病院・診療科についてお刺身と寄生虫

 昨春、芸能人が相次いで感染して話題になった「アニサキス」。皆さんは実物をご覧になったことがありますか?
 アニサキスは寄生虫の一種で、その幼虫(体長2 〜 3cm 程)がサバやサケなど多くの海産魚類の内臓表面や筋肉内に寄生して います。感染魚を生でヒトが食べると胃や腸に穿入し、数時間から数十時間後に激しい腹痛を起こすことがあります。
 わが国では1964 年に第1 例が、その後、多数の発症例が報告されました。国立感染症研究所によれば、現在、アニサキス食中毒の患者数は毎年約7,000 人と推計されています。多くは胃アニサキス症で、虫体を内視鏡鉗子で摘出します。
 アニサキスほど症例は多くありませんが、マスやサケなどの生食によって感染するのが日本海裂頭条虫です。聞き慣れない名前ですが、一般に言われている「サナダムシ」の仲間です。生の魚肉に潜んだ幼虫はヒトに侵入すると腸管に定着・寄生して、数ヶ月ほどで体長が10m にも達するものがあり、放置すれば数年にわたって私達が摂取した栄養を横取りします。年間推計症例数は100 〜 200 例。この寄生虫には特効薬があるので、感染が特定されれば容易に駆虫できます。
 一方、最近、新たに食中毒の仲間入りをしたクドア食中毒は、クドア・セプテンプンクタータというヒラメの魚肉に寄生する寄生虫が原因の食中毒です。2008 年頃から養殖ヒラメの刺身を食べた数時間後に激しい嘔吐や下痢を起こす症例が相次ぎ、2015 年頃までに症例が千数百例に達しました。この寄生虫は、2010 年に新種記載されたばかりでその生活環などはまだ不明ですが、養殖水槽などに繁殖したゴカイ類とヒラメとの間で行き来して増殖するのではと考えられています。厚生労働省の指導もあって、現在では、日本産の養殖ヒラメの感染は激減しています。
 第二次世界大戦直後には国民の7 割が寄生虫卵を保有していたわが国ですが、様々な対策が功を奏して多くの寄生虫疾患が姿を消しました。しかし、国際交流の活発化やグルメ嗜好の高まりから、輸入寄生虫感染症や食品媒介性寄生虫感染症が増加する新たな問題が生じています。
 食品由来の寄生虫は、食品の完全加熱または完全冷凍処理で予防できますが、日本人に新鮮な刺身を食べるなというのは無理 なこと。寄生虫の存在をよく認識し、賢く食生活を享受することが肝要です。

(小林 富美惠:杏林大学医学部感染症学〔 寄生虫学部門〕・教授)

杏林大学新聞 第19号より抜粋