学術講演会・例会

第48回杏林医学会市民公開講演会
タバコの健康障害、肺の病気を考える
講演会報告

石井晴之先生

高田佐織先生

須田一晴先生

渡辺雅人先生

本多紘二郎先生

第48回杏林医学会市民公開講演会
タバコの健康障害、肺の病気を考える

 日時:令和1年11月16日(土)午後1時30分〜午後3時20分

 場所:杏林大学病院 大学院講堂

 <講演1>
「たばこの害と禁煙の重要性」
講演者:石井晴之先生(杏林大学医学部呼吸器内科学 教授)

 講演概要
厚生労働省は「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」を発表しています。タバコは社会全体に与える損害が4.3兆円とも言われ喫煙している本人への健康障害だけでなく受動喫煙となる副流煙(約5,300種類の化学物質が含まれる)でも多くの健康障害を引き起こします。日常生活において,まだまだタバコの健康障害を軽くみていませんか?本講演会では肺の病気,新しい治療法などを紹介していきます。あらためて喫煙が関連する健康障害,肺の病気を考えてみましょう。

 <講演2>
「肺癌 内科の立場から」
講演者:高田佐織先生(杏林大学医学部呼吸器内科学 助教)

 講演概要
がんによる死亡者数は年間37万人とわが国の死亡原因の第1位を占めており新規罹患者数も年間約86万人にのぼります。これは日本人の2人に1人が「がん」になり,3人に1人が「がん」でお亡くなりになることを表しています。 臓器別にみた死亡率では男性では肺がんが最も高く,女性では大腸がんに次いで2番目に高くなっています。がんの原因には様々な環境因子(タバコ,大気汚染,アスベストなど)が関係すると言われています。特にタバコ(喫煙)は以前より肺がんとの関連が指摘され,中でも扁平上皮がんや小細胞がんは喫煙との関連が高いことがわかっています。「1日の喫煙本数」と「喫煙年数」を掛け合わせたものを「喫煙指数」と言い,喫煙指数が400以上は肺がん の危険性があります。600以上は高危険群とされています。また喫煙は喫煙者本人だけでなく周囲の人にも影響を及ぼす受動喫煙の問題もあります。肺がんには組織型の違いにより小細胞がん,扁平上皮がん,腺がん,大細胞がんにおおきく分けられています。これらの診断には組織生検が必要となり,気管支内視鏡検査などで行われます。一方がんの広がりを調べるために全身の検査も平行して行い,「ステージ(病期)」を調べます。確定診断がついたところで外科治療,放射線治療,薬物療法,あるいはそれぞれの組み合わせた治療法が選択されます。最近ではプレシジョン・メディシンといった個別化医療が肺がんの治療では重要になってきています。薬物療法の中には従来から使われている抗癌剤,ある特定の遺伝子異常をもつ場合に適応となる分子標的治療薬,第3の治療薬として近年登場した免疫チェックポイント阻害薬といった新たな治療薬があります。新規薬剤の開発と治療薬の組み合わせによりこの20年で肺がん治療は飛躍的に発展を遂げています。本公演では肺がんとタバコの関連から肺がんの診断,治療についてお話ししたいと思います。

<講演3>
「肺癌 外科の立場から」
講演者:須田一晴先生(杏林大学医学部呼吸器・甲状腺外科学 講師)

 講演概要
現在,肺癌は我が国において高い罹患率維持し,最も多くの方が命を落とす病気となっています。そんな中,肺癌対する治療はここ数十年で目覚ましい変貌を遂げています。抗癌剤治療については,全く新しい分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など効果はあるが副作用(有害事象の少ない薬)が毎年のように認可され使用されるようになっております。そんな中,外科的治療も大きく変わってきて来ています。健診率の増加に加えCT やその他の画像診断の向上により,以前は発見の難しかった小さな肺癌が発見されるようになり,また,ゆっくり進行する肺癌に対しては切除する肺の量を少なくする「いわゆる低侵襲手術」が積極的に行われるようになっています。 本日は,外科手術の変遷と低侵襲手術という新たな挑戦についてご説明します。低侵襲手術とは肺癌に対する手術は大きく分けて2つの点で侵襲の低減が試みられています。1つ目は傷を小さくし術後の痛み和らげる方法です。以前の手術では,筋肉や肋骨を多く切断していたため術後の社会復帰や日常生活にかなりの支障を引き起こしていました。しかし現在は,カメラを使った手術(胸腔鏡下手術)や昨年より保険適応となったロボットによる手術などが多くの施設で行われるようになっています。また,2つ目は切除する肺の量を少なくする取り組みです。小さな肺癌に対しては切除する量が少なくても十分に根治性が得られることが証明され,これまで片側1/3〜1/2の肺を切除していましたが,患者さんのよっては片側1/10〜1/20程度の切除に止めることが可能となっています。手術方法は手術機器や医療技術の進歩により急速に発達しており,呼吸器外科医もより低侵襲で根治性の高い治療を提供できるよう日々努力を重ねています。もし肺癌と診断されても落ち着いて診断,治療を進めてもらいましょう。

<講演4>
「喘息と肺気腫」
講演者:渡辺雅人先生(杏林大学医学部呼吸器内科学 講師)

 講演概要
タバコが肺に悪さをする病気を2つ紹介します。ひとつは喘息,もう一つは肺気腫です。 喘息は子供からお年寄りまで全ての年齢の方がかかる病気です。深夜や早朝に急に呼吸が苦しくなったり,咳が止まらなくなることがあります。喘息患者さんがタバコを吸うと喘息発作の原因になります。また大人が家でタバコを吸うと受動喫煙によりお子さんの喘息が悪くなることがあります。 肺気腫は,タバコや大気汚染などで肺が破われ,うまく呼吸が出来なくなる病気です。昔は肺気腫といいましたが,今は慢性閉塞性肺疾患(COPD)が正しい名前です。タバコは肺が年をとるスピードを速くします。タバコによる肺の破壊が進むと,COPDを発症します。恐ろしいことに,たとえ禁煙してもCOPDを発症するリスクは下がりません。 つまりタバコはサイレントキラーとして禁煙後も私たちの肺に悪影響をおよぼします。ただし禁煙をすれば肺が年をとる速度は緩やかになります。何歳になっても健やかに呼吸ができるようにタバコを吸っている方には禁煙をお勧めします。この講演ではタバコが私たちの肺におよぼす悪影響を,喘息とCOPDに焦点をあてて解説します。また喘息とCOPDがおこる仕組みや最新の治療についても説明します。

<講演5>
「間質性肺炎」
講演者:本多紘二郎先生(杏林大学医学部呼吸器内科学 助教)

 講演概要
肺は空気の通り道である気道とガス交換(血液に酸素を取り込む一方で,二酸化炭素を放出する)を行う肺胞から成っていて,その肺胞の壁を間質と呼んでいます。間質性肺炎は,原因不明(医学的には特発性と呼びます)あるいは100種類を超えるさまざまな原因から肺の間質に炎症が生じてガス交換がうまくできなくなる病気です。間質性肺炎の危険因子として加齢や遺伝的素因に加え,喫煙も危険因子となります。その他原因が明らかなものとして関節に炎症が生じて変形が起こる関節リウマチや特徴的な皮膚症状と筋肉痛を主症状とする多発筋炎・皮膚筋炎など の膠原病(自己免疫性疾患),抗癌薬・漢方薬・消炎鎮痛薬などによる薬剤性,ほこりやカビ・鳥の分泌物・羽毛などを慢性的に吸入することによりアレルギー反応が生じる過敏性肺炎,職業におけるアスベストやシリカなどの粉塵 吸入で生じるじん肺,放射線照射によるもの,そしてサルコイドーシスといった肉芽腫性疾患でも見られます。一方原因を特定できない間質性肺炎は「特発性間質性肺炎」と呼ばれており,その約半数は「特発性肺線維症idiopathic pulmonary fibrosis;IPF」と呼ばれる病気が占めます。IPFの年間発症率は10万人あたり2.23人,有病率は10万人あたり10.0人と報告されています。難病法による医療費助成の対象となる指定難病の一つです。喫煙との関連性については,常習喫煙者は非喫煙者に比べて1.6〜2.9倍IPFを発症しやすく喫煙はIPFのリスク因子です。IPFに肺がんを合併するリスクも喫煙男性で高くなります。進行性の疾患ではありますが,近年,抗線維化薬という進行抑制の治療が導入されてきています。また特発性間質性肺炎の中にはIPF以外に喫煙が原因と考えられている間質性肺疾患もあり,それらは禁煙のみで良くなることが報告されています。我々はこの間質性肺炎という病気に対し疾患の進行抑制,または症状緩和などの診療を常に心がけています。

 11月16日の午後、杏林大学大学院講堂にて第48回杏林医学会総会市民公開講演会が開催されました。 今回は「タバコの健康障害、肺の病気を考える」というテーマで5人の先生にご登壇頂きましたが限られた時間の中、大変わかりやすいスライド解説で喫煙が健康に与える悪影響、その結果生じる健康障害等、内容に富むご講演をいただきました。 当日は参加者の皆様が配布された資料をもとにメモをとりながら熱心に耳を傾けられているご様子が大変印象的でしたが、日本のタバコ1箱の価格が世界水準では格段に安価で販売されているという事実に会場内から驚きとため息があがりました。高齢者社会に向かい国の医療費負担が益々大きくなる中、ひとりひとりの健康に対する意識改革の重要性を再認識するとともに、医学会講演会がその一助となる事を願ってやみません。最後になりましたが、お忙しい中、本講演の準備・開催に貴重なお時間を割いて頂きました石井先生をはじめ、高田先生、須田先生、渡辺先生、本多先生にこの場をおかりして改めて厚く御礼申し上げます。

杏林医学会
2019.11.25

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