病院・診療科について乳がんの基礎知識と治療

 女性のがんの中で最も多いのが「乳がん」。近年、日本では患者数は増加傾向にあり、日本人女性の9人に1人が乳がんを経験するといわれています。
 2021年には罹患者数が10万人を超え、死亡数も約1万5千人に上りました。しかし、早期発見・早期治療により命を守ることができる病気でもあります。

乳がんはどのようにして起こるのか?

 乳房は、母乳をつくる「乳腺小葉」と、それを乳頭へ運ぶ「乳管」からできています。この乳管や乳腺小葉の細胞ががん化して増殖したものが「乳がん」です。
 多くは乳管で発生し、乳管の中だけにとどまる「非浸潤性乳がん」と、外へ広がる「浸潤性乳がん」に分けられます。乳房の外側上部に発生することが多く(全体の約半数)、次いで内側上部、外側下部の順となっています。
 乳がんは、わきの下の「リンパ節」を経由して骨、肺、肝臓などに転移することがあります。特に「センチネルリンパ節」と呼ばれる場所は、がん細胞が最初に到達する重要なポイントです。ここに転移がなければ、他のリンパ節にも転移していない可能性が高いとされています。

乳がんになりやすい人とは?

 乳がんの発症には、生活習慣・女性ホルモン・遺伝の3つが関係しています。

  • 欧米化した食生活(動物性脂肪の多い食事)や肥満、飲酒、喫煙
  • 出産経験がない、初潮が早い、閉経が遅いなどホルモン分泌が長い期間続くこと
  • 家族(母・姉妹・祖母など)に乳がんの既往があること

 全体の5〜10%は「遺伝性乳がん」といわれています。これはBRCA1・BRCA2という遺伝子に変異がある場合に発症しやすく、血縁者に乳がんや卵巣がんの方がいる場合は注意が必要です。
 遺伝性のリスクがある場合は、定期的な検診で早期に見つけることが大切です。

 

セルフチェックを習慣に

 

 乳がんは自分で気づける数少ないがんのひとつです。30代からは月に1回のセルフチェックを習慣にしましょう。月経終了後4〜5日後、または閉経後は毎月決まった日に行います。  

 【セルフチェックのポイント】

  1. 鏡の前で両腕を上げて、乳房の形を観察(くぼみ・ひきつれ・湿疹などがないか)
  2. 仰向けになって指の腹で軽く押しながらしこりを確認(特に乳首の外側上部)
  3. 乳首を軽くつまみ、血のような液体が出ないかをチェック
 乳房はつままず、指の腹で優しく触れるのがコツです。「いつもと違う」と感じたら、すぐに医療機関を受診しましょう。

乳がんの治療と選択肢

 乳がんの治療は「薬物療法」「手術」「放射線治療」を組み合わせて行います。
最近では、組織生検の結果により、がんの性質(ホルモン受容体、HER2、遺伝子変異など)を詳しく調べ、それぞれの患者さんに合わせた治療が選択できるようになっています。

薬物療法の進歩

 薬物療法には大きく分けて下記の3つがあります。

  • ホルモン療法:ホルモン感受性のがんに有効で、ホルモンを抑える。
  • 化学療法:抗がん剤。細胞周期を止める。悪性度が高い、リンパ節に転移がある場合にも使用。
  • 分子標的療法:がん細胞の特徴的な分子を狙い撃ちする。

 抗がん剤治療は以前に比べて副作用対策が進み、症状をコントロールしながら治療を継続できるケースが増えています。抗がん剤治療のために起きる脱毛も頭皮を冷却する治療によって軽減ができますし、治療後には髪が生えてきます。

手術と乳房再建

 手術では、がんの部分とその周囲の乳腺を取り除き、乳房の形をできるだけ保つ「乳房温存手術」と大胸筋などを残して乳房全体を切除する「乳房全切除術」があります。切除後は乳房の再建を行い、見た目を整えます。

  • 筋皮弁法:お腹などの皮膚や脂肪を胸に移植する方法
  • インプラント法:シリコンなどを用いて形を整える方法

 現在は再建までを含めた治療が一般的になっており、自分らしい形を取り戻すことができます。  

 

まとめ

 乳がんには「確実な予防法」はありません。
しかし、自分の体を知ること・定期的な検診を受けることが最大の予防になります。
セルフチェックで早めに変化に気づき、年に1回は検診を受けましょう。


2025年10月
杏林大学医学部乳腺外科学
教授 井本滋
(医学部付属病院 乳腺外科
(※動画で市民講座 学びの杜 2022年度「乳がん診療の最前線 早期発見と適切な治療」より)