末弘 淳一(薬理学教室 助教)
櫻井 裕之(薬理学教室 教授)
がん内部に存在する腫瘍血管は透過性が高く、正常組織の血管と比較して物質を輸送する能力に劣ることが知られています。このような性質は、がん細胞が必要とする酸素や栄養素を局所的に不足させ、ストレスを誘導することで悪性化に寄与し、白血球の付着と血管外への浸潤を促進することで転移しやすくなることにつながるのではいかと考えられています。また、抗がん化学療法においては癌の深部まで薬剤が届かない原因となり、治療の妨げになることがあります。以上から、腫瘍血管を正常化させて本来の血管機能を取り戻させることは、がん治療におけるメリットになると考えられています。
アミノ酸トランスポーターLAT1は必須アミノ酸を細胞内へ輸送する分子です。LAT1は正常組織と比較してがん細胞で発現が高いことから、正常組織への副作用が少ない分子標的として研究されてきました。本学で開発されたLAT1阻害薬nanvuranlatは、進行性難治性の胆道がんを対象とした臨床試験により無憎悪生存期間を改善すると報告されています。
本研究では、このLAT1ががん細胞のみならず腫瘍血管に発現することを見出しました。血管内皮細胞でLAT1を欠損させたマウスを作成しその機能を検討したところ、予想されていた腫瘍血管の数の減少はみられませんでした。一方、血管形態を観察すると、腫瘍血管でみられる枝分かれの多い不規則、不均一な形ではなく、規則正しい、均一な形を示し、腫瘍血管が正常化することが分かりました(図)。さらに、この正常化によって腫瘍深部への抗がん剤のデリバリーが改善すること、がん転移が抑制されることが分かりました。初代培養内皮細胞を用いた分子メカニズムの検討では、LAT1阻害による細胞内トリプトファン濃度の低下によりMEK1/2-ERK1/2シグナルが活性化し、シスタチオニンγリアーゼCTHが誘導されることが正常化に必須であることが分かりました。
がん細胞ではLAT1阻害により増殖抑制が見られることから、血管内皮細胞ではLAT1欠損により腫瘍血管の数が減少するだろうとの仮説からスタートした研究でしたが、予想外にLAT1欠損が血管正常化をもたらすことが明らかとなりました。本研究の成果より、従来の治療対象であるLAT1陽性がんのみならず、腫瘍血管を対象にした全く新しい発想の治療につながるのではないかと期待されます。
発表雑誌: | JCI insight [2024 Aug 20:e171371.] |
論文タイトル: | Endothelial cell-specific LAT1 ablation normalizes tumor vasculature. |
筆 者: | Suehiro JI, Kimura T, Fukutomi T, Naito H, Kanki Y, Wada Y, Kubota Y, Takakura N, Sakurai H.
末弘淳一1、木村徹2、福冨俊之1、内藤尚道3、神吉康晴4、和田洋一郎5、久保田義顕6、高倉伸幸7、櫻井裕之1(1.薬理学教室、2.城西大学薬学部薬科学科生物薬品科学、3.金沢大学医薬保健研究域医学系血管分子生理学、4.筑波大学医学医療系、5.東京大学アイソトープ総合センター、6.慶應義塾大学医学部解剖学教室、7.大阪大学微生物病研究所情報伝達分野) |
DOI: | 10.1172/jci.insight.171371. |
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