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これからの高齢者介護 講演会報告

杏林大学「地(知)の拠点整備」事業
杏林大学・八王子学園都市大学いちょう塾

市民公開講演会

これからの高齢者介護 誰がどのように担うべきか

日時:平成26年11月15日(土)午後1時30分〜午後3時

場所:八王子学園都市センター

講演者:岡村裕(杏林大学総合政策学部准教授)


 平成26年11月15日(土)、八王子学園都市センターにて、杏林大学COC公開講演会「これからの高齢者介護 〜誰がどのように担うべきか」が開催された。本学総合政策学部准教授の岡村裕氏が講師を務め、地域住民を中心に約30人の聴講者が来場した。

 はじめに、講師の岡村氏から簡単な自己紹介が行われた。岡村氏は大学で社会福祉士資格を取得後、特別養護老人ホームで生活指導員として勤務した経験を持つなど、30年近く高齢者介護の問題に取り組んでこられた。
 岡村氏によれば、現在の介護体制が形成されてきた背景には、家族による介護の限界、財源問題、高齢者の権利擁護、といった問題があった。歴史的経緯を振り返ると、1970年代頃から、病院が介護の場になるという「社会的入院」が問題視されるようになった。病院は医療の場であり、一部には「寝かせきり」「薬漬け」といった問題が生じただけでなく、医療費の増大にもつながった。このため、医療サービスから福祉サービス、とりわけ在宅介護にシフトする必要性が生じた。医療から福祉へという流れには、一方で医療費削減に関心を持つ立場があり、他方で高齢者の権利擁護を推進する立場があった。介護保険が創設されたのは、これら二つの異なる立場の間に矛盾が生じず、改革の方向性を共有したことが大きい。その結果が現行制度であり、この方向性は今後も変わらないと考えられる。

岡村裕先生

岡村裕先生

講演風景

講演風景

 2013年国民生活基礎調査に示されているように、現在でも家族による介護は大きな比重を占めている。介護保険の導入においても、家族による介護が前提とされていた。しかし最近では、高齢者が高齢者を介護する「老々介護」や、一人で複数人の介護を背負う「多重介護」などが問題となっている。介護を担う家族に対する現金給付の導入に対する反対論には、家族による介護の更なる制度化への反対という側面もあり、難しい問題である。また近年、在宅介護を推進する国の政策として、「地域包括ケアシステム」の構築が進められている。これが実現すれば確かに理想的であるが、現実的に実行するとなると、担い手等の問題もあり容易ではない。自助・互助・共助・公助の中でも、地域住民の自発的な協力を必要とする「互助」をいかに機能させていくのかが難しい問題である。
 介護保険制度は、近年も度々改正されている。平成23年には、定期巡回・随時対応などの新たなサービスが導入された。しかし、サービス提供のコストが高く、割に合わないことも多いため、事業所がなかなか手を挙げないという問題も生じている。平成26年度の介護保険改正(平成29年度までに実施予定)では、高所得者の自己負担増や、一部サービスの地域支援事業への移行、特別養護老人ホームへの入所基準の厳格化などが決定された。
 現在の日本で生じている高齢者介護の問題には、介護離職、遠距離介護、多重介護、認認介護、老老介護、介護心中・殺人、介護難民などがある。これらはいずれも、介護資源(人材・財源)の不足に起因している。介護需要が増加しつつある一方で、介護人材の確保は難しい。少子化に加えて、高齢者介護に対する若年層の関心は必ずしも高くない。介護関連の資格や経験を持つ潜在介護士の掘り起こしも提案されているが、退職した人は、実際にはよほどの事情が無い限り、勤務条件の厳しい介護現場には復帰しない。このような事情があるため、現在進められている地域包括ケアでは、「専門家でなくてもできることは専門家でない人へ」という観点から互助やボランティアの役割が重視されている。
 それでは、どのように介護資源不足問題に対処するべきか。経済的な負担を誰が負うのかという点では、サービス利用者の限定、被保険者の拡大、増税・保険料アップなどが選択肢として考えられる。次に、誰が直接的なケアを担うかという点に目を向けると、家族、外国人介護労働者、介護の市場化、地域ボランティア、介護ロボット、専門家などが考えられる。既に触れたように従来、家族が介護の大きな部分を担ってきたが、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の家庭動向調査・既婚女性調査によれば、家族が介護を担うべきという人は減少している。個人の自由を重視するリベラリズムが日本にも浸透してきた中で、家族に頼ることは今後ますます難しくなる。次に外国人介護労働者に目を向けると、既にEPA(経済連携協定)の取り決めにより、インドネシア、フィリピン、ベトナムから看護師の受け入れを行っている。彼女らの介護福祉士の試験合格率は40%弱で予想していたよりも高いが、年に200人ほどの規模に過ぎず、数十万人単位で増える介護労働者需要には到底対応できない。また、日本で来日外国人を受け入れる施設も減少している。政府は介護ロボットの開発を推進する方針も示しているが、完全に人間に代替できるとは考えにくい。
 以上の講演後、フロアの参加者も交えて活発なディスカッションが行われた。外国人介護労働者を担い手とする介護政策は正しいのかという問いかけに対しては、意思疎通や相互理解の難しさを不安視する意見や、そもそも日本人がやりたくない仕事を外国人に押し付けること自体の倫理的問題が指摘された。他方で、日本語でコミュニケーションがとれるのであれば外国人であっても問題はないとする意見も出された。また、参加者の中から、介護保険制度の持続可能性を不安視する声や、日本でも尊厳死を認めていく必要性なども提起された。岡村氏は、実際の政策は容易に変わらないとしつつも、現状を受動的に受け入れるだけでなく、どのような介護政策が正しいのかを一人一人が突き詰めて考えていくことが重要であるとした。現在の日本の介護事情について、現場の実情を踏まえてわかりやすく解説され、望ましい介護政策とは何かについて考えさせられる講演会であった。

杏林CCRC研究所
松井孝太