Vol.8 文字と教育

ソクラテスは自分で文字を書くことをしなかった。だからソクラテスの言説はすべて、弟子のプラトンが、「先生はこのようにおっしゃった。」という言行録として残っているにすぎない。ソクラテスは本を書こうとしなかった。本を読むことを否定している。結果として、本を読まない今どきの若者と同じことになった。

ソクラテスは、本を読まない。彼は言う。本に書かれていることは、たとえ間違ったことでも、変えようとしない。いつまでも同じことを語り続ける。質問したい部分があっても、ちっとも答えてくれない。本に書かれた文字は、生きていない。

さらに、人間の能力を衰えさせるとも言う。文字に書かれたことによって、覚える必要がなくなる。記憶力が衰えてしまう。

ソクラテスは、では、本を読まずに、どのように勉強したのか。おそらく、賢いと言われる人々に会いに行って、直接学んだのだろう。賢人たちの話を聞き、それを覚えた。理解しなければ覚えられないから、それは知的訓練として、優れたものであるにちがいない。さらに直接質問し、反論し、考えをぶつけ合い、お互いにさらに知恵を深めあったにちがいない。対話は、彼にとって非常に有効な考える手段だった。

今、大学で学ぶべきことはあまりない。知識は本を読めば、簡単に得られる。インターネットは、その情報の質を見極められれば、もっと簡単である。覚えておく必要がない。とすると、大学の教室で、教師と学生が出席して、わざわざ授業を行うことの意味である。

ソクラテスの行った方法が、そこでのヒントになる。遠隔地とか入院患者とかであれば、テレビを使った遠隔授業も仕方がない。

しかし、学校に通って、教師の話を直接聞けることの価値を、もう一度思い出した方がいい。教師に問いかけ、考えることの方法を身につけること。

とても迂遠であっても、それが大学で学ぶことの意味であり、教えることの意味であるだろう。教室でしかできないことを行えなければ、教師は失格である。

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