病院・診療科についてバセドウ病とは-原因や治療について

バセドウ病とは

 「甲状腺」は首の前側、のど仏のすぐ下にあります。重さ15~20g、大きさが4~5cmほどの臓器です。 蝶々が羽を広げたような形をしていて、気管に張り付いています。 通常は柔らかいので外から触っても分かりません。しかし腫れてくると手で触ることができ、外から見ても分かるようになります。

 甲状腺は、食べものに含まれるヨウ素から甲状腺ホルモンを作り、血液中に分泌します。甲状腺ホルモンはおもに代謝を活発にし、体温調節をしたり基礎代謝を上昇させたり、成長や発達を促したりする大事なホルモンです。このうち甲状腺での甲状腺ホルモン合成・分泌が過剰になり血液中の甲状腺ホルモンが増加している状態を甲状腺機能亢進症と言います。  
 バセドウ病とは、甲状腺機能亢進症を引き起こす疾患の中で代表的な病気で、自己免疫疾患のひとつです。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで、甲状腺機能亢進による症状、すなわち動悸や息切れ、手の震え、多汗、全身倦怠感、体重減少、眼球突出など全身に様々な症状を引き起こします。20歳から50歳代に多く、男性も発症しますが女性の方が4倍近く多く発症すると言われています。また、高齢者にも発症し、その場合症状が出づらく診断が遅れることもあります。 バセドウ病という病名の由来は、この病気を発表したドイツ人医師の名前からつけられましたが、英語圏ではイギリス人医師の名前にちなんでグレーブス病と言われています。

バセドウ病の原因

 甲状腺ホルモンは、脳下垂体から分泌されているホルモンのひとつ、甲状腺刺激ホルモン(TSH)により調節を受けています。バセドウ病は自己免疫性疾患のひとつであり、甲状腺にあるTSH受容体に対する抗体が何らかの原因で作られ、それにより甲状腺を刺激して甲状腺機能が亢進する病気です。
  バセドウ病の原因として、遺伝因子と環境因子、またはその両方の関与が言われております。バセドウ病は血縁者に出やすいことも知られておりますが、原因となる遺伝子は見つかっていません。 ほかに、精神的・肉体的ストレスや喫煙、過労、出産など遺伝要因以外でも発症が関与されていると言われています。

バセドウ病の症状

 バセドウ病により甲状腺ホルモンが正常より高くなると、甲状腺機能亢進によるさまざまな症状が出ます。 代表的なものは頻脈、心気亢進、手の震え、体重減少、多汗、眼球突出などです。ほかに不整脈(心房細動)などの循環器系の症状。食欲亢進、軟便または下痢、肝障害などの消化器症状。 脱力、筋力低下などの神経・筋症状などの症状を引き起こします。バセドウ病の原因である抗体により、バセドウ眼症と言う眼球突出も出現することがあります。またそれらによって、心不全や骨粗鬆症、不妊や流産などの原因となります。 男性に多いのですが希に低カリウム血症や、それによる足の脱力が来る場合もあります。
 ほかに治療前のバセドウ病や、他の原因や治療不十分で甲状腺ホルモンが過剰の時に、肺炎などの感染症や大けが、手術などのストレスをうけると、甲状腺ホルモンの過剰な状態に耐えきれなくなり、心臓などの複数の臓器の機能が低下し、死の危険が切迫した状態になります。これを「甲状腺クリーゼ」といいます。よって具合の悪いときに甲状腺機能亢進症の症状が出たらすぐに病院にかかることと、治療を中断しないようにすることが重要です。バセドウ病も治療して甲状腺機能を正常化できれば、それら甲状腺機能亢進による症状は改善します。

 

バセドウ病の検査

 

 主に問診と甲状腺の触診、採血と甲状腺超音波で診断いたします。採血にて甲状腺ホルモンであるFT4やFT3が高値で、甲状腺刺激ホルモンであるTSHが低値であれば、甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)と診断します。そして抗TSH受容体抗体を測定して陽性であれば、多くがバセドウ病の診断となります。 甲状腺超音波検査では、甲状腺はびまん性に腫大し、甲状腺内部の血流の増加が見られます。
 甲状腺機能亢進症の原因としてバセドウ病以外、抗不整脈薬のアミオダロンやインターフェロン、抗癌剤などによる薬剤性によるもの、腫瘍や炎症などが原因による甲状腺機能亢進症もあるので、診断が難しい場合は核医学検査(シンチグラフィー)などさらに追加の検査が必要になることもあります。
 

バセドウ病の治療

 バセドウ病の治療には、薬物療法や放射性ヨウ素治療(アイソトープ治療)の内科的治療と、手術による外科的治療に分けられます。それぞれ一長一短があります。

【薬物療法について】
薬物療法には抗甲状腺薬(チアマゾールやプロピロチオウラシル)と無機ヨウ素による治療法があります。多くの場合、抗甲状腺薬のチアマゾールから始まりますが、甲状腺ホルモンが下がりはじめるのに10日くらいかかるので、即効性のある無機ヨウ素を併用する場合もあります。 動悸、息切れなどに対してはβブロッカーと言う薬剤を服用します。甲状腺ホルモンが正常化するのに通常、数ヶ月を要します。それまでは、心臓に負担のかかるジョギング等の運動は控えます。 甲状腺ホルモンが正常化すればそれらの制限は解除されます。
【副作用について】
抗甲状腺薬は1940年代から今日までずっと使い続けられている治療経験の長い薬ですが、重篤な副作用があるので、服用には医師からの副作用説明と理解が必要です。副作用には皮膚のかゆみや発疹などの軽症副作用と、無顆粒球症(白血球の中の顆粒球の減少)、重症肝機能障害、MPO-ANCA関連血管炎などの重症副作用に分けられます。重症副作用である無顆粒球症の発症は、高熱と咽頭痛が起こります。このような症状が起きた場合、すぐに病院に来て採血する必要があります。発症した場合は服薬を中止。重症度によっては入院治療が必要となります。 無顆粒球症が発症するのは服用開始3ヶ月以内が多いと言われますので、内服開始後は2週間毎の通院が必要です。また、服用1年経って発症することもありますので、服用している間は注意が必要です。
【経過について】
甲状腺機能が正常化すると数ヶ月おきの通院で十分ですが、症状が良くなったからと服薬を自己中断せず服用を継続することが大切です。定期的な甲状腺ホルモンの測定結果を見ながら抗甲状腺薬を減量。最小量で半年以上経てば内服の中止を検討いたします。中止してもバセドウ病が再燃し甲状腺ホルモンが上昇する可能性がありますので、しばらくは定期的な通院が必要です。
【妊娠と薬剤について】
妊娠初期の妊婦さんにはチアマゾールはMMI奇形症候群という副作用があるので、挙児希望の場合は医師に申し出ることが大切です。
【無機ヨウ素について】
抗甲状腺薬で副作用が出た場合、また早く正常化させる必要がある場合は無機ヨウ素による治療があります。無機ヨウ素による治療は、重篤な副作用がなく即効性がある反面、長期服用で効果がなくなるというエスケープ現象が知られています。しかし、すべてのバセドウ病患者さんに起こる物ではなく、長期のコントロールも可能な患者さんもおります。授乳婦についてはヨウ素の母乳での濃縮により児の甲状腺機能低下を生じる可能性があるので可能な限り避けます。
【アイソトープ治療】
アイソトープ治療はアイソトープ(放射線)のカプセルを服用する治療です。アイソトープ治療は抗甲状腺薬による副作用や手術による手術の痕や嗄声(声がれ)などの合併症が無いことより欧米では良く治療選択がなされます。しかし、日本においては被爆国と言う事もあり放射線に対する抵抗感と、治療できる施設が限られているので積極的には用いられておりません。放射線を使用するので妊娠中や授乳婦、6ヶ月以内の妊娠の可能性ある時は治療できません。また治療により甲状腺眼症が悪化することがありますので、よく医師の説明を聞く必要があります。
【手術療法】
手術療法は、抗甲状腺薬により重篤な副作用が出た場合、腫瘍を合併している場合、TSH受容体抗体が高いために難治性や出産に不安のある妊婦さん、バセドウ眼症が高度な方などに適応があります。 手術には甲状腺を少し残す亜全摘と全摘があります。亜全摘は再発率が高いのに対し、全摘は甲状腺ホルモンを永続的に服用する必要がありまが、確実に下げられますので全摘が選択されることが多いです。

バセドウ病は遺伝するのか

 バセドウ病の遺伝に関しては、家族や親類の中で複数の発症を認めるなど、遺伝の関与があるのではないかと考えられています。 しかし、同じ遺伝子を持つ一卵性双生児がともにバセドウ病になる確率は30~40%程度と言われており、遺伝因子だけがバセドウ病の発症に関与しているとは言えません。バセドウ病の発症には、遺伝因子と環境因子(感染、ストレスなど)の両方の関与があるのではないかと考えられています。また、母親がバセドウ病の場合、娘がバセドウ病になる確率(危険率)は通常の約6〜10倍程度と言われており、正常者と比較すると発症の確率はやや高いかもしれません。 しかし必ずしもバセドウ病になるというわけではありません。

バセドウ病と妊娠について

 バセドウ病でも妊娠・出産することは可能です。しかし、適切な治療が行なわれずに甲状腺機能亢進が増悪すると妊娠高血圧症候群や流産、早産、死産、低出生体重児、新生児甲状腺機能異常などの発症リスクが高まります。よって妊娠前から甲状腺機能を管理することが重要であり、主治医とよく相談することが大事です。また妊娠初期では【妊娠と薬剤について】にも記載したチアマゾールによるMMI奇形症候群と言う副作用がありますので、プロピロチオウラシルに切り換える必要があるなど、定期的な受診と適切な治療が大切です。出産後、授乳中においては母乳中の無機ヨウ素は濃縮により児の甲状腺機能低下を引き起こす可能性があるので避けます。

日常生活について

 未治療のバセドウ病で、甲状腺機能亢進による症状がある場合は、心臓に負担のかかる階段の使用や運動は控えてください。 過度な飲酒も不整脈を誘発する可能性があるので控えてください。食事については、ヨウ素を含む食品、例えば海藻類を制限する必要はありませんが過度な摂取は控えてください。 甲状腺ホルモンが高い時は、甲状腺ホルモンが正常化するまで妊娠を待機して頂くことと、造影剤を用いたCT検査や手術が難しい場合があるので、治療中である旨を医師に申し出ることが大切です。治療により甲状腺ホルモンが正常化すれば、特に運動制限、食事(ヨウ素を多く含む食品)や手術などの治療制限はありません。
 またバセドウ病が寛解し、休薬中であってもバセドウ病があることを医師に申し出てください。ストレスでバセドウ病は悪化すると言われており、過労や睡眠不足などに注意してください。 喫煙については、原因は不明ですがバセドウ病やバセドウ眼症(眼球突出)を悪化させるので、生涯にわたり禁煙を推奨します。
 バセドウ病は、自己免疫疾患の一つであり生涯にわたり付き合うことになる病気ですが、診断がきちんとつけば治療法があり、定期的な検査を受けていれば他の方達と変わらない生活ができます。疑問や不安がございましたらご相談ください。  


2021年6月
杏林大学医学部付属病院 糖尿病・内分泌・代謝内科
学内講師 田中 利明