Vol.11 中央フリーウエイの富士山

車で通っている。往復、中央高速道を使う。あのユーミンの歌った、中央フリーウエイである。あの歌ができたのは、今から40年近く前である。中央道の下り線、右側に府中の東京競馬場が見えて、すぐに左側にはサントリーのビール工場がある。今も変わらない。

ただ、あの頃もユーミンが見たに違いなくて、今も見えていて、しかしあの歌では一切触れられていない、とても印象的な風景がある。西の山並みにそびえる富士山である。特に澄み切った青空の冬の朝は、真白き富士の嶺が鮮やかに目に飛び込んでくる。

八王子で出るまでの間で、富士山が運転席正面に見えるのは三か所である。調布の入り口付近、日野橋付近、そうして石川PA付近。見える姿が、だんだん大きくなっていく。三か所のうち、最も美しいのは、日野橋付近である。平日の朝の下り線は空いていて、気持ちがいい。思わず気分よくアクセルを踏み込む。やがて左へゆっくり大きくカーブする。まるで滑走路のようだとユーミンが言ったのはこの辺だろうか。そうして左側から、奇跡のように突然、白く輝く富士が現れる。おかしなことに、たいていの場合、ここで周囲の車のスピードが一斉に緩む。アクセルを踏み込んでいた足が浮くのであろう。中にはブレーキランプの灯る車もある。

変に浮ついていた気分が、落ち着く。冷静さを取り戻す。あるいは、毛羽立って、ささくれ立っていた気分が、この景色を見て、穏やかに静まっていく。今日一日の前途を祝福されたような気になる。

富士山の魅力は、いつも変わらず不動の場所に在って、変化する自分の立ち位置を見るたびに確かめさせてくれるからだ、という説がある。非日常的スケールと美しさを持ちながら、まったく変化しないという処に、富士山の秘密があるように思う。

ユーミンは中央フリーウエイで富士山を歌わなかった。お洒落で浮遊する現代性の中に富士山を取り込むのは難しかったのかもしれない。しかし、富士山があってありがたいことだと思う。このありがたさを感じてしまうと、ユネスコによる世界遺産認定などというのは、おそろしく無駄で余計な看板にすぎないと思えてくる。2年後、大学が吉祥寺に移転することになった。通勤時に富士山を見られるのも、あと少しである。

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