感染症学教室は微生物学分野と寄生虫学分野の2つの分野から構成されます。
微生物学分野では主に消化器および呼吸器の細菌感染症に関する研究を行っています。研究室の方針として基礎研究を通して感染症の診断、病態解明、治療など臨床医学との連携を志向した感染症学の探求を行うことを目標にしています。また他大学との共同研究も積極的に取り組んでいます。
寄生虫学分野では臨床部門からの寄生虫感染症全般のコンサルテーションを行っています。
医学部2年生「基礎感染症学」「熱帯病・寄生虫学」
医学部3年生「免疫学」
基礎感染症学:1年間にわたり細菌学・ウイルス学に関する講義を行なっています。10月に行われる実習は1週間かけて病原細菌、ウイルスについて理解を深めます。
免疫学:令和6年度より、基礎感染症学から「免疫学」が独立しました。前半に基礎を学び、後半は消化器内科学、臨床感染症学、腎臓・リウマチ膠原病内科学、小児科学、腫瘍内科学、皮膚科学、呼吸器内科学、脳神経内科学、血液内科学、産婦人科学の協力を得て、発展が著しい免疫学の分野を各診療科のアップデートな免疫治療・理論をオムニバス形式で一望できる機会を提供します。6年生の臨床総合演習「消化器感染症」では国家試験問題の演習を行います。
熱帯病・寄生虫学:前期に集中して行われます。世界中で問題になっている熱帯病、衛生動物の範囲などを学びます。6~7月にかけて行われる実習では、赤痢アメーバやランブル鞭毛虫の生鮮標本観察、生鮮魚類からのアニサキス検出などを行い、実際に生きている寄生虫を観察することで、寄生虫症の病態、検査、治療、予防への理解を深めます。
微生物学分野の対象は細菌・ウイルス・真菌と幅広いですが、当研究室では特に細菌感染症の病態解析や発症メカニズムに関する研究とゲノム解析による感染経路や定着におけるマイクロビオータの役割の解明を主体として指導しており、以下に挙げる諸点に関する研究が現在進行しています。
赤痢菌には有効なワクチンが開発されていません。赤痢菌の病原性に必須な3型分泌装置はヒトの体温である37℃では発現しますが環境温度に近い30℃では発現せず、RNA結合蛋白Hfqが欠損すると30℃での抑制が失われ、37℃での発現量が増えることが分かりました。一方でHfqは細菌のストレス応答に必須なシグマ因子RpoSの発現に必要なため、それを欠損させた赤痢菌は弱病原化しワクチン候補株として利用できる可能性があります。通常、細菌に対するワクチンは血清型に依存するものが多数ですが、候補株は複数の血清型の赤痢菌に対して動物実験レベルで効果があることを見つけ、国立感染症研究所、インド国立コレラ感染症研究所(NICED)と改良を行っています。
赤痢菌の温度による3型分泌装置の発現調節は解析の結果、転写レベルではなくmRNAレベルで行われることが分かりました。Hfqと同様に欠損させると30℃の抑制がなくなる、別のRNA結合蛋白として見つけた因子は驚いたことに、桿菌の桿状の形態を維持するRodZという膜蛋白と同じものでした。精製したRodZはなぜか高分子量の塊をつくるためそのメカニズムを調べたところ、6量体の基本構造が多数集合したSuperstructureをとることでRNA結合活性を持ち、生きている菌にもSuperstructureが含まれること、超解像度顕微鏡の観察(写真)でRodZがSuperstructureに相当するドット状の局在をとることを証明しました。こうした細菌にとってファンダメンタルな因子といえるRodZが病原性以外の遺伝子の発現にも作用するか調べています。
胃炎、胃十二指腸潰瘍および胃癌の原因と想定されているヘリコバクター・ピロリは個体によって感染の形態および経過に違いが生じることが知られています。そこで、本菌感染においてヒトの口腔内および消化管に存在している正常細菌叢が大きな役割を果たしているという仮説のもとに実験動物を使った感染実験等により解析を行なっています。また、このような感染症に対するプロバイオティクスによる治療効果について検討を行なっています。
カンピロバクターは食中毒の原因として、多数を占めることが知られていますが、その詳しい病原性のメカニズムは明らかになっていません。国立感染症研究所細菌第一部との共同研究で、カンピロバクターの動物実験モデルとして知られているIL-10ノックアウトマウスを繁殖し、供給された菌株について解析を行なっています。
腸管出血性大腸菌(Enterohaemorrhagic Escherichia coli : EHEC)は国内で年間3000人以上の感染者を出し、そのうち約20-30%が重症例(血便・溶血性尿毒症症候群・脳症・死亡)を伴う感染症を引き起こす、臨床上重要な病原細菌です。EHECの多くは病原因子として志賀毒素や3型分泌装置と呼ばれる接着因子を保持しています。これら病原性因子の発現は、細菌を取り巻く外環境の変化に応じて細菌内の多くの因子が関与し制御されています。我々はその因子の一つとして翻訳制御因子small RNAに着目し研究しています。EHECの病原性発現におけるsmall RNA制御の全体像を明らかにするため、次世代シーケンサーを用いた網羅的な遺伝子発現解析や分子生物学的手法、生化学的手法を用いた解析を行なっています。
マラリアは、全世界で年間約2億人が発症し、アフリカの小児を中心に毎年40万人を超える人命を奪う寄生虫疾患です。また、妊婦がマラリア原虫に感染すると様々な合併症を引き起こし、母体だけでなく胎児にも重大な影響を与えることが知られています。そこで、妊娠中および授乳中のマラリアに焦点をあて、マウスモデルを用いて妊娠中および授乳中の病態重症化機構の解明や新規治療法の確立のための基礎研究を進めています。また、マラリア原虫の「生物」としての形質や進化過程の理解を深めるために、マラリア原虫のmRNA輸送機構やエネルギー代謝機構の全容解明を目指しています。