教授
張 弘
(ZHANG, Hong)

経歴
1984年中国四川大学外国語学部助教。1987年北京外国語学院日本学研究センター大学教師研修コース終了。来日後、大学やJICAで中国語教育、サイマル・アカデミーで通訳者・翻訳者の養成に携わりながら、通訳者・翻訳者としての実務経験を積む。神田外語大学、大妻女子大学、杏林大学非常勤講師を経て、2007年4月より杏林大学外国語学部専任講師、2011年4月より准教授、2016年4月より教授。 文学学士・言語コミュニケーション修士・博士(学術)

先生の専門は何ですか?

私の専門は日本語と中国語の通訳・翻訳学です。日中の通訳・翻訳の現場で感じた様々な葛藤や問題を出発点に、通訳・翻訳学理論や言語学、異文化間コミュニケーション学などの視点からアプローチしています。通訳者・翻訳者にとって言葉の変換に唯一無二の「正解」はなく訳出は十人十色であるのですが、それはなぜかといった問題があります。例えば、「鈍感力」「婚活」「爆買い」などの日本語の新語・流行語がそのまま中国語に借用されるのは、翻訳者の力不足なのか、特別な効果を狙った妙訳と考えるかなど、事例研究を続けております。また、特に通訳者には異文化間コミュニケーションを時間制約の中で円滑に行う役割があるとすれば、どのような主体性が必要なのか、といった課題に取り組んでいます。

なぜ、その専門に興味を持ったのですか?

私の実務での初通訳経験は、四川大学を卒業して大学の助手になりたての1984年、ある中国企業の日本訪問の通訳者として初めて日本の地を踏んだことです。当時日中蜜月時代にあり、日中の貿易や日本からの技術移転が盛んであり、中国側にも通訳者が不足していたのです。その頃は市販の辞書一冊しかなく、会話の教材もなく、日本語ができると言っても教科書の日本語、生の日本人との会話は殆どなかった状況でした。仕方なく、必死に想像を巡らして、出てきそうな単語や表現を独り言のように繰り返して訪日に臨みました。幸い基本の構文力は身についていたので、現場で色々な専門用語を即席に仕入れて、何とか初通訳の仕事を全うしました。訪問の終わりに日中双方の関係者から感謝された時は、我ながら通訳って素晴らしいと感激したものでした。この初通訳の成功体験が、私にとって通訳、翻訳を研究するきっかけであり、今でもより良い通訳とは何かを追求する原動力となっています。

先生の専門分野の「こんなところが面白い」を教えてください。

研究テーマの一つである日中間の漢字による言葉の借用について、例えば「爆買い」の「爆」は「爆睡」「爆食い」のように造語力を持つ言葉ですが、実は中国語ではこのような造語力は持たないのです。しかし、購買欲が爆発するような情景をうまく描写されたと感じられるので、中国でも受け入れられたと思われます。中国語の授業ではこうした言い得て妙なところを学生といっしょに分析して、言葉が国境を超えるロマンを共有しています。

また通訳者の主体性の課題については、「中国語通訳概論」の授業で、多様な知識を短時間でインプットするための情報リサーチ、単語帳作成、話し手の立場にふさわしく且つ聞き手に分かりやすい訳出を、通訳のケース・スタディーを通して学ばせています。現在中国語圏の大学からの留学生と本学の学生がほぼ半々で授業を取ってくれています。一つの表現をめぐって切磋琢磨し、言語構造の違いからコミュニケーション差異まで体得していく様子を目の当たりして、通訳の現場と教育の現場を一本の線で結んだ喜びを感じております。

大学で専門的に学ぶことでこんな未来が?

私は中国の大学で日本語に出会い日本語を習得したから、中国の大学の教壇に立ちながら通訳も経験できました。来日後は日本語力が買われて、政治やビジネスの現場で通訳・翻訳の仕事をしてきましたし、日本の大学でも教鞭を取ることができました。まさに人生の生きる術を大学時代に手に入れたと思っています。そして、通訳の現場での一期一会と同じく、教育現場での学生の皆さんとの交流は、私の人生をおもしろいものにしてくれています。

私は今も時折通訳・翻訳の現場に立ちますが、そこで強く感じているのは中国・中国語を精通している日本人が実に少ないということです。中国語を身につけ、中国を知る人材となれば、中国大陸だけでなく、台湾・香港、シンガポールなどの中国語圏に活躍できる場が広がるでしょう。中国語を習得することによって得られる知識とスキルは、必ず皆さんのこれからの人生をより豊かなものにしてくれるだろうと思います。

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