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妖怪から考える

外国語学部
森 和 准教授
(2026年8月取材)

早稲田大学第一文学部史学科卒業、同大学院文学研究科博士修士課程修了、博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。専門は東洋史(中国古代史)、戦国~秦・漢時代の文化・宗教・習俗、出土文字資料(簡牘帛書※)。日本中国学会、東洋史研究会、日本秦漢史学会、中国出土資料学会(副会長)等に所属。2021年より杏林大学外国語学部准教授。担当科目は、中国語、地域圏研究(中国)など
※竹や木の札あるいは絹の布に書かれた文字

早稲田大学第一文学部史学科卒業、同大学院文学研究科博士修士課程修了、博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。専門は東洋史(中国古代史)、戦国~秦・漢時代の文化・宗教・習俗、出土文字資料(簡牘帛書※)。日本中国学会、東洋史研究会、日本秦漢史学会、中国出土資料学会(副会長)等に所属。2021年より杏林大学外国語学部准教授。担当科目は、中国語、地域圏研究(中国)など
※竹や木の札あるいは絹の布に書かれた文字

中国古代の地理書と妖怪

 大学では中国古代史を学んでいましたが、どちらかと言えば歴史よりも神話伝説に興味関心がありました。卒業論文では、太陽に三本足の烏がいるという神話伝説からの思いつきで古代の太陽信仰をテーマにし、関係しそうな文献史料や画像資料を片っ端から集めて検討しました。その過程で『山海経』という不思議な文献を歴史学の中でどのように扱うべきなのか、という根本的な疑問が生まれ、大学院修士課程で『山海経』の史料的性格を研究するようになりました。博士課程進学後は『山海経』から少し離れていたのですが、本学に着任して2年後に思いもよらないご縁をいただき、『山海経』に登場する妖怪その他を題材にした韻文『山海経図讃』を再構成した『山海経の妖怪たち 古代中国の奇獣図鑑』を2026年2月に上梓しました。

 『山海経』という文献は、基本的には中国古代の地理書です。地域ごとにどのような山や川があり、そこに生息する動植物や埋蔵されている鉱物(金や銀、玉石)など、またどのような国々があり、どのような人々(民族)が暮らしているのか、といった情報が記されています。ところが、そこには「フクロウのような姿だが、人の顔をしていて四つの目があり、耳をもつ」といった非現実的な、妖怪としか言いようのない生き物も数多く見え、ドラマやアニメなどで知られる「九尾の狐」もその中の一匹です。さらに、神の座をめぐって帝と争って敗れ、頭を切断されてしまったので、自分の臍(へそ)を口に、乳を目にして、盾と斧を手にして舞っている「形天(刑天・けいてん)」なんてヘンテコな妖怪も登場します。「首切られたって、オレは踊れるんだぞ!」って、ある意味前向きで、面白くありませんか?
 では、なぜこのような妖怪たちが『山海経』に記録されたのでしょうか。単に「面白い」「かわいい」で終わらずに、妖怪が生まれた背景や時代、社会状況を考えていくことが研究の第一歩になります。

妖怪と古代の人々の生活

 『山海経』に記された山や川は、いずれも古代の人々にとって「自分たちの生活空間」の外側に広がる世界で、そこには役立つモノがある一方で、害を及ぼす危険な存在もいっぱいいます。ここでいう「害」には、毒や負傷、死といった個人に対する害だけでなく、集落全体に影響する日照りや洪水などの自然災害、戦争や徭役などの人為的なものも含まれますが、この自然もしくは人為的災害がもしかすると妖怪の誕生と関係しているのかも知れません。
 例えば、さきほど紹介した「フクロウのような……」は令丘(れいきゅう)の山に生息する「顒(ご)」という名の鳥ですが、この鳥が出現すると、天下が大日照りに見舞われるといいます。日照りになれば、農作物は枯れるし、井戸も涸れるし、で、たちまち食べていけなくなりますから、そんな事態は正直一度たりとも起きて欲しくない。しかし実際は、多くの人々が幾度となく日照りや洪水に苦しめられたはずです。今のように科学が発達していれば何かしらの備えもできますが、昔はそうもいきません。

 日照りのように自分ではどうにもならない災害や不幸に遭遇した古代の人々は何を思ったのでしょう。「どうして自分たち(の村)ばかりこんな目に遭うんだ!」と天に怨み言をぶつけるだけでは気持ちは収まりません。何でもいいから、それらしい原因・理由を見つけて(作って)、自分たちなりに納得しないと次のステップに進めなかったのではないでしょうか。そのような状況で、ある人が「そう言えば、この間、今まで見たことのないようなヘンな鳥が飛んでいたっけ。もしかして、あの鳥が日照りの前兆だったのかも……」などと思い出したとき、大日照りをもたらす顒鳥が生まれたのではないでしょうか。
 災害や不幸にはできるだけ遭いたくないので、その前兆となる生き物がよく見かける、ありふれた姿かたちでは、災害や不幸ばかりが起こることになって都合が悪い。そこで、顒鳥は鳥なのに「人の顔をして四つの目」のような異形にならざるを得なかった。
 このような過程を想定すると、『山海経』に登場する妖怪の全てではありませんが、一部については、なぜ記されているのかという疑問にも答えられるのではないかと思います。つまり、古代の人々の、自分たちの力ではどうにもならない事象に対する恐れと、それでも何とか対処していこうという適応力が、妖怪誕生の背景の一つであったと考えています。

現代の妖怪から中国の文化・社会を学ぶ

 日本にも古くからいろいろな妖怪についての伝承があり、それを題材にした漫画やアニメがあるように、中国でもサブカルチャーを中心に妖怪や神仏をキャラクター化した作品がいくつもあります。例えば、中国のSNSで公開された四コマ漫画『非人哉』は、日本でも「フェ~レンザイ―神さまの日常―」としてアニメ放映されましたが、そこでは九尾の狐や形天などの妖怪たちが会社員や学生として現代の人間社会で暮らす日常が描かれています。
 私のゼミでは、こうした漫画なども学習教材として利用しています。学生は中国語のセリフや地の文を日本語に訳すだけではなく、漫画の中で興味関心をもった中国の文化や習慣などについて調べ、レジュメを作って発表します。私の専門は中国古代史ですが、学生が古い歴史や社会に興味をもっているかどうかはそれぞれです。ただ漫画などを利用すると、いわゆる古典講読とは異なり、中国の伝統的な文化だけでなく、(現代の人間社会の中で妖怪たちが生活している設定なので)現代中国の社会や文化についても知ることができます。

 中国語に限らず、どの言語にもその言葉を使う人々がいて、その人々が暮らす地域や社会があり、また築いてきた歴史や文化があり、言語はそれらとの密接なつながりの中で存在しています。ですから、語学修得に直接的には関係しないように思われる当該地域の社会や歴史、文化といったものを学ぶことは、どんな話題を提供できるのかというコミュニケーションの幅を広げることにつながるはずです。そのきっかけは妖怪でも漫画でも何でも構いません。そこから中国語や中国に興味をもち、学ぶ楽しさや面白さに気づいてもらえたら、嬉しいですね。

※記事および各人の所属等は取材当時のものです

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