大学ホーム国際協力研究科現代を読み解くために国際協力研究科ができること研究テーマと深く関係する人間と社会の幅広い知識を

研究テーマと深く関係する人間と社会の幅広い知識を

人間と社会の理解が国際医療協力の基盤

 「国際医療協力」というと、たとえば2009年から猛威を奮っている新型インフルエンザの対策などを、思い浮かべる人が多いかもしれません。いかにして国境を越えた感染を防ぐか、あるいは、いかにして必要量のワクチンを確保するか……。国際医療協力において、そのような技術面や資源の運用に関わる協力が中心であることはいうまでもありません。しかし私は、どのような医療協力を行なうときも、その前提として、人間とその社会を深く知ることがとても大事だと考えています。医療サービスも保健サービスも、それが海外に向けたものであれ国内に向けたものであれ、ある地域社会、そしてそこに住む人々に対して提供されるものだからです。

 私が専門とする「疫学」は、統計的な手法を用いて、疾病の発生と人間の生活習慣や環境との関係、そして保健医療サービスの効果や効率を明らかにする科学です。大学院生が疫学的な方法を用いて論文を作成するとき、学生がまず思うのは統計的な分析手法のことです。しかし、分析の対象とするデータの質が一定の水準に達していないと、どのような分析手法を用いても有益な結果を導くことはできません。そして、分析に値する質の高いデータを得るのに欠かせないのが、人間とその社会の理解です。

 以前、タイの町を訪れたとき、ちょうどそこで調査をしていた大学院生と話す機会がありました。話を聞くと、その学生は、「住民が調査に協力してくれないので、予定通りに進まない。」、と悩みを打ち明けてきました。一人異国に渡ったその学生は強い研究意欲をもち、研究テーマも興味深いものでした。しかし、その時点では、住民の目には、見知らぬ外国人がわけのわからないことをしに来たとしか見えていなかったのでしょう。

 調査の協力を得るためには、その社会が認める手続きを踏み、それが地域の健康の向上につながるなど、住民に調査の意義を理解してもらう必要があります。研究者が個人的なつながりを持たない地域では、全くゼロの段階から、住民が協力しようと思ってくれるだけの良好な人間関係を、じっくりと時間をかけてつくる以外に手はありません。そのような時間が無いときは、指導教員または院生本人が知っている現地の関係者と密に連絡を取り合って、十分な支援を受けながら調査を進める必要があります。

 また疫学調査では、アンケート調査がよく用いられますが、その場合、回収率が問題となります。回収率が低いと回答が偏り、正確な実態把握がむずかしくなるので、私は、9割以上の回収率を目標にすることを学生に勧めています。これは極めて高い目標と思われるかもしれませんが、日本・韓国・ネパールでの経験によれば、対象者の立場や地域の事情をよく考えて準備をすると、十分に達成可能な目標です。

 ただ、研究者を取り巻く時間的な制約や、研究費の交付期間などがあるので、時間をかけた研究は行いづらいのが現実です。また、80〜90年代以降、パソコンの発達に伴って統計解析ソフトの開発と利用が進み、その技術習得に時間を割く必要が生じたこともあって、データ収集にあてられる時間は削られる傾向にあります。

 しかし、なんでも時間を短縮し、効率化すればよいというものではありません。とくに人間同士の信頼関係を基盤としている保健医療の現場では、時間をかけるということは、大きな意味を持ちます。近年、効率化の功罪が様々な場面で語られ、調査についても丁寧な実施を強調する教科書が現れていることは、望ましい変化といえるでしょう。

専門外の科目を学び幅広い視野を

 本専攻は、看護師、臨床検査技師などの保健医療関係者が多いと思いますが、経済や法律や政治を勉強してきた者もいて、学生の専門分野は様々です。また、本専攻修了後に海外で活動する人もいますが、青年海外協力隊などの経験者も少なくありません。

 そのような経験者と話していると、彼らの視野の広さを感じます。それは、国際医療協力の現場では、種々の要因(生活スタイル、自然環境、社会経済環境、保健医療システム、国の政策など)が、人々の健康に大きな影響を与える様を目にする機会が多いからだと考えられます。また、人的および物的資源の不足を補うために広い視野で考えざるを得ない場合が多いことも、大きな理由として挙げられると思います。

 しかし、一つの活動を長く続けていると、自分の専門技術や関係している事業など、特定の視点だけからサービスを見る傾向が強まることも、また事実です。複数の経験者が、「滞在中、見ていたのは地域のサービスだけでした。国全体のサービスについては、大学院に入ってから初めて考えました。」、あるいは、「看護師として医療協力活動に参加しましたが、その国の経済状況と医療サービスの関係については、あまり考えたことがありませんでした。」、と述懐した背景には、そのような事情が考えられます。

 国際医療協力に携わる者は、高い専門技術をもち、人間と社会をよく理解し、幅広い視野の中に保健医療サービスを適切に位置づけることが求められます。これらの力を身につける上で現場経験は欠かせませんが、幅広い視野で国際医療協力を見る力を養うには、むしろ現場を客観視できる大学院などでの学習や研究が有効だと考えられます。

 本研究科は、総合大学に設置された大学院であることから、医学、保健学、社会科学、人文科学など、多くの分野の科目を履修することができます。国際医療協力に携わる前と後のいずれの方でも、専門外の様々な科目を学びながら、自分の研究テーマを深めることができます。そして、その経験が修了者の実践に活かされることを願っています。

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