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来賓祝辞

国際基督教大学前学長 公益財団法人大学基準協会専務理事 鈴木典比古 様 

 杏林学園にご入学の皆さん、心からお祝いを申し上げます。また、ご父母の皆さまにもお祝い申し上げます。昨今の我が国は、東日本大震災によって2万人近い尊い人命や膨大な数の家屋・施設が失われたり、交通網や地域の人々が生活していくのに必要なインフラストラクチャー(infrastructure)が破壊され、また、地震や津波により引き起こされた東京電力福島第1原子力発電所の放射能漏れ等があり、更には、国の産業や経済の停滞など多くの問題が山積しております。そのような中で皆さんは人生のハイライトと言われる20歳前後に達し、これからの貴重な4年間を過ごすために杏林学園を選んで入学されました。この状況はイメージ的にどのように感じられるでしょうか。おそらく以下のようなものではないでしょうか。すなわち、皆さんを取り巻く社会には色々な問題がありますが、そのような中で皆さんお一人お一人が今、ひと組の絵の具と数本の絵筆と真っ白な画用紙を渡されたところであります。そして4年間をかけて未来の自分を想像して未来自画像を描くことに取り組むことになっております。諸君が一人として同じでない、自分の自分による自分のための自画像を描くために杏林学園に集い学生生活を始めるところであります。どのような未来の自画像を描くかはまったく自由でありまして、空想に基づいて描けばよろしいのです。心弾ませて自由に描けばよろしい。
 
 ただし、皆さんに守っていただかなければならない約束と責任は、描く絵は必ず自画像でなければならないということです。また、描き出したならば必ず描き続けなければならないということであります。他人の似顔絵や風景や物体を描いてはなりません。この自由と責任を持って自分の自分による自分のための未来自画像を描くこと。これがみなさんのこれからの生活の課題である、あるいは学生生活のすべてであると言ってもよいと思います。社会的には困難や不安に満ちた中で、特に被災地からきた学生さんがおいでの場合には自画像なんて描いている場合ではない、少しでも世の中に役立つような、あるいは復興に役立つようなことをしなければならないとお考えの方もいらっしゃると思います。しかし、私のアドバイスは、そうではあっても未来の自画像を描くことに集中せよ、あるいは誤解を恐れずにもっと強く言うならば、自分の未来の自画像を描く以外のことをしてはならないということであります。
未来の自画像を描く、その時にはどのような準備が必要でしょうか。まず、手始めとしては鏡を見て自分の顔をじっくりと観察することが必要であります。現在自分はどのような目鼻立ちや、顔の輪郭をしているのか、鏡に穴があくほど自分を凝視することで自分の顔の特長を把握することができるでありましょう。それから現時点での自分の顔のデッサンを気の済むまで入念に繰り返し行うことであります。最初の10枚ほどのデッサンは下手で稚拙なものでありましょう。しかし、諦めずに100枚ほどもデッサンをしていけばそのうちに自分の顔の特長をよく描いたお気に入りのデッサンが描けるようになるものです。
 この自分のお気に入りのデッサンが描けるようになる、このことは非常に重要であります。なぜならば、自分のお気に入りのデッサンの対象は自分ですから、自分が自分のことを好きにならざるを得ません。この自分を好きになるということは、少し難しい言葉で言いますと、自分を肯定するという表現になります。
 
 さて、皆さんの大学時代の課題は、未来の自画像を描くことであり、自分の現在の自画像を描くことはそのための準備・作業であります。その準備・作業を続けていくうちに皆さんは現在の自分の姿のデッサンの腕を上げ、お気に入りの自画像が描けるようになり、現在の自分を好きになり、現在の自分を肯定する段階に達します。その「自分肯定」を出発点として、いよいよ未来の自分の自画像を描くことになります。その場合、未来とはいつ頃のことを指すのでしょうか。1年後でしょうか、あるいは10年後でしょうか、30年後でしょうか、あるいは50年後でしょうか。あるいはこのように未来の特定の時期というのではなくて、時の流れを考慮して、これらすべての時期の継続の中で、変化する何枚もの自画像を描くことが可能かもしれません。いずれにせよ、この未来の自画像を描くということは、現在の自分の鏡で見るということでは描けませんから、未来の自分を空想するということが出発点となります。現在の自分を肯定し、未来の自分を強い想いを持って空想し、その想いが成就した姿を描く。このことが未来の自画像を描くということであります。
 
 ここでもう一つ申し上げたいのは、空想による自画像は描き直しが可能であるということです。一度描いたら書き直しが出来ないということではありません。空想による自画像が上手く描けなかったり、あるいは描き損じができた場合にはいつでも描き直しが可能であり、諦めない限り幾度でも描き直しが出来ます。描き直しを続けているうちに、今度もお気に入りの空想による自画像のデッサンが描けるようになるでありましょう。
 
 ここまでで私は幾度か、空想による自画像のデッサンを続けること、それが大切であると申し上げました。しかし、諸君の中には空想だけで自画像をデッサンしても、その空想が実現されるのか、現実はそれほど甘くはないと反論される方がいるかもしれません。しかし私の考えは、我々の空想する力は現時点で事実として存在する現実と、時間的にはまだ来ない将来とを繋ぐ人間にとって固有の、また唯一の力なのであって、我々が持っている最も高級な能力である、そしてこの最も高級な能力は、すべての人に備わっているということであります。この最高級の能力を使って自画像を描こうとすると何が起こるでしょうか。何が起こるかは、色々な言い回しや表現で説明されてきました。曰く、「念ずれば通ず」あるいは「夢か現か」、これらの表現は空想が現実化するプロセスを一言で表したものです。あるいは、もっと教訓的なものとしては、キリストが聖書の中で述べているように、「強く求めなさい。そうすれば与えられる」、「聞きなさい。そうすれば答えが見出せる」、「門をたたきなさい。そうすれば門は開かれる」。すべて、求める人は得ることができ、聞く人は答えを得ることができ、門をたたく人はその門が開かれるのです。
 
 さあ皆さん、杏林学園に入学したからには、空想を始めなければなりません。自画像を描き始めなければなりません。教員は、皆さんの自画像を描きに良いアドバイスをしようと、手ぐすねをひいて待っております。しかし、描くのは皆さんであります。大学の主役は皆さんであります。杏林学園を皆さんの色とりどりの自画像でいっぱいにしていただきたいと思います。


平成24年4月入学式来賓祝辞