Vol.14 日本語表現演習

今まで、日本語はどのような仕組みであるか、人は言葉で何をしているのか、というような授業を長くしていたのだが、今学期初めて、じゃあ具体的に、言葉をどう使ったらいいのか、という授業を受け持った。「日本語表現演習」という。

目論見としては、就職を控えた3・4年生をあてにしていたのだが、実際に集まったのは、この間まで高校生だったピチピチの1年生ばかり。

毎週作文の宿題を出して添削をした。彼らは事実だけを、情緒を排して文章化することに慣れていない。そこで、本を読んでその要約を求めることにした。内容を正確に理解し、要領よくまとめること。それだけ。感想や意見を混ぜてはいけない。

それだけではつまらないので、もうひとつ、あまりやったことのないことをしてもらった。毎回ひとつ小ネタを見つけてきて、教室でお話しをするというのだ。

作文は、身の回りの世界を言語に変換して、それを文字言語で表す行為である。それの音声言語版である。日本の国語教育では、作文は盛んだが、皆の前で話すことはあまり指導されない。教育学でも研究されていない。英語ではスピーチというクラスが大学に入ってからもある。アメリカの政治家や牧師さんたちは言うまでもないが、アカデミー賞の授賞式での俳優さんたちは、とても上手に話す。日本では、話すことがあまりにも疎かにされている。作文ばかり熱心である。文字言語と音声言語の違いだけで、何も変わりはないはずなのだ。

しかし、そんなクラスは受けたことがないのだろう。こちらだって初めてで、どう指導したらいいものか、よく分からない。頼りないことおびただしい。必ず一つか二つ、笑いを取ること、という指示だけ出した。最初は恥ずかしがっていた学生たちが、そのうちいくらか話せるようになっていった。効果はともかく、楽しんでくれたのではなかろうか。最後の日には、皆で写真を撮るくらいにまとまった。

いい授業は教師が作るのではない。いい授業は学生が作るのだ。と、学期終わりの成績をつけながら、しみじみ思うのだった。

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