高橋 良 (共同研究施設フローサイトメトリー部門 講師)
重症円形脱毛症は、主に免疫細胞のうちnatural killer group 2 member D(NKG2D)陽性CD8陽性T細胞が過剰に活性化し、成長期毛の毛球部に発現する自己抗原を標的にして、急速に脱毛が起こる自己免疫疾患です。本症の治療は自己免疫反応の抑制の為にステロイド等が使われており、特に急速進行性の広汎性円形脱毛症では、ステロイドを短期間に点滴静注するパルス療法が行われています。しかしながらパルス治療の治療反応性を予測する研究は十分になされていないのが現状です。
本研究では、末梢血中のT細胞の量的・質的な変化を、研究代表者が所属し管理運営を行っている「フローサイトメトリー」と呼ばれる最先端の細胞解析装置で詳細に解析した結果、患者末梢血液中に存在するCD8陽性T細胞の特殊なサブセットのTEMRA(Terminally differentiated effector memory T cells re-expressing CD45RA)が、パルス療法に対して抵抗性を示す難治性の広汎性円形脱毛症患者さんの末梢血中で増加していることを明らかにしました。
CD8陽性TEMRAは、最終分化したT細胞で、細胞膜に孔を開けるパーフォリンやセリンプロテアーゼのグランザイムBといった細胞溶解たんぱく質を保持している細胞障害性T細胞サブセット(CTL: Cytotoxic T-Lymphocyte)のひとつです。パルス療法抵抗群で増加しているCD8陽性TEMRAは、毛球部に発現する自己抗原のトリコヒアリンに特異的に反応することが機能解析でわかりました。さらに、パルス療法抵抗群の病変組織でもCD8陽性TEMRAが集積していることがわかり、末梢血液と正の相関性がみられました。本研究は、パルス治療前に末梢血液検査でCD8陽性TEMRAの頻度を調べることで、治療反応性の客観的な予測が可能になることが示唆されました。
急速進行性広汎性円形脱毛症:
後天性に類円形の脱毛斑を生じる疾患で,重症例では増悪・ 軽快を繰り返しながら脱毛斑が拡大することが多い。医療機関の皮膚科を受診する脱毛疾患の中では最も頻 度が高く,治療に難渋する.毛包と爪甲以外の臓器は 侵さないが,外見上の印象を大きく左右するので患者 自身の悩みは深く,生活の質(QOL)にも大きく影響 する.
点滴静注ステロイドパルス療法:
点滴静注ステロイドパルス療法は、発症後 6 カ月以内で、急速進行中の頭部全体の面積に占める脱毛巣面積の割合が 25% 以上〜全頭まで至っていない症例に適用されるが、 再発例が多く長期的な予後の改善や再発例への有効性のエビデンスが無い。
CD8陽性TEMRA:
CD8陽性ターミナルエフェクターメモリーCD45RA陽性T 細胞 (Terminally differentiated effector memory T cells re-expressing CD45RA)は、生来のシグナルに対する感受性の増加、T 細胞受容体 (TCR) 依存性活性化の低下、および TCR クローン多様性の低下を特徴とし、特に高齢者で増加している。 CD8陽性TEMRA細胞集団における膜受容体CD28、CD27、CD127の喪失、CD45RAの再発現、および疲弊マーカーPD1の発現は、いくつかの要因によって引き起こされると考えられている。
細胞障害性T細胞:
CD8陽性リンパ球T細胞のうちのひとつで、宿主にとって異物になる移植細胞、ウイルス感染細胞、癌細胞などを認識して破壊する。
発表雑誌: | Journal of Investigative Dermatology 144: 1654-1657.E7. |
論文タイトル: | Increase in CD8+ Effector Memory T Cells Re-Expressing CD45RA Correlates with Intractability of Severe Alopecia Areata |
筆 者: | R.Takahashi1, M.Kinoshita-Ise2, Y.Yamazaki2 M.Fukuyama2, M.Ohyama1,2 (高橋 良1, 木下 美咲2, 山崎 好美2, 福山 雅大2, 大山 学1,2(1.大学院医学研究科共同研究施設フローサイトメトリー部門, 2.医学部皮膚科学教室)) |
DOI: | 10.1016/j.jid.2024.01.006 |
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