法医学は法律に関わる様々な問題を医学の立場から究明していく学問で、その柱のひとつはよく知られているように死因などを究明するために行う”法医解剖”です。当教室は1972年(昭和47年)4月に開設され、1973年(昭和48年)4月から多摩地区(武蔵野市、三鷹市、西東京市、小平市、小金井市、東村山市、東大和市、武蔵村山市)における行政解剖(公費承諾解剖)と、犯罪に関連する死体を扱う司法解剖を施行しており、平成25年からは、死因・身元調査法解剖が加わりました。これまでに行った法医解剖数は8,000件近くで、現在では年間400件前後の解剖を行っています。法医解剖終了後には、さらに病理組織学的検査や薬毒物検査などを行い、それらの結果や死亡前後の状況などを総合して死因を決定し、司法解剖の場合は裁判の資料となる鑑定書を作成しています。さらに、要請に応じて三鷹警察署をはじめとする上記8市を管轄する警察署における死体検案を積極的に行っています。死体検案警察官に対しては、例年行なわれる検視官養成講座(警察大学校)や警部補検視実務専科(関東管区警察学校)、さらに埼玉県警察本部における検視実務専科にも講師として赴き、法医学の講義を行っております。それにともない、警察関係者の法医解剖見学を受け入れて指導を行い、近年言われている誤認検視を防ぐべく、現場で活躍できる警察官の育成にも力を入れております。医学部では、現在法医学講義は4年前期に開講されますが、学生諸君に早くから法医学に興味を持ってもらうために、希望者には自由参加プログラム等により随時法医解剖の見学を許可しております。法医解剖医を育成することにつながり、昨今社会的に問題となっている異状死体の死体検案を担える警察医(臨床医)、さらに法医解剖医の不足を解消することになればと期待しています。
法医学はご遺体を扱うことから、臨床医学とは一線を画す分野と考えられがちです。しかし、臨床でも交通外傷を含む損傷や様々な窒息の症例に遭遇した際は、成傷器やメカニズムについて担当医に意見を求められる。そのような担当医の意見は、刑事または民事裁判の資料となることがあるので、法医学の基本的な知識が必要とされます。法医学の講義は、死体現象の知識の基づく死亡推定時刻の診断をはじめ、それぞれの障害おける特徴的な所見とメカニズムを関連させられることを重視しています。法医学に対してさらに意欲がある学生には法医解剖の見学に参加してもらい、死体検案から解剖、さらに病理組織検査等により死因を診断するまでの過程を経験することも可能です。特に、杏林大学での法医解剖例の過半数は疾病による死亡(突然死)であり、これらを直接臓器レベルさらに病理組織検査で観察することは、貴重な経験になると思います。また、実習で提示された症例を通して、死亡診断書(死体検案書)作成を体験してもらい、医師として正確に記載することにより死因統計の資料を提供して、公衆衛生分野にも寄与してもらいたいものです。以上のように、法医学という分野を通して新たな角度から臨床医学を見直すことで、将来の診療に役立てられることを願っています。
熱中症の剖検例は増加しているが特異的な所見に乏しいため、ときに診断に苦慮する。当教室では、熱中症の剖検例について、筋組織を主体とする諸臓器の形態学的変化に着目して、法医病理学的に有用な診断マーカーの探索を行っている。
法医剖検例において、希な解剖学的変異が偶発的に発見されることがある。当教室では、それらの解剖学的変異の解析と、法医剖検診断における意義について検討を行っている。
法医解剖において、ご遺体に適切な修復処置はグリーフケアと遺体衛生保全の観点から重要である。ご遺族や社会の法医解剖に対する抵抗感の軽減、剖検率の増加、公衆衛生への寄与に資することも期待される。当教室では、遺体修復用人工皮膚の開発に取り組んでいる。
法医剖検診断において、心臓突然死の形態学変化を捉えることは大きな課題のひとつである。当教室では、心筋の虚血性変化において超早期に変動がみられる遺伝子や蛋白質に着目して、法医病理学的に有用な診断マーカーの探索を行っている。
自殺は、本邦においても大きな社会問題である。当教室では、自殺を異常行動の1つとしてとらえ、自殺者の脳における病理学的変化について免疫組織化学的手法を用いた探索を行っている。
非アルコール性脂肪性肝疾患は、腸内細菌によるアルコールの産生が機序として考えられている。当教室では、門脈と静脈における血中アルコール濃度の測定、腸内細菌叢の解析や病理学的解析により、本法における非アルコール性脂肪性肝疾患の発症機序の探索を行っている。
ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)は多くのヒトの体内に潜伏しており、再活性化により脳炎や心筋炎を起こす。当教室では、その潜伏や再活性化の仕組みに着目して、法医病理学的に有用な診断マーカーの探索を行っている。
パラコートはヒトへの毒性が高い農薬である。当教室では、その特徴的な症状のひとつである組織線維化のメカニズムに着目して、法医剖検診断における創傷治癒過程の評価に有用な診断マーカーの探索を行っている。
Ⅰ型アレルギーに関する病態は気管支喘息やアナフィラキシーショックといった致死的な疾患を含む。当教室では、それらを正確に評価するために有用な診断マーカーの探索を行っている。