 このような「細胞について具体的な報告」がなければ,観察の責任を果たせないことを自覚することは重要だと思われます.伝えるというのは,伝票(報告書)に記号で入力するという行為の上だけに終わるのでなしに,相手に「理解してもらえた」という確認までを行うことを意味します.これは単なる情報提供ではなく,「情報交換技術」という,今後へ向けた方法論です.

 

2.病的パターンと病態を伝える

 特定疾患の成り立ちには,

 1)血液学的に整合性のある検査所見,形態異常が伴います.

 前述の正常な形態に対比して,どの細胞の何(どこ)が異常な形態なのか観察(観て,さらに,考察)して,また,どういう所見の組み合わせがあれば病的な整合性なのかを判断し,整理して言葉で伝える能力が備わってこそ,検査情報を発信できるものと思われます.

そして血液検査担当者は,

 2)血液病の検査所見を文字・数値から自在に読み取れる判読能力および必要な時点で繰り出せる記憶力が必須の基盤であるといえます.

 さらに検査担当者は,

 3)観察した所見と病態知識とを有効に組み立てて,整理し,「信頼性の高い報告」を情報として発信・提供できると思います.こうして,必要な情報が相手方へ確実に伝えられて情報交換技術が成り立つのです.

 私たちはこれら情報交換技術に必要な「コミュニケーションの準備:画像のファイリング,言葉による伝達能力」を早い時期に整えておくことが大切です.

 

II.造血系の観察に取り組む段階

1.検査申し込みを受けた段階

 骨髄検査申し込み用紙は,検査情報をもとに骨髄精密検査に至った背景が簡潔に記述されています.その内容を読み取ります.

 1)骨髄(BM)採取の理由は何か

 2)事前の特異な検査データは何か

 3)異常値(複数)のまとめ(および,結論),担当医の臨床診断・および観察内容への要望事項の確認)

 

2.骨髄穿刺液の受領から標本作製完了までの段階

 1)骨髄穿刺部位(胸骨・腸骨)のNCC絶対値の違い(胸骨細胞数>腸骨細胞数)

 2)採取の良否・塗抹の良否(採取過剰・フィブリン析出・塗抹液量過剰など諸問題と欠点)

 3)染色条件・状態の良否(染色液の濃度とpH,時間忘れ,水切り不完全による脱色の欠点)

 

3.低倍率で塗抹標本の概要把握の段階

 1)塗抹面の様子と観察部位

 2)塗抹末尾の線維網構造(speckle:斑点(標本上の),particle:小塊(組織の),stroma:基質,間質)の確認,フィブリン網析出内部には細胞が多いが萎縮し観察には不適など

 3)小塊内の透視度(造血密度)を低倍率で観察

 

4.大型細胞の分布の概略を知る段階

 1)小塊周辺の細胞から内部の細胞構成を推察

 2)周辺の巨核球の分布

 3)周辺の組織球(マクロファージ)分布,腫瘍細胞転移の確認など

 

5.低〜中倍率で観察し概要を把握する段階

 1)顆粒球系の概要(前骨髄球・骨髄球など分裂プールと,後骨髄球以降の概略の比率)

 2)赤芽球系の概要(赤芽球島の存否,小島構成:集塊の大きさ,赤芽球の成熟段階など)

 3)巨核球系の分布密度(頻度:400倍視野で2〜5),大きさ(倍数性),成熟度などの概略

 4)リンパ球系の概要2)(リンパ球比率,形質細胞の頻度,形質細胞の成熟や大きさの概要)

 

III.造血細胞の観察(高倍率)

 ときには,報告時に形態情報(コメント)として具体的に盛り込み,伝える責任が伴います.

1.顆粒球系の特異な形態

 1)過分様(節)核好中球,巨大杆状核球,巨大後骨髄球の確認

 2)核濃縮の異常(Pelger anomaly)

 3)顆粒の異常(低顆粒,大型顆粒,中毒性顆粒など)

 

2.赤芽球系の特異な形態

 1)巨赤血球,巨赤芽球,巨赤芽球様細胞の確認

 2)赤芽球分裂異常の観察(ジョリー小体,2核:細胞質分離不全,多核など)

 3)クロマチンの構造・濃縮の異常,Hb合成の異常:低色素性,封入体など)

 

3.巨核球系の特異な形態

 1)核の直径(倍数性の大小:小型巨核球〜大型),成熟度(核に比例した細胞質の広さか?)

 2)核の形状(核の成熟度を推定:クロマチン構造,単一核かどうか,多核,円形多核など)

 3)細胞質の成熟(核・細胞質比,塩基好性と顆粒産生のバランス,顆粒分布密度,空胞変性)

 

IV.異常な細胞群の存在に対して

1.正常な骨髄細胞の分布パターンを知っていて取り組む

 正常な骨髄像(ミエログラム)は,信頼できる「血液病学の成書」と呼ばれるほどの本から基準値を参考にすると良いと思います.

 

2.特定の細胞の異常な数値や形態に注目する

 正常な細胞群のバランスは,病的な背景によってさまざまに変化しますが,突出した数値の細胞群が派生するのは特に異常所見です.問題点は白血病だとするならば,それら一群の細胞が最も正常な形態学的に近似しているのが「どの段階にあるか」によって,血液学の領域では白血病の病名が決まってきた経緯があります.急性前骨髄球性白血病(APL:FAB M3)や急性単球性白血病(AMoL:FAB M5)などがその典型例でしょう.問題は形態学的に特徴が少ないか,特殊染色を施さないと特性がつかめないような場合です.正常な細胞の形態変動の範囲か,それとも白血病細胞とみるべきかの鑑別が紛らわしいことは異論がないのです.そこで,「紛らわしい細胞の鑑別」は,最近では「日本検査血液学会」や「日本臨床検査技師会」の委員会やシンポジウム企画などで詳細に議論されている時代です.簡単にいうと,正常な細胞形態の範囲を徹底的に学習して,そのイメージに対象とする標的細胞を照らして判断するという「絵合わせ」の基本が大切です.ここでは,前の講演者の阿南健一先生の「紛らわしい細胞」の話題に期待しましょう.

 

V.判別してもなお絞り込めない細胞群や病態の存在に対して

 細胞の鑑別・分類を行ってみても,病態が判然としてこない血液疾患あるいは病態がじつに多いのも骨髄検査症例の実態です.その典型例は,以下に述べるダウン症に起きがちなtransient abnormal myelopoiesis:TAM =良性の骨髄異常」,あるいは特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の約半数を来たすようなヘリコバクター・ピロリ感染,ウイルス感染症(ウイルス関連血球貪食症候群:VAHSを含む),ときには軽症の骨髄異形成症候群(MDS),抗生物質の重大な副作用その他薬剤起因性とみられる二次性骨髄抑制(造血障害),そして伝染性単核症を中心とした末梢血異型リンパ球(リンパ性腫瘍との鑑別は以前から論議されてきたものの,ほとんど骨髄検査の対象外)の鑑別基準の問題などです.

1.TAM

2.ITP

3.VAHS

4.薬剤起因性骨髄抑制

5.異型リンパ球の鑑別基準

 これらの症例での所見は,「形態学的に単一・特定の細胞群」があるのかというと,「病的原因を背景にして生じた異常な特定の細胞」であるとみることは現実的ではありません.つまり,因果関係が簡単には指摘できない複雑な細胞群の解析です.その結果,造血3系統の細胞全般に軽度の異常が派生し,あるいは造血支持細胞の機能までもが二次的に障害を受けている場面にも遭遇します.

 臨床側では,例えば血小板減少の原因は何か,出血に至るほどの減少症になるのか,回復はそのままで期待できるのか,回復するにはどれくらいの期間にわたって注意すればいいのかなどかなりの期待感があることも事実でしょう.好中球減少や貧血にしても深刻さは幾分異なっても,同様な背景をもつことが想定されます.

 また,臨床側で原因が判明している場合には,増血剤(G-CSFやエリスロポエチンなど)が骨髄穿刺前に適応と判断され既に使用されている例もあることでしょう.こうした例は,細胞個々の変化をみてさらに病態の面から考察することが現実的ですから,パワーポイントを使っていくつか画像を提示し,実例の所見を詳細に解説します.

 

参考資料

1.中竹俊彦:骨髄像の解析と表現法(1),(2:リンパ球を追う,という副題で印刷中)

2.中竹俊彦:マルクマスターR,ブラストマスターR(ともに,CD-ROM教材)

 問合せ先:中竹 俊彦

杏林大学保健学部 臨床血液学 中竹俊彦(0426-91-0011内線4305,4308)

 文献

(参考資料)

1.中竹俊彦:骨髄像の解析と表現法(1)

2.中竹俊彦:骨髄像の解析と表現法(2)‐リンパ球を追う‐

3.中竹俊彦:マルクマスター,ブラストマスター(ともに,CD-ROM教材)

 上記の問合せ先:中竹 俊彦

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 体裁

 B5版(本文 305頁)

 目次(序論・1〜24まで9頁)

 索引(欧文A〜Z 2頁、和文索引19頁 合計21頁)

  (頒布いたします)

入手方法の問い合わせ( nakatake@kdt.biglobe.ne.jp )半角アットマークで可能です。