大学ホーム医学研究科教育・研究指導研究室・研究グループ肉眼解剖学教室

研究室・研究グループ紹介:肉眼解剖学教室

   

肉眼解剖学教室では、基礎医学や臨床医学で遭遇する様々な疑問・ニーズに基づいて研究テーマを設定し、人体・実験動物・培養細胞・臨床サンプルを用いて、分子生物学・細胞生物学的アプローチ、各種イメージング技法を駆使して研究を行っています。臨床の教室、保健学部、他大学の研究者と幅広い領域の共同研究を進め、イノベーションにつながるインパクトのある研究を目指しています。

主な研究領域

基礎研究:腎臓のメカノバイオロジー:糸球体での Piezo2 の発現とそのメカニカルな調節

生体の組織はたえず様々な機械的刺激(重力や流れずり応力、伸展力、圧力など)に晒されています。昨今、細胞が機械的刺激を感知する種々のメカノセンサーが同定され、そのシグナルカスケードや疾病との関連がクローズアップされています。Piezo1, Piezo2 は 2010年に発見されたメカノ感受性イオンチャネルで、発見者の Ardem Patapoutian 博士には 2021年ノーベル医学・生理学賞が贈られました。

腎臓は血圧・体液量などの血行動態を感知し、レニン・アンジオテンシン系などを介してこれらの恒常性を担う中心的臓器です。しかしながら、腎臓構成細胞がどのメカノセンサーを介して機械的刺激を感知し応用するか、その実体は謎に包まれており、特に腎臓における Piezo2 チャネルについては世界でも先行研究がありませんでした。そこで私たちはまず RNAscope in situ hybridization 法を用い、Piezo2 がマウス腎糸球体のメサンギウム細胞と、輸入細動脈中膜に存在するレニン産生細胞(顆粒細胞、傍糸球体細胞ともいう)に発現することを見出しました。Piezo2GFP レポーターマウスを用いて、蛋白レベルでも同様の発現を確認しました。胎生期には、後腎間葉の Foxd1 陽性間質前駆細胞(メサンギウム細胞やレニン産生細胞を作り出すおおもとの細胞)に発現していました。

メサンギウム細胞は糸球体全体の構造をメカニカルに支持するもので、また傍糸球体装置は血行動態を感知してレニン産生を調節する、ともにメカノセンシング機構に重要な細胞です。実際、脱水モデルマウスで血行力学的負荷を減少させると、メサンギウム細胞での Piezo2 発現は減少し、逆にレニン産生細胞ではレニン遺伝子発現増加とパラレルに Piezo2 発現は著明に増加しました。さらに、伸展刺激を与える特殊な細胞培養系でレニン産生細胞を培養し、Piezo2 遺伝子をノックダウンすると、レニン遺伝子の発現は有意に抑制されました。

これらの結果は、今まで謎に包まれていたレニン産生細胞のメカノセンシング機構に Piezo2 が関わることを示した世界初の研究です。今後さらに、高血圧性腎硬化症、糖尿病性腎障害における Piezo2 発現変化とその病態生理学的意義の解明を目指します。


図1:マウス腎臓における Piezo2 の発現部位を示すシェーマ。 マウス腎臓では、Piezo2(赤)は糸球体のメサンギウム細胞と傍糸球体装置のレニン産生細胞(顆粒細胞、傍糸球体細胞ともいう)に発現していた。

図2:マウス腎臓における Piezo2 の発現部位と脱水モデルにおける変化。 a. RNAscope in situ hybridization 法による Piezo2 発現部位。Piezo2 (赤)は Pdgfrb 陽性メサンギウム細胞(緑)と、Ren1 陽性レニン産生細胞(緑)に発現していた。b. レニン産生細胞(緑)における Piezo2 発現(赤)は脱水により増加した。

臨床解剖学研究 ~ ピロリドン固定法の特性解析と臨床手技トレーニング・医療機器開発への応用

昨今、解剖体を用いた手術手技修練 (cadaver surgical training: CST) や新たな手術法・医療機器開発が普及しつつありますが、従来のホルマリン固定は組織硬化や健康弊害性のため不向きで、新たな固定法の開発が喫緊の課題となっています。杏林大学は大分大学と共同で、ホルマリン不含で組織が柔らかく保たれるピロリドン (N-Vinyl-2-Pyrrolidone) 固定法を開発しました。ピロリドンとはポリビニルピロリドン(PVP)のモノマー体で、細胞内に浸透するとラジカルの作用で重合化と架橋反応が進行し、組織が固定されます。ポリマー体の PVP は、コンタクトレンズ、義歯、吸収糸、錠剤の安定化剤、消毒薬(イソジン)など様々な用途に使用されています。我々は、ピロリドン固定した解剖体は、生体に近い柔軟性と関節可動性、良好な組織固定性、防腐・抗カビ効果を示し、血管内で凝血塊を生じにくいことを明らかにしました。また、臨床の教室との共同研究で、頭蓋底外科手術における内視鏡的経鼻アプローチ法、腹腔鏡操作、気管挿管といった臨床手技トレーニング、発声の機能解析、深部末梢神経ブロックを安全に行うためのエコーガイド下穿刺針の開発などに応用可能であることを報告しました。医学生の早期臨床手技体験実習への応用も検討しています。

肉眼解剖学研究

肉眼解剖学は、人体構造をじっくり観察し、体内における3次元的立体構築や隣接臓器との位置関係、血管・神経分布を明らかにし、その形態・機能・発生・進化的意義を考察することが基本です。これまで、人体の正常構造やその変異、疾病時の変化についてかなりの部分が明らかにされてきましたが、未解明の構造も多く残されています。

私たちは保健学部診療放射線技術学科と共同で、ご遺体の autopsy imaging を開始し、高精度の医療画像(CT、MRI)とご遺体の肉眼解剖所見を対比させることで、新たなアプローチで人体解剖実習、解剖学研究を行っています。

課外自由参加プログラムで解剖体研究、破格例報告、基礎研究を希望する学生を受け入れ、研究指導、日本解剖学会学生セッションでの発表指導を行っています。

  • 澤田月杜 (2018年度 M2学生):総指伸筋における破格例の報告と支配神経の解析
  • 木本裕介 (2018年度 M2学生):ピロリドン固定解剖体における腹腔鏡下内臓観察―腹腔鏡手術手技修練への応用にむけて
  • 伊藤夏美、白鳥太朗、松田小太郎、横山楓 (2019年度 M2学生):回腸の腸間膜側に認められたメッケル憩室破格例
  • 澤田月杜 (2019年度 M3学生):透明標本の作製と組織染色の試み
  • 浅川拓哉、大谷桃香、堤かおる (2020年度 M2学生 英語発表):Autopsy imaging of cadaveric brain using magnetic resonance imaging
  • 高畑大樹、亀谷早紀、笹井孝祐、杉山陽香 (2020年度 M2学生 英語発表):Gross anatomical, histological, and immunohistochemical analyses of the recently identified tubarial gland using human cadavers
  • 大竹もも (2021年度 M2学生):解剖実習体のオートプシーイメージングで発見された前立腺癌骨転移の1例~医療画像と肉眼解剖所見、病理所見の比較
  • 濱田知宏 (2021年度 M2学生):両肺の分葉異常を呈したご遺体の1例

現在進行中の「献体を用いた研究」につきましては 医学部倫理委員会 承認済み研究一覧PDFファイル をご覧ください。リスト内の「青字タイトル」をクリックすると各研究の概要が表示されます。

最近の業績

論文

  1. Miyamoto M, Nagase M, Watanabe I, Nakagawa H, Karita K, Tsuji DH, Montagnoli AN, Matsumura G, Saito K : Excised human larynx in N-vinyl-2-pyrrolidone-embalmed cadavers can produce voiced sound by pliable vocal fold vibration. Anat Sci Int 97:347-357,2022.
  2. Nagase M, Nagase T, Tokumine J, Saito K, Sunami E, Shiokawa Y, Matsumura G : Formalin-free soft embalming of human cadavers using N-vinyl-2-pyrrolidone: perspectives for cadaver surgical training and medical device development. Special issue of "Cadaver Surgical Training: Status Quo from anatomy and surgery". Anat Sci Int 97:273-282,2022.
  3. Mochida Y, Ochiai K, Nagase T, Nonomura K, Akimoto Y, Fukuhara H, Sakai T, Matsumura G, Yamaguchi Y, Nagase M : Piezo2 expression and its alteration by mechanical forces in mouse mesangial cells and renin-producing cells. Sci Rep 12:4197,2022.
  4. Watanabe K, Tokumine J, Lefor AK, Nakazawa H, Yamamoto K, Karasawa H, Nagase M, Yorozu T : Photoacoustic needle improves needle tip visibility during deep peripheral nerve block. Sci Rep 11:8432,2021.
  5. Nagase M, Kimoto Y, Sunami E, Matsumura G : A new human cadaver model for laparoscpic training using N-vinyl-2-pyrrolidone: a feasibility study. Anat Sci Int 95:156-164, 2020.
  6. Maruyama K, Yokoi H, Nagase M, Yoshida H, Noguchi A, Matsumura G, Saito K, Shiokawa Y : Usefulness of n-vinyl-2-pyrrolidone embalming for endoscopic transnasal skull base approach in cadaver dissection. Neurol Med Chir 59:379-383, 2019.
  7. Haizuka Y, Nagase M, Takashino S, Kobayashi Y, Fujikura Y, Matsumura G : A new substitute for formalin: Application to embalming cadavers. Clin Anat 31:90-98, 2018.
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