大学ホーム外国語学部一般の方論文・翻訳コンテスト第3回翻訳部門(英語課題→日本語訳)講評

論文・翻訳コンテスト

翻訳部門(英語課題→日本語訳)講評 教授 原田範行

今回の課題文は、人の名前をよく忘れてしまうことに困っている女性筆者のエッセイです。「困っている」と言っても、彼女は、それを巧みにかわす術を身につけ、さわやかに、たくましく暮らしています。その様子が軽妙に語られているところに本エッセイの妙味があり、全体としてそういう雰囲気が理解されているか、またそれが翻訳文に反映されているかということが、まず審査のポイントになりました。

以下、具体的に重要な点を見て行きましょう。第1段落1行目、“name challenged”は多くの人がよく工夫していました。“challenged”は、差別的な意味合いを含む“handicap”や“disability”に代わる語として使われます。3行目から4行目にかけて、“I’ve got to get my brain oiled after getting rusty . . .”という表現がありますが、“get to do”は、「どうにかdoしている、doできるようにする」ということで、クリスマスや新年を陽気に過ごした後、すっかり錆びついてしまった頭に無理やり油を差しているような感じがする、というわけです。6行目の“(an embarrassing) social mishap”は、「社会的災難」ではなんのことか分かりません。“social”と来たらなんでも「社会的、社交的」とするのではなく、「人々の間で」「世間で」「人前で」など、単語そのものがどういう意味なのかを考えるようにしましょう。それが原文理解の大切な鍵です。

第2段落と第3段落には、誤解しやすい並列表現があります。第2段落では、“juku, dance and chorus instructors”、第3段落では“high school, college and graduate school classmates”のところです。いずれもさまざまな友人・知人を列挙しているわけですから、「塾」や「ダンス」と、「コーラスの先生」が並列になってはおかしいですね。第3段落の最後に“Quite naturally”という表現がありますが、これも工夫のしどころです。「全く自然に」では何が「自然」なのかはっきりしません。ごく自然に見えるように筆者がすまして取り繕っている様子が示されています。

第4段落に入り、最初のところ、“I thought I’d figured it all out”は、従属節の時制のずれに注意してください。「何事もこれでうまく行っていると思っていた」ということです。ところが犬を飼い始めて散歩に連れ出すと、いろいろな犬に出会ってもう名前が大混乱、という様子が軽妙に語られています。3月までには記憶力が蘇ってくれればと願いつつ、でもその頃には、今度は“spring fever”に悩まされるだろうな、というわけです。

優秀賞の内木場さん、山根さんの翻訳はみごとな出来栄えでした。上述のポイントについてもほとんど問題がありませんでしたし、なんと言っても原文のリズム感が大切にされていて好感が持てました。奨励賞は植村さん、岡野さん、神原さん、清水さん、鳴神さん、湯浅さんの六人の方々が受賞されました。いずれも優れた翻訳に仕上がっていましたが、それぞれ若干の誤解や表現の彫琢に欠けるところがあって、奨励賞となりました。

翻訳は、単なる言葉の置き換えではありません。原文の表現の意味を、そこに込められた作者の心境や情感をも含めてまず正確に理解した上で、これを、語彙も文法も異なる別の言語で的確に伝えるというわけですから、一種の創造的行為と言えます。翻訳を通じて、英語と日本語のそれぞれが持つ言葉の力とその豊穣さを存分に実感していただきたい、今回のコンテストがその一つのきっかけになればと、審査員一同心より願っております。

このページのトップへ

PAGE TOP