治療抵抗性うつ病におけるケタミン反復投与の急性および長期的効果と、関連する代謝物変化
櫻井 準(精神神経科学教室 講師)
うつ病患者さんの約30%は、抗うつ薬を使っても十分な効果が得られない「治療抵抗性うつ病」と呼ばれます。こうした方々に対する新たな治療法の開発は、現在の精神医療における重要な課題となっています。近年、この治療抵抗性うつ病の治療法として国際的に注目されているのが、ケタミンです。ケタミンは本来、麻酔薬として用いられてきましたが、麻酔用量未満で投与すると、数時間以内に抗うつ効果が現れることが報告されています。また、治療抵抗性うつ病の患者さんに対して、強力な効果を示すことが明らかになってきています。
アメリカなどの臨床現場では、まず2~3週間のあいだにケタミンの点滴投与を4~6回実施し、その後は月に1回程度の頻度で追加投与を行うのが一般的です。しかし、最初の4回の投与のみで、その後どのくらい効果が持続するのかは十分にわかっておらず、また、どの患者さんに効果が現れるのかを早期に予測できるバイオマーカーも、いまだ確立されていません。さらに、日本国内での臨床研究の報告は非常に限られています。そこで私たちは、治療抵抗性うつ病の患者さん30名を対象に、ケタミンを2週間で計4回投与し、その効果を1年間にわたって追跡しました。また、投与前と1回目の投与直後に採血を行い、血液中の代謝物の変化をメタボローム解析という手法で調べました。
その結果、すべての参加者が4回の投与を完了し、うつ病の重症度を示すモンゴメリー・アスベルグうつ病評価尺度(MADRS)のスコアは、投与前の平均30.6点から4回目終了後には20.3点まで改善しました。この時点での寛解率は26.7%、1年後の寛解率は13.3%でした。特に注目されたのは、初回投与後の3-ヒドロキシ酪酸の濃度変化が、その後の抑うつ症状の改善度と有意に関連していた点です。この結果から、ケタミンの反復投与は治療抵抗性うつ病の患者さんに迅速な抗うつ効果をもたらす一方で、追加投与を行わなければ長期的な寛解に至る方は限られていることが示唆されました。また、3-ヒドロキシ酪酸は、治療反応を予測できる可能性のあるバイオマーカーとして期待されます。
これらの知見は、客観的な生体情報を活用したケタミン治療の個別化医療への応用可能性を示すものです。さらに現在、私たちは双極症を対象としたケタミン治療の臨床研究も進めています。
発表雑誌: | Psychiatry and Clinical Neurosciences [ 15 July 2025 ] |
論文タイトル: | Acute and long-term effects of repeated ketamine infusions in treatment-resistant depression and associated metabolite changes |
筆 者: | Hitoshi Sakurai, Daiki Setoyama, Takahiro A Kato, Hisateru Tachimori, Masami Murao, Yasuyuki Matsumoto, Teruo Tada, Yayoi Imamura, Hiroyuki Seki, Takashi Tsuboi, Hiroyuki Uchida, Koichiro Watanabe (櫻井準、瀬戸山大樹、加藤隆弘、立森久照、村尾昌美、松本泰幸、多田照生、今村弥生、関博志、坪井貴嗣、内田裕之、渡邊衡一郎) |
DOI: | 10.1111/pcn.13870 |
精神神経科学教室の詳細はこちらをご覧下さい。
杏林学園広報室
広報室へのお問い合わせはこちらまで
Tel: 0422-44-0611