総合政策学部 教授 北島 勉
杏林学園はJICA(国際協力機構)から委託を受け、2024年7月からタイ北部のチェンマイ県とメーホンソン県の病院で治療を受けているHIV感染症患者のうち、病状が安定しているなど一定の基準を満たした方を地域の保健センターに紹介し、治療を継続できる仕組みづくりを目指す活動をしています。2025年2月に保健センターの看護師等への研修を実施し、3月からは紹介基準を満たした患者の選定と意思確認、保健センターへの紹介が始まっています。
今回は、10月14日〜15日に、メーホンソン県のメーラノーイ郡とパンマパー郡の病院と保健センターを訪問したことについて報告します。
【メーラノーイ病院とメラルアン保健センターを訪問】
10月13日にチェンマイ県を車で出発し、約200km先のメーホンソン県の県庁所在地 ムアン郡に向かいました。雨季もそろそろ終わる頃ですが、時々、激しい雨に打たれながら山道を移動しました。ムアン郡にさしかかったころ、大雨による倒木で、国道が閉鎖され、ムアン郡全域は停電になっていました。
翌朝、さらに山道を100kmほど移動してメーラノーイ病院に到着しました。病院長とHIV感染者ケアの担当者とプロジェクトの進捗状況を確認しました。同病院に登録されている62人のHIV感染症患者のうち27人が保健センターでの受療に同意し、現在、7人が保健センターで受療しています。今後 新たに8人が保健センターでの受療を開始する予定です。保健センターでの受療の満足度は高い一方で、一旦同意したものの、撤回する患者もいることから、今後はその要因を確認していきます。
病院からさらに20kmほど離れたメラルアン保健センターで患者から話を聞きました。この地域の患者がメーラノーイ病院を受診する場合、往復の移動時間を含めて半日はかかるうえ、実際に雨の日に山道をオートバイで移動中に転倒することもあったそうです。保健センターでの受診は、30分程度で済むため、仕事を休まなくてすむなど、多くの患者が、保健センターで受療できるようになり、とても助かっていると話していました。
保健センターの担当者は、HIV感染症患者のケアやその業務量については問題ないと言います。患者は年に1回、血液検査を受けるため来院しますが、今後は、保健センターで採血し、病院と保健センターを結ぶオンライン診療の仕組みを使って、検査結果を送る検討を進めているそうです。


【パンマパー地域病院とメラナ保健センターを訪問】
15日は、パンマパー地域病院を訪問しました。パンマパー郡にある5つの保健センターのうち2か所がこのプロジェクトに参加しています。2つの保健センターの管轄地域在住のHIV感染患者27人のうち、8人が保健センターで受療しています。臨床検査の値が改善することが前提ですが、今後10人程度を保健センターに紹介したいと病院の関係者は話しました。
病院から15kmほど山道を移動したメラナ保健センターでも、患者から話を聞きました。ここでも保健センターで受療できることにとても満足していました。


タイでは地方分権化の一環として、保健省管轄下の保健センターが県行政組織(Provincial administrative organization,PAO)に移管されつつあります。パンマパー郡にある保健センターのうち1か所はPAO管轄下にあるため、本プロジェクトには参加していませんでした。今回、パンマパー病院長の提案で、この保健センターもプロジェクトに参加することになりました。この保健センターの職員は2月の研修に参加していて、プロジェクトを熟知しており、患者の受け入れは問題ないという見解を示しました。
保健センターに紹介する基準を満たしているが、保健センターでの受療を望まない人の多くが偏見や差別をその理由にあげています。近隣の保健センターを受診することで、自身のHIV感染を近隣の人々に知られ、不利益を被ることへの心配や恐怖が強いようです。保健センターで受療を始めた患者は満足しており、交通費や時間の節約といった具体的なメリットもあります。今回、話を聞いた患者は、他の患者にも保健センターでの受療を勧めたいと話しています。偏見や差別をなくすことは容易ではありませんが、今後、保健センターで受療している患者から他の患者に保健センターでの受療の経験を伝える機会を設けていきたいと考えています。
■これまでの報告はこちら
北タイ・JICA草の根技術協力事業(第5報) チェンマイ県の2つの地域での進捗報告
北タイ・JICA草の根技術協力事業(第4報) 現地の保健センタースタッフを対象に研修会を開催
北タイ・JICA草の根技術協力事業(第3報)本邦研修を実施
北タイ・JICA草の根技術協力事業(第2報)キックオフミーティングを実施
北タイでHIV感染者のケアに関するJICA草の根技術協力事業が始動
■プロジェクトのFacebook: https://www.facebook.com/groups/sanpatongmodel
2025年10月24日