末弘 淳一 (薬理学教室 助教)
櫻井 裕之 (薬理学教室 教授)
乳がんは30代以降の女性のがん罹患数で最も多く、なかでもトリプルネガティブ乳がん※は分子標的治療が確立されておらず、予後が悪く、再発率も高いことから、新たな抗がん剤の開発が望まれています。
LAT1はがん細胞に強く発現するアミノ酸トランスポーターです。がん細胞は正常細胞よりも増殖が盛んで多くのエネルギーを必要とすることから、LAT1のような栄養供給路をターゲットとして栄養を枯渇させることにより増殖を抑えることができます。LAT1は正常組織で発現が低く、がん細胞のみを兵糧攻めするには都合がよいことから、副作用が少ない新規抗がん治療の分子標的として期待されています。本学では、遠藤 仁 杏林大学名誉教授(現 ジェイファーマ社)らにより開発されたLAT1選択的阻害薬JPH203を用いて進行性固形腫瘍を対象とした臨床試験が行われています。
医学部薬理学教室の山賀 貴 大学院生・実験助手(現 埼玉医大助教)らは乳がん治療にJPH203を応用することを目的に、培養細胞株を用いてin vitroにおける増殖阻害活性について検討しました。その検討から、トリプルネガティブ乳がん細胞株であるMDA-MB-231では他の乳がん細胞株と比較してJPH203による増殖抑制効果が低い(効きにくい)ことが分かりました。ところが、MDA-MB-231におけるLAT1を介したアミノ酸取り込みは、予想に反して他の乳がん細胞と同様にJPH203により顕著に抑制されていました。これらの一見矛盾する事実から、MDA-MB-231において栄養枯渇に対する耐性機構が存在することが考えられました。
そこで、遺伝子発現の違いに着目してDNAマイクロアレイによるトランスクリプトーム解析を行いました。JPH203で処理したMDA-MB-231細胞では他の細胞株とは異なり、シスタチオニンγリアーゼ(CTH)というアミノ酸代謝酵素がアミノ酸飢餓シグナルによって誘導されていることがわかりました。CTHはシスタチオニンを加水分解してシステインを生合成し、抗酸化物質であるグルタチオンやタウリンを生成します。また、抗酸化物質の生成はがん細胞の生存に有利に働くことが知られています。そこで、MDA-MB-231においてsiRNAによってCTHの遺伝子発現を抑制したところ、抗酸化物質の生成が少なくなり、酸化ストレスが上昇することによってJPH203の増殖抑制効果が高まる(効きやすくなる)ことがわかりました(図1)。
以上から、MDA-MB-231のLAT1阻害治療に対する抵抗性にCTHが関与することが明らかとなり、トリプルネガティブ乳がんの薬物療法に本機序を応用することで、より効果を高められる可能性が示されました。
※ トリプルネガティブ乳がんとは、乳がんを分類するために使われる3つの受容体、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、上皮細胞増殖因子受容体2(HER2)蛋白の過剰な発現が見られないタイプの乳がんのこと。
発表雑誌: | Scientific Reports [2022 Jan 19;12(1):1021] |
論文タイトル: | Induction of CTH expression in response to amino acid starvation confers resistance to anti-LAT1 therapy in MDA-MB-231 cells |
筆 者: | Yamaga T, Suehiro J, Wada Y, Sakurai H. (山賀 貴1、末弘 淳一1、和田 洋一郎2、櫻井 裕之1 (1 薬理学教室、2 東京大学 アイソトープ総合センター)) |
DOI: | 10.1002/10.1038/s41598-022-04987-5 |
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