術前評価〜術後管理まで、シームレスな周術期管理
麻酔科管理の手術件数は年々増加傾向でここ数年は年間約7,000件に上り(過去5年間の手術件数)、手術内容も多彩です(2021年度の麻酔科管理手術の内訳)。当院麻酔科の特徴は、術前〜術中〜術後を通したシームレスな周術期管理を行っていることです。かつては麻酔科医の仕事の中心は“術中の麻酔管理”でしたが、近年は麻酔科医がきちんとした周術期 (術前・術中・術後を通した期間) 管理を行うことで手術患者の術後アウトカム改善に寄与できる可能性が示されています。当科では周術期管理センターで全ての予定手術患者の術前診察と評価を入念に行い、その情報を元に個々の患者に最適な術中管理を行っています。
19室ある全ての部屋に脳波モニタと筋弛緩モニタを設置、活用しているほか、手術室専用の末梢神経ブロック用の超音波装置は9台、フロートラックは11台あり常にフル稼働しています。また、手術室内に高流量鼻カニュラ(ネーザルハイフロー)が3台常備され、困難気道に対しても迅速に対応することができます。術後は術後疼痛管理チーム(Kyorin Acute Pain Service: KAPS)が中心となり、当院オリジナルの標準的なプロトコルに則って痛みや吐き気、その他の合併症に丁寧に対応しています。当院の術後疼痛管理チームの活動は、2022年度に新たに認められた術後疼痛管理チーム加算のための基礎データとして活用されるなど外部からも高く評価されています。また、ICUに専従医を配置して重症患者や高侵襲手術の術後管理もしっかりと行っています。
この他、複数の診療科が関わる手術やハイリスク手術、長時間手術については、週に2回行われる合同カンファレンスで、手術の進め方などの情報を手術に関わるスタッフが事前に共有することで手術の安全性を高める工夫をしているほか、BMIが35を超える症例や、特殊な術中体位をとる手術などでは、手術前日に患者さんに手術室にお越しいただき、主治医、麻酔科医、手術室看護師で気道評価や体位シミュレーションを行うなど入念な準備をしています。
周術期管理センター
全症例をカバーする周術期管理センター
当院では麻酔科管理で手術を受ける全ての患者さんが事前に周術期管理センターを受診します 。全手術患者さんが周術期管理センターを受診する施設は全国的にみても多くありませんが、当院では外科系診療科の理解と協力のもとこれを実現しています。当センターでは麻酔科医2名、看護師4名、薬剤師1名、歯科衛生士2名が常駐し、術前評価と麻酔説明を行っています。(過去5年間の実績)
周術期管理センターには、2つの目的があります。
- 適切な術前評価を行うこと。最近は、術中の麻酔管理だけでなく、術前から術後に至る周術期全般にわたり麻酔科医が深く関与することで、周術期の合併症が少なくなる可能性が示されています。これを実現するためには豊富な経験と高度な知識を持つ麻酔科医が術前評価を行う必要があります。
- 麻酔について患者さんに理解していただくこと。それぞれの患者さんの手術内容と術前の状態に応じて最適な麻酔方法を麻酔科医が立案し、具体的な方法や考えられるリスクを分かりやすく説明します。
当院では、患者さんが周術期管理センターを受診するまでに血液検査や心電図、胸部レントゲンのほか、それぞれの患者さんに必要と考えられる検査結果が主治医により全て揃えられます。また必要があれば事前に他科コンサルが行われ、その結果をふまえて麻酔科医が術前評価を行います。さらに、多くの患者さんが手術の2週間前までに当センターを受診するため、麻酔科医が追加検査が必要と判断した場合でも、余裕を持って対応することが可能です。このように、当院では麻酔科医が主治医、専門家と連携して周術期管理を行っています。この他の特徴として、以下のようなものがあります。
- 周術期管理センター専任の薬剤師が常駐し、患者さんの服薬内容やアレルギー、さらには既往歴に至るまで入念にチェックし、主治医に対して術前の休薬や服薬継続などの提案をしています。専任薬剤師が常駐することで、術前の休薬忘れによる手術延期を未然に防ぐことが可能となりました。
- 歯科診察室を併設し、顎口腔科(歯科医師・歯科衛生士)による術前歯科診察・口腔衛生指導を行っています。当院では術前診察だけではなく、手術前後にも歯科衛生士が病棟を回って口腔機能管理を行い、誤嚥性肺炎などの術後合併症の減少に努めています。
- 70歳以上の全ての患者さんで握力測定、5回椅子立ち上がりテスト、体成分分析装置InBodyを用いた骨格筋量測定、問診を行い、サルコペニア、フレイル、オーラルフレイルのスクリーニングを行っています。これらの患者さんに対しては適切な介入を行うことで術後の予後を改善できることが多くの研究で示されています。
- 緩和ケア外来を併設し、通院できる患者さんの症状緩和を行っています。入院患者さんに対しては緩和ケアチームで回診を行っています。
術後疼痛管理チーム
他院のモデルとなるシステマティックな術後鎮痛
杏林麻酔科の特色のひとつに、術後痛管理(Acute Pain Service:APS)チームの存在が挙げられます。
APSチームというのは、その名の通り、手術患者の術後痛に対して素早くそして適切に対応する多職種で構成されたチームです。APSチームが手術患者の術後痛を緩和させ早期回復を助けることは多くの研究で示されており、欧米では多くの施設で取り入れられているサービスですが、日本では人的資源やコストの問題であまり取り組まれていないのが現状です。
そんな中、杏林大学では2018年に麻酔科が中心となってKyorin Acute Pain Service(KAPS)を立ち上げ、手術患者の術後痛を減らすために活動をはじめました。KAPSのメンバーは、麻酔科医、看護師、薬剤師で構成されており、術後の患者の痛みを正確に評価し、鎮痛が不十分な場合には鎮痛薬や区域麻酔を用いて患者の痛みを和らげるよう日々活動しています。
2022年度から日本でもAPSの活動に対して保険診療加算が算定できるようになりました。今後は日本でも多くの施設でAPSチームが設立されると思いますが、KAPSはその先駆けとして、日本の術後痛管理をリードしていくAPSチームです。興味のある方は、ぜひ一緒に術後痛に向き合ってみませんか?
集中治療
多様な患者に対応できる豊富なリソース
杏林大学では、院外からの重症患者を救命救急センターに、院内で重症化した急性期患者や高度な術後管理を要する心臓外科や消化器外科、重度の合併症を有する患者などをCICU (Central ICU) に、その他の高侵襲手術の術後患者をSICU (Surgical ICU) に収容し、重症患者の管理を集約化しています。麻酔科ではCICUとSICUに専従医を配置し、これらを運営しています。
診療に関しては、集中治療専従医と各科の主治医が協力して集中治療管理を行っています。呼吸管理や循環管理だけでなく、感染、栄養管理などについてもサポートを行っています。主治医やコメディカル、抗菌薬適正使用支援チーム (AST) や栄養サポートチーム (NST) との連携がよいため、お互いの強みを生かした治療を行なっています。
現在、麻酔科医3名がICUに専従しており、初期研修医および専攻医の教育にも力を入れています。希望者は院内ICUや関連施設でのICU研修を行うことができ、集中治療専門医の取得も可能です。集中治療に興味がある先生、術後管理を勉強してみたい先生、Team ICUで一緒に頑張りましょう!