1980 年医学部医学科卒業
三村 晴夫さん
(2019年3月取材)
外務医務官としてインドネシア、メキシコ、ロシア、ケニアに駐在。周辺国の兼任を含め 14 カ国を担当。大使館などで邦人の健康管理にあたる
外務医務官としてインドネシア、メキシコ、ロシア、ケニアに駐在。周辺国の兼任を含め 14 カ国を担当。大使館などで邦人の健康管理にあたる
海外への関心が高く、1993 年に外務医務官となって世界に飛び出しました。
熱帯から寒冷地域、高地、砂漠気候等々、世界の過酷な地域を回り貴重な体験を重ね、ロシアのウラジオストク総領事館に在勤中は、90%の熱傷を受けた患者を杏林大学付属病院が受け入れ、命を救うこともできました。
南米の地、ペルーで遭遇したのが大使公邸占拠人質事件でした。
電気・水も止められた長く苦しい人質生活を乗り切れたのは、人間関係でした。「究極ともいえる厳しい生活の中で役立ったのは大学時代の寮生活です。集団でお互いをよく知り、激励し、協力し、助け合う。強い人間関係を作り上げていきました。そして、何より大切だったことは、毎日毎日の日課を各人が自分なりに作り、これを黙々とこなすことでした。おかげで人質は身体面では皆、健康でした。この規則正しい生活こそが、現代の生活習慣病の根本的な治療と確信しました。
(右写真:外務医官退職後、新たな仕事の場に選んだ八丈島で。後ろに見えるのは、東京諸島最高峰の山、八丈富士)
外務医務官を退職後、この考えをもとに、働く場として選んだのが八丈島の保健所でした。『病院は治療するところ、保健所は予防するところ』を合い言葉に都会から遠く離れた島で、ペルーでの体験を活かし、島民一人ひとりに合った予防医学に力を入れてきました。
2019年3 月で八丈島の保健所を退職し、いまは横浜の介護老人施設で働いています。今度はお年寄りのために尽くすことにました。経験を積む場は海外にも多くあります。後輩には、そこで得たものを糧に、一人ひとりに寄り添う『良医』をめざしてほしいです。
※記事および各人の所属等は取材当時のものです