公開講演会・公開講座
生きていることば 社会言語学の魅力に迫る!(講演概要)
2015年10月31日開催:杏林大学公開講演会
八木橋 宏勇(専門:認知言語学・社会言語学・第二言語習得論)
○講演概要
社会言語学は、言語を社会との関わりで研究する言語学の一分野です。「社会」をマクロに見ると、各国の言語政策、多言語社会における言語問題などが研究対象となりますが、一方でミクロの見方を取ると、いわゆるコミュニケーションに関わる諸問題(地域・場面・階級・職業・年齢・性別・人種といった社会的変数とのかかわり)を扱うことになります。分業制を敷く言語学にあって、言語使用と社会を結ぶ研究領域が社会言語学の守備範囲と言えます。
本講演では、社会言語学の中心的なトピックである方言を取り上げ、言語の問題が社会問題を誘引していると想定される事例を紹介しました。
しばしば忘れられがちなことですが、我々が暮らす日本は、言語においても地域的多様性に富んでいます。したがって、一律に東京方言(いわゆる日本における標準語)を前提としたコミュニケーション技術を説いたとしても、「生きた血の通う人間同士のしなやかなやりとり」は十分に達成できないことも想定されます。各地域には、そこで長年培われてきた固有の価値観があり、それは言葉に宿る言霊として、日常のコミュニケーションにも顔をのぞかせているはずですが、巷にあふれるコミュニケーション関連の書籍・教材は、総じて東京方言を中心に書かれているように思います。
今回お話しした「大都市圏以外の医学部における方言問題」の概略は以下の通りです。
・地方大学医学部には、他地方からの入学者が多い(東北地方のある医学部では、入学者の約7割が関東地方出身)
・いまなお方言主流社会である東北地方の医学部では、特に関東地方からの入学者が方言の壁に直面し、患者と十分にコミュニケーションを行えないという事実があるようである。
・上記が一つの理由となり、医師免許取得後にその地を後にして関東に戻る医師が多いようである。そのため、当該地域では、地域医療を担う医師を十分には確保できなくなり、地域医療の崩壊が発生している(可能性がある)。
本来、情報伝達を担うはずの言葉がコミュニケーション不全を引き起こす要因になっている事例は、裁判員裁判の導入による司法の現場でも生じているようです。言葉にまつわる諸問題は、いわゆる標準語を介して一律に説くことはできず、多様性を考慮した取り組みが求められていると言えます。
※本講演の内容については、以下を参照ください。
八木橋宏勇(2011)「津軽弁と地域医療崩壊」(熊谷文枝(編著)『日本の地縁と地域力』ミネルヴァ書房、第4章所収)
平成27年10月31日(土)『生きていることば 社会言語学の魅力に迫る!』
外国語学部
准教授 八木橋 宏勇
杏林大学 広報・企画調査室