座談会・学長、副学長、4学部長が語る
杏林の教育と新キャンパス

多様な世界で活躍する力を

学園創立50 周年の2016 年4 月にいよいよ井の頭キャンパスを開設します。三鷹と八王子に離れていた2 つのキャンパスが三鷹に集結することによって、杏林大学の新たな教育の可能性が開かれようとしています。主役である学生たちの成長をどう支えていくか、新キャンパス開設後の杏林教育のめざす姿について、跡見学長、スノードン副学長、渡邊医学部長、大瀧保健学部長、大川総合政策学部長、坂本外国語学部長に語り合っていただきました。

■井の頭キャンパス　深まる学びときずな
キャンパス移転、新しい教育とは
跡見学長：杏林大学には医学部、保健学部、総合政策学部、外国語学部の4 つの学部に約5,000 人の学生が在籍しています。
　学生数の多い大学では、学部ごとにキャンパスが違ったり、卒業まで同じキャンパスで過ごせないことがあります。
　総合大学でありながら、非常にまとまりやすい規模の杏林大学にとって2つのキャンパスが近くなることの利点は極めて大きい。
　井の頭キャンパスでは、学生は４学部の様々な講義や教員の研究にふれることが容易になるだろうし、学生間の交流もしやすくなります。
　他学部教員による講義もすでに始まっています。たとえば日本語教育を担当する外国語学部の教員が医学部で行う授業は、患者とのコミュニケーションが重要視される医師をめざす学生に非常に好評です。
　一方留学者の多い外国語学部では、グローバル化を背景に特定地域での感染症が身近になったこともあり、医学部の教員による国際的な感染症の話には大きな関心が寄せられました。
　これを広げて「医療」をテーマにした場合、総合政策学部や外国語学部がかかわる「医療経済」「医療通訳」といった分野の学びが考えられます。異なる学部の学生が一緒に講義や実習をうけたり、ともに課題に取り組んだりすれば、別の視点の考えや意見を知ることができます。
　キャンパスが近くなればこうした学部間の連携がもっと増え、学生同士、学生と教員、教員同士の交流がさらに進むでしょう。

スノードン副学長：私の経験からも、大学時代は人生の道が形成される大切な時期です。友達皆が同じ専門ではもったいないことです。専門の異なる4 学部の学生が同じキャンパスに集う意味は非常に大きい。
　学びや人生の一時期を共にするコミュニティとして井の頭キャンパスは、学生たちが人生を始めるのにふさわしい場所です。

■医療系−文系の学部連携
渡邊医学部長：医療の現場では、他職種と行うチーム医療が基本です。その意味で、特に保健学部との連携を教育に活かしたい。看護や臨床検査などさまざまな分野の教員からそれぞれの職種が医療の中でどのような役割を担っているかを学ぶことができるでしょう。
　また、学生同士で一つの問題に取り組むことで、保健学部の学生はどう考えるかを知ることもよい経験になります。　
　キャンパスが近くなればそのような機会も専門教育が深まるごとに頻回に設けることが可能になるかもしれません。
　一方、医師になればいろいろな患者と接することになります。従って、医学生にとって社会の常識や
世の中の動きを学ぶことも大切です。
　また、6 年次のクリニカルクラークシップ（参加型臨床実習）を海外で行う学生も多く、その国の文化や社会について理解を深めることが大切になります。

さらに、医学の世界では最新情報の収集や論文発表は英語で行うため、英語は基本的なツールとして習得しなければなりません。こういった点で、文系学部との連携を医学教育の中に取り入れていければと考えています。

大瀧保健学部長：付属病院が近くにあることは大きなインパクトです。保健学部がある大学で付属病院が近接する大学はめずらしく、医学部と連携しているケースはあまりありません。
　今まで病院実習は9 時から17 時の日中のみでしたが、早朝や夜間の実習やボランティア活動の可能性も広がります。
　付属病院には模範になる先生がたくさんいます。その人たちの背中を見ながら実習できることは有意義なことです。
　社会を知るために、総合政策学部の教員がそれぞれの専門のテーマで社会の動きを解説した科目「社会のしくみ」がありますが、保健学部の学生もこれを活用した講義を受けられるとよいですね。
　学生はどんな企業に就職してもコミュニケーションのツールとして英語は必要になるでしょう。外国語学部の協力を得て、使える英語が4 年間で身につけられるとよいと思っています。

大川総合政策学部長：各分野で専門化の進んだ現在、多角的な視点から物事を総合的に把握することが益々重要になっています。このため、これまで学部内で進めてきた学際教育を一段と充実させ、学生には法学、経済学、政治学等の

基礎的な社会科学を広く浅くではあっても一通り学んでもらい、その後に自分の専門を決めてその中で自由に履修科目の選択ができるようなカリキュラムを導入する方向で考えています。
　さらに、近くなる医学部や、同じキャンパスだった保健学部、外国語学部とも連携を強め、自然科学や人文科学の分野も交えた学部間の学際教育を展開することもできると思います。たとえば少子高齢化の下で日本の社会保障制度は転機を迎えていますが、医学部や保健学部から高齢者医療や介護の実情を学ぶことで財政や政治の分野から社会保障を見るのとはまた違う認識を持つこともできるでしょう。
　また、グローバル化の対応として語学教育の充実等外国語学部との連携強化を従来以上に進めたいと考えています。

坂本外国語学部長：井の頭キャンパスに移ると、外国語学部の学生が医学や保健分野の講義・講演を聞くなど、普段とは違う学びに触れる機会が格段に増えると思います。
　他方、医学部・保健学部の学生が、それぞれの専門を外国語で学ぶ機会などは、外国語学部がお手伝いできることです。
　杏林のように外国語学部に観光の学科がある大学は少ないでしょう。観光交流文化学科の教育の特色であるサービスやおもてなしは、医師や医療スタッフにとって大事なことだと思います。その面でも貢献できると思います。

■学生同士の交流も深まる
課外活動における学部間連携
跡見：井の頭キャンパスでは、学生間の交流も深まるでしょう。スポーツ大会などの交流イベントや英語スピーチコンテスト、キャンパスごとに開催していた学園祭を一緒に行うなど課外活動での共同作業がでてきます。
　また、語学サロンやライティングセンター、国際交流プラザなど施設も学生交流にはとても重要なポイントです。
　課外活動は学生生活には重要な要素で、人間的に大きく成長することが期待されます。こういう機会や活動場所の充実も考えていきたいと思います。

渡邊：医学部では1 年生から4 年生まで少人数クラスで英語を学ぶことになりますが、生きた英語が学べる英語サロンや英文作成能力を高めるライティングセンターは医学部生にとっても魅力的な施設です。

坂本：ライティングセンターやネイティブスピーカーと会話ができる語学サロンが、学部を超えた学生たちの交流の場になることはとても大事です。また、海外からの留学生にとって日本を知るきっかけとなり、異文化体験のチャンスになると思います。
　八王子キャンパスでは毎月、国内外で活躍する方をお招きしてグローバルセミナーを開いています。1 月はスリランカ出身のジャーナリストがアジアにおける日本の役割をテーマに講演しました。このようなセミナーに他学部の学生も参加してもらいたいです。

グローバル社会で活躍する人材を育てる

■“ なりたい自分”を見つけるサポート
学生に身につけてもらいたいこと
跡見：いま、日本も含めて世界で、いろいろな人が、いろいろな考えで、いろいろなことをしています。その多様性のなかで、しっかりと生き抜く力と活躍できる力を身につけてほしいと思います。
　 それには国際的な視野、基礎学力、専門的な力を融合させることが必要です。
　 医学部や保健学部の学生には国家試験に合格することが最終目的と考える傾向がありますが、私たちはそうではないと思っています。たとえば、どういう医師や看護師になりたいのか、地域で活躍するのか、世界を舞台にするのか、あるいは研究者をめざすのか。
　 外国語学部、総合政策学部の学生のなかには、まだ将来の目標が決まっていない学生もいるでしょう。そういう学生に、学部の学びや他学部との交流をとおして将来どういう仕事をめざせるのかを示したいと思っています。
　 学生たちが“ 本当になりたい自分” を見つけるのをサポートするのが私たちの務めです。

大川：先にも述べましたが、総合政策学部ではそういう学生に“ なりたい自分”を発見させるために、専門科目の履修に先立ち社会科学の基礎を一通り広く浅く学習する導入科目を充実させたいと思います。

　その後、たとえば海外での留学や研修を経て“ なりたい自分” が決まったら、その目標に向けて学部として全力でサポートするために、目標に適した自由な科目履修を可能とするとともに、個々の目標実現のために必要なキャリア教育を自らが取捨選択できるように柔軟なカリキュラムを導入していく方針です。

坂本：外国語学部の学生には、単に言葉が好きというだけでなく、将来、言葉をどう活かしていくのかを考えてもらいたいです。
　昨年の入学式で学長は、「杏林大学で学んでほしいことは、how to learn だ」と言いました。杏林大学は4 学部あるので、自分の専門以外にも興味のあることを学べ、キャンパスや留学先で異文化に触れる機会もあります。在学中に自分のポテンシャルを把握して、この先続く人生の中で活かす方法を身に付けるのです。

■グローバル教育を推進国際的な視野を育む
跡見：杏林大学がめざす大きな柱の１つは国際的な視野を持ち活躍できる人を育てることです。
　医学部では昨年、学年の約４分の1 にあたる25 人の学生が海外で１カ月間臨床実習を行いました。この数はおそらく国内の医学部ではトップクラスです。

　保健学部はカナダやアメリカで研修をしており、総合政策学部では短期・長期の留学や海外ゼミ合宿などもしています。
　もちろん外国語学部では留学する学生も海外から受け入れる留学生も多い。ここ数年で加速度的にグローバルを意識した教育が進んでおり、「国際的な視野を持ち活躍できる人材を育てる」という本学の教育理念が実現しつつあります。
　いま、収益の大半を海外であげている企業も多い。また、昨年は海外から1,300 万人を超える観光客が来日しており、2020 年にはこの数を2,000 万人まで伸ばすという国の意向があります。
　日本でもグローバルを意識した生活は自然になり、英語は「話す」から「使いこなす」ものに変わるでしょう。
　しっかりと自分の考えを持ち、それを説明でき、人に共感・共鳴を与えられ、それに対する意見が言える、グローバル社会を生き抜ける人になってほしいと思います。

スノードン：グローバル化は当然のことで、全員の学生が留学できるチャンスを準備するのが大学の義務でしょう。大事なことは、まず自分の国、ことば、文化をよく知ることです。そのためには他の国と比較することが必要です。
　留学をすると自分の国のよいところ、そうでないところなどが見えてきます。
　母語と世界共通語の英語に加え、もう一つ言葉を身につけることで、より比較ができる。杏林ではすでにそのような教育をしています。

坂本：いま、留学する学生が増えています。ある学生は2 回参加し、1 回目は英語を学ぶため、2 回目は外国人に日本語を教えるインターンシップを体験しました。
　また、昨年からはじめたIELTS（アイエルツ: 英国、豪州など英語圏の大学等へ留学する際必要となる英語力判定試験）は、今年さらによいスコアをとる学生が増えています。
　平成27 年度の春学期に、海外に留学する学生は約30 人で、逆に中国やアメリカからの約30 人の留学生が杏林で学ぶことになっています。これは今までにないことです。

大川：日本の社会がグローバル化していく中で、社会現象を扱う総合政策学部の教育もグローバル化への対応を積極的に進めます。
　今後、語学教育の充実や英語による講義の拡充、海外留学や海外研修の機会を飛躍的に増やし、学生の海外経験を推奨していきます。

　一方、ローカルな社会で仕事をしていても、グローバルな視点は必ず必要になります。日本の実情をきちんと理解し、海外に正確に発信できる力をつけるとともに、将来のグローバル社会に貢献できるように日本や地域社会のあり方を考えられる視点を涵養できる教育に努めたいと思います。

渡邊：国際的な視野を身につけるためにも、医学部の学生も海外留学を経験してほしいと考えています。
　ただ、大切なのは、行き先の国の経済、社会事情、医療の状況などの背景をしっかりと理解した上で出かけることです。留学を実りあるものにするためにも、他学部の協力を得ながら、そういう教育もきちんと行う必要があると思います。

大瀧：保健学部ではグローバル化に向けて入学試験での英語の配点をあげたことで、英語が好きな学生が増えました。今年は約20 人が海外研修に参加します。
　研修帰国者の報告会でよく聞かれるのが、現地では、日本の教育や文化、これまで学んできたことについて説明を求められる機会が多かったということです。
　学生たちは自分のことや自分の考えを英語で伝える必要性を体験します。この研修が非常に有益と感じる理由の一つです。
　現在、3 割程度の学生が海外研修を希望しています。学生が安心して参加できる体制や仕組みを整えていきます。

地域からの学びで実社会のしくみを知る

■実社会から学び、地域に貢献　地域志向カリキュラムを強化
益々重要になる地域とのかかわり
跡見：杏林大学の持つ一番大きい財産は、教員・職員・学生の人的な財産です。八王子キャンパスから移ってくる5,000 人もの人や学部が地域とどうかかわっていくかは非常に大事で、これが3 つ目の柱になります。
　 文部科学省の「地（知）の拠点整備事業」に採択されたことを受けて、4 つの学部では地域志向のカリキュラムを整備しました。
　 地域で活躍することは地域にとどまることではありません。地域を理解することは、様々な応用につながります。三鷹市で自分の活躍する場がわかれば、それより大きな都市や過疎地域、あるいは国際的な場でも応用ができます。
　 地域で学ぶ様々な仕組みはまさに社会の仕組みなのです。

大川：社会の様々な現象を扱う総合政策学部にとって、最も身近な社会である地域を学ぶことは大きな財産です。
　 26 年度開講した地域志向科目「地域と大学」では、本学と連携する三鷹、八王子、羽村の3 市の関係者を講師に招き、各市の現状について説明を受けました。
　 それをふまえて、3 市の課題についてグループに分かれて討議し、課題解決のアイデアを大きな模造紙に張り出して教員や市の担当者にプレゼンしました。
　 学生たちは地域を通して社会の仕組みを実感したようです。井の頭キャンパスでは、こうした地域を通した学習を更に深化させ、地方公共団体とも連携しながら企業運営プロジェクト（出店プロジェクト）や起業体験等の地域協働型の教育も実施したいと考えています。

坂本：外国語学部も総合政策学部と同じ形で「地域と大学」の授業を行っています。
　 一方、初年次教育として行っている授業「基礎演習」では、3 学科の学生がチームを組んで、地域でのフィールドワークやインタビューをとおして問題を発見し、最後に学生視点の問題解決策を発表しました。
　 たとえば、地域の活性化を目的に、八王子市の観光名所 高尾山の楽しみ方、食や音楽で商店街に活気を生む方法など、学生らしい発想の提案が揃いました。

渡邊：医学部1 年生の必修科目「医療科学A・地域と大学」は、わが国全体はもとより、三鷹市の医療・福祉政策などについて行政担当者から講義を受けたあと、グループごとに市内で医療福祉のフィールドワークを行って実態を把握、その成果を発表します。
　 フィールドワークは学生たちには印象深かったようで、こうしたスタイルの学習は増やしたいと思っています。
　 地域からの学びの中で医師が地域から求められているものを知ることは、今後の学習に対する強い動機づけになると期待しています。
　 今は1 年生だけですが、医学の勉強が進んだ時点でもう一度地域に出てみて、以前とどういった違いを感じるか比較してみる企画も検討してみたい。

大瀧：保健学部も三鷹・八王子・羽村の各市の担当者から保健・医療・福祉についてそれぞれ地域の課題を講義していただきました。
　 保健学部の健康福祉学科と看護学科では養護教諭になるための勉強をしていますが、井の頭キャンパスができる三鷹市では小中一貫教育を進めていて、これまで学生が実習で体験できなかった環境があり、期待しています。